第二十五話 聞き覚え
喜多霧の車に乗せてもらい、俺たちは山道を降りることができた。後ろについてくる俺の車は、なんと
若い女子に囲まれ後部座席に乗る肩身の狭い俺とは違い、助手席に座る柳楽は楽しそうに喜多霧と談笑している。
なんか大学の近所に美味しいクレープのフードカーがくるとか、デパートの洋服屋が値段のわりにお得だとかそういう話題ばかりだ。すごく女子オーラが出てる。三十路を迎えたおっさんには入っていけない。
「それでね、その子の彼氏がすっごく良い人でお似合いなんだよね、あ、もちろん野島君のほうがカッコいいけど!」
「そ、そうなのかい? へえ……」
「でねでね!」
「う、うん」
気づくと、喜多霧ばかり喋って柳楽は終始圧倒されているようだった。そういえば、柳楽も感性が一般とズレてるとか言ってたな。こういう話題にはついていけないのかもしれない。
こんなんでどうやって学校で優等生やってるんだ? あっ、話題についていけないから、お上品ムーブで距離取ってるのか。
そうこうするうちに、話題は自然と神社のことに移っていった。
「喜多霧さんたちは杉岡神社に行ったのだろう? どうだったかね」
話題が自分の領分に還ってきて安心するように柳楽が切り出す。喜多霧はそれを受けて、厚い唇を突き出し考えつつ語った。
「そうだねえ。
「
後ろから質問すると、喜多霧はバックミラー越しに一瞬視線を合わせて頷いた。
「見当たらなかったって、
「孫……? その管理人の名前は聞いたかい?」
「はい。あっ、でもお爺さん今は管理人引退して、そのお孫さんが引き継いでるって言ってました。だからお爺さんはお手伝いだけで、今日はたまたま孫は居ないって。お爺さんの名前は
「それはまた、珍しい名だね。しかし私の調べとは違うな。書類上の管理人とは別なのかもしれないな」
要領を得ない説明だったが、柳楽は感心したような声を上げる。一方の俺は記憶に引っかかりを覚えていた。どこかで聞いたことがある名前だ。
「
音を口の中で転がしてみる。やはり覚えがある。どこでだったかと記憶を探るが出てこない。テレビや街角で聴いた名前じゃない。もっと身近にいたはずなのだが。
「どうしたんだい春高先生、悪霊に取り憑かれでもしたような顔をして。手が痛むかな?」
「手……っああ!」
脳裏に記憶の一場面が浮かぶ。放課後の保健室、俺ともう一人の男子生徒。そいつは手首を
「思い出した。中学と高校が同じだった奴に
「そうなのかい?」
「ああ。中学一年の時に同じクラスで仲良くなってな。それからクラスが離れても定期的に顔を見せに来る奴だった。高校は一緒だったが、大学で別れてからは連絡も取ってないな」
懐かしいな。もう忘れていた奴だが、こうして思い出すと今なにをやっているのか気になってくる。
「偶然ですかね。それとも、そのお孫さんが先生の同級生だったりするんでしょうか」
喜多霧も興奮した様子である。なんせ珍しい名前だ。漢字も同じで地元なのだから、少なくとも親戚関係はあるように思える。柳楽もそう思ったらしく、喜多霧に追加で質問した。
「その孫の年齢は聞いていなかったのかな?」
「ごめんなさい、そこまでは」
「ふむ……。春高先生、その同級生の
「なんせ十年くらい前だからな。友人当たれば誰か知ってるだろうが、すぐには分からんと思うぞ。意外と住所も知らんしな」
「春高先生の世代だと学校に住所録が残っているかは微妙なラインだね。まあ同一人物と決まったわけではないし、他に調べねばならないこともできた。そちらは後回しでよかろう」
柳楽がそう呟いて気づく。そうだ、もし件の男が俺の知る長正路ならば、俺の友人は奥沢に他者を呪う手段を貸し与えたということになる。
あいつはそんなことをする奴じゃない。良い奴とは口が裂けても言えないタイプの人間だが、それでも他人を焚き付けて悪事を働く人間じゃなかった。恐らくは別人か親戚だろうと、俺は自分をそう納得させた。
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