第二十七話 突撃今夜の晩ご飯


 仕事は嫌だぁー面倒臭い、休みたーいと言いつつも、趣味を持たない人間はいざ自由な時間を与えられると手持無沙汰で困ってしまう。空いた時間を何で埋めればいいのか、その選択肢が自分の中にないのだ。


 俺もそんな虚無人間の一人らしく、授業用のプリントを片手で作り終わったらもうやることがない。暇だ。


 右手が使えないからゲームもできない。そもそも最近は、積んだゲームを消化する気力も湧いてこないのだ。やるかなと考えつつも、だるクソ面倒で身体が動かない。棚までゲーム機を取りに行くのも面倒なら、電源入れてキャラを操作するのも面倒だ。


 こういう時、歳をとったなと改めて思う。若い頃はあれがやりたいと思えばすぐ実行に移す胆力があった。それが今ではこのざまだ。昔バカにしてた近所のジジイを笑えない。


 もう俺は、何かに熱意を向けたり期待したりする気力が枯れ果てているんだろう。新しいモノに触れるのが、楽しみなことではなく疲れることになってしまった。流行はやりにもついていけない。


 去年あった大学の同窓会で見たやつらは、もっと輝く笑顔を浮かべて明日に希望を見出してるみたいだったのにな。結婚してる奴も多かったし、仕事も順調なようだった。あいつらの眼はこれからの人生を乗り越えるための輝きに満ちていたんだ。


 俺とあいつらの何が違うんだろうな。それはきっと、俺にとって人生が諦めでできてたからだ。若い頃に、充実した時間を育めなかったせいだろう。


 やつらが荒波にまれてしっかりとした堅い軸を作ってる間に、俺は海藻みたいにゆらゆらしてた。困難に立ち向かわなかった。不運によってマイナス値まで引きずり降ろされた道を、元の位置まで必死に登る。俺はそれだけで力尽きてしまってその向こうにまで踏み出せなかった。それが違いだ。


 新しいモノ、期待、俺の中でその代表みたいになってる柳楽なぎら紗希さきの顔を思い出す。柳楽には、俺みたいになって欲しくはないな。つーか絶対ならないな、あいつなら。そういう柳楽に対する変な信頼が、俺の中にはいつの間にか芽生えていた。


 そういや、柳楽まだ進路調査書出してないな。高校を出たらどうするんだろうか。情報屋を続けるのだろうか。それとも、大学に行くか就職するか。……柳楽がまともな職に就いてるイメージがなんか湧かないな。


 ベッドに寝転がってそんな事をつらつら考えていると、もう夕方になっていた。

 うわあ、休日が終わる。暇だと文句を言ってても、休みが終わるのは嫌なんだから面白い。


 夕飯どうするかな。包丁も箸も持てないせいで、朝も昼もコンビニだった。夜もそれでいいか。


 コンビニに行こうと着替えていると、ピコペーンと呼び鈴が鳴り来客を告げた。何かネット注文していたか、宗教の勧誘かのどっちかだろうとインターホンの映像を覗くと、そこには予期しなかった人間がカメラに向かって手を振っていた。


 フローリングに足を滑らせながら走って玄関まで行き、スリッパも脱がずにドアを開ける。


「おまっ、何やってんだアホか!?」


阿呆あほうとは失礼な。それが訪ねてきた女性に対する第一声かね。そんなんじゃ生徒の心は掴めないないぞ春高はるたか柘弦つづる


 胸を反らせ尊大に言ってのけるのは、他の誰でもない、柳楽なぎら紗希さきだった。

 今日は鎖骨さこつまで見える白のトップスにネックレスをつけ、裾の広がったスカートみたいなパンツを履いている。髪はまとめてアップにし、うっすら化粧もしているようだ。総じて大人っぽいファッションといえる。私服の幅が広いな。


「余計なお世話だ。とりあえず入れ」


「うん。お邪魔します」


 周囲に誰も居ない、誰にも見られていないことを確認して、柳楽を隠すように促す。すると柳楽はスーパーの袋を揺らして、驚くほど素直に中に入った。


 玄関でシューズを脱ぐ柳楽に新品のスリッパを出してやる。柳楽は俺に一言断ってから、持っていた袋をキッチンのシンクに置いた。勝手知ったる感じで我が物顔をする柳楽に流され歓待ムードになってしまったが、俺は気を取り直して彼女に詰め寄る。


「あのなぁ、お前も女子高生だろ? 男の部屋を一人で訪問するとか何考えてんだっ。学校にバレたらどうなるか分からねぇわけないだろ」


 頭痛に頭を抱えて怒鳴る。独身男の自宅に女子生徒が訪ねて来るなど、ご近所さんに見られたら何て噂されるか分かったもんじゃない。


 柳楽は悪びれない様子でやれやれと肩をすくめる。


「その辺りは任せたまえ。この辺の住人は、私の指示で猫たちが突如はじめた曲芸に夢中さ。向こうの通りに集まっていて誰にも見られていないよ。もしものためにこうして変装もしているし。どうだい? 高校生には見えないだろう?」


「お前っ猫に何させてんだ俺も見たいじゃねえか。いや、違う。そこまでして何の用だ」


 どうして俺の自宅を知っているかは今更過ぎるのでいい。しかし、バレたら停学になるレベルの危険を冒して俺の家まで何しに来たんだ。


 俺の問いに柳楽は背伸びをしながらこうのたまう。


「何って、決まっているだろう。報告がてら貴君に夕飯を作ってやろうと思ってね。これはその材料さ。利き手が使えないからって三食コンビニのチャーハンでは栄養が偏るぞ」


「なんで俺の食生活を知ってんだよ」


「それこそ今更ではないかな? この情報屋『禁断の果実』に隠し事などできはしないのだから」


 この少女、どや顔である。しかし夕飯作ってくれるのか。コイツやっぱり俺の右手のこと責任感じてるんだろうな。気にしなくていいとあれほど言ったのに。

 ……つーか、人の手料理を店以外で食べるのって何年振りだろう。


「柳楽お前、料理できるのか」


 素朴な疑問である。箱入り娘のご令嬢ってイメージが頭の片隅に残ってるせいか、柳楽が料理をしている姿が想像できないのだ。お米を洗剤で洗いそう。包丁持ったことないとか言いそう。


 今現在の修整されたイメージで考え直すと包丁で居合い斬りしてきそうにも思えて来るが、どっちにしろ料理には繋がらない。


 我知らず、不安そうな顔になっていたのだろう。柳楽が俺の問いにニヤリと笑う。


「私の腕前が気になるのかい? ご期待に沿えず申し訳ないが、ごく普通だよ。しかし安心したまえ、料理本に書かれた通りの材料と手順でやれば不味いものはできん。下手に工夫を凝らそうとするから失敗するのだ」


「おお、すごい安心する等身大の宣言だ」


「ところで貴君は創作料理というものに興味は……」


「台無しな発言するなよ!?」


「はははっ、冗談ですよ。適当に日持ちするようカレーでも作るから待っていてくれ」


 片目をつむってチャーミングなウインクを炸裂させた後、柳楽は宣言通りスーパーの袋から材料を取り出し始めた。持参したらしく、浅葱あさぎ色のエプロンを着ける。


 胸元にはデフォルメされたマムシがでかでかとプリントされ、『毒々どくどくすんぞワレェ!!』と周囲にガンを付けていた。お世辞にも可愛くない。そんな柄のエプロンどこに行ったら買えるんだ。まさか趣味なのか。


 話すようになって柳楽のことを少しは分かったつもりになっていたが、やっぱコイツはよく分からん。マムシにそう思い知らされた。



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