「赦」~過去は覆る~
第二十四話 お人よし
窓から顔を出した
「喜多霧さんこそ、どうしてこんな所にいるのだね。杉岡神社のほうから来たようだが」
取り
バッグを掲げて顔を隠しているから誰かは分からない。ただ、なんだかひどく震えている。俺たちに怯えて正体を隠しているようにも見えた。
「私は付き添いですよ。
「
「そう、
俺が聞き返すと喜多霧は満面の眩しい笑顔のまま、助手席に座る彼女を示した。俺には誰か分からないが、柳楽はもう正体に気づいているらしく、「ほう?」と意味ありげにほくそ笑む。
絶えることのない沈黙と自分を貫く三人の視線に、女は隠し続けることはできないと覚ったのだろう。目元までバッグをずらして俺たちに
その女を見間違えるはずがない、喜多霧を呪って名前を奪ったあの女だった。
あの時より化粧は薄いしやつれてるしで雰囲気が違うが、確かに柳楽へ殴りかかった女に間違いない。なんでそんな奴が喜多霧の運転する車の助手席にいる?
「喜多霧さん。私は貴女を呪った人物について、詳細も含めてしっかり報告したはずだが?」
頭痛を堪えるようなひきつった笑顔で柳楽が問う。喜多霧はそれにも、この世の邪悪を全て吹き飛ばすような笑顔を輝かせた。
「はい! だから、会って話して仲直りして、さっき全部終わらせてきたところです!」
笑顔が、笑顔が眩しい。純度百パーセントの最上級天使かこの人。
隣の
こんな彼女を持つ野島君はさぞ幸せだろう。別の意味では苦労もありそうだが、写真の印象や喜多霧の話を聴く限り、彼も相当のお人好しのようだ。お似合いのカップルかもしれない。
「
喜多霧の笑顔スマッシュに屈せずに柳楽が首を傾げる。すると喜多霧の代わりに、奥に座る
「それは、あの、私が説明します」
柳楽の怒った時の顔を思い出してでもいるのか、奥沢は怯えている。目をきょどらせ、首が肩に落ち込んでいた。それでも自分から口を挟んだのは、この女なりに反省しているということなのだろう。呪詛によって性格が凶悪になっていたというのは本当らしい。
「私が
不必要な物を返却したと。
つまり呪った本人と呪われた当人が連れ立って、事件の原因に会いに行ったということか。その帰りなのにこれほど上機嫌な喜多霧は何者なんだ。心が強すぎないか。何か逆に怖いぞ。
「ところでお二人は何かお困りなんですか? 最後に一つだけ残ったプリンを見るみたいに苦渋に満ちた表情で座り込んでましたけど」
喜多霧が急に割り込んでくる。察しもいいのかこの子。すごいな、最強キャラじゃないか。けど君はプリンごときでそんな顔をするのか。そんなにプリンって、人心を惑わす魔性を持っているものか?
柳楽はプリンに興味はないらしく、喜多霧に顔を寄せ、秘密話をするように打ち明けた。
「春高先生が手を怪我してしまってね。車を運転できずに立ち往生していたところなのだよ。よければ病院まで彼を送ってはもらえないだろうか」
柳楽が事情を説明すると、喜多霧は二つ返事で了承してくれた。
「もう用事も済みましたし、もちろんいいですよ。紗希ちゃんも帰れないでしょ? 一緒に乗って行って。あっ、でもその前に一つだけお願いしたいことが」
「なんでしょう。世話になる身だ、私にできることならなんでも請け負うとも」
自信満々に胸を張る柳楽に、喜多霧は安心するように胸を撫で下ろす。こうして比べると柳楽の胸部が小さく見えるな。あとが怖いから口には出さないが。
「呪いの一件から、
喜多霧は、まるで我が事のように困り眉をつくる。自分を呪い苦しめた相手に大したものだ。俺も教育者として見習わなくちゃなぁ。
「これでは、私のほうが悪役だな」
柳楽も苦笑して、喜多霧の願いを首肯する。その間も助手席では、
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