第十八話 神サマ


「願いの叶う神社など、私からすればそもそもがあり得ないんだ」


 だんだんと狭くなっていく道を走っていると、隣で柳楽がそんなことを言う。


「日本の主要な天津神あまつかみ国津神くにつかみは皆、高天原たかまがはらに昇って現世との交流も途絶えている。元から地上にあった動物神や、神代以降に人間が祀り始めた地元の神なら話は別だが、それでも『神』というのはひどく傲慢ごうまんだ。神は人間に無関心でね、人間ごときの願いなど聴き届けない。そのくせまつらねばおろそかにされたと怒り狂う」


「面倒臭いな、神」


 そういうキチガイ会ったことあるぞ。話しかけると邪魔するなとか一人が好きなんだとか言うくせに、無視すると怒り狂う奴。一緒に考えたらさすがに失礼なのかもしれないが。


 柳楽がわけないという風に薄く笑う気配がする。


「そんなものさ。神は人間など羽虫程度にも思っていないのだよ。時折人間に友好的な者がいるにはいるがね」


「ということは、神社に詣でても何の意味もないのか? 神が居ないとこなら、賽銭さいせん投げ込む時に柏手かしわで打っても意味ないじゃないか」


「そうでもないさ。神社に集まった信仰心は力となる。その力を神社の主が人間のために使おうと思うなら願いの成就も少しは後押しされるだろう。

 それに天へ上った神にとって、神社は自分と現世を繋ぐかなめ。細い糸を通して神の力だけ降りて来る。だから参拝客が強く願えばそれだけ反応した力がご利益をもたらす……時もある。それこそ妄執のような願いの強さが必要だがね。

 そこに神は居ないのだから意思もない。だからな、人間が願いが叶ったという誤認をすることはあっても、『願いを叶えてくれる』という言い回しは不自然なのだよ。そうは思わないかね」


「…………そうか?」


 この歳になると細かい言い回しとか気にしなくなるからな。無精髭を撫でる俺に柳楽は補足する。


「『してくれる』というのは、観測者の他に動作の主体が居なくては成り立たない」


 まあ、言われてみれば、まるで神がそこに居るかのような言い方に聞こえなくもない。


「だがそれは、神じゃなくてもさっき言ってたがいるとか、神主が相談に乗ってくれるとかいう話じゃないのか?」


「調べたが、祀られてる神は一般的な土地神だった。他に怪しいものがある様子はない。それと神主も駐在していないぞ、定期的に掃除とかをする管理者が代わりを務めているようだが」


「ほーん?」


 分かるような、分からないような。願いが叶うだのパワースポットだのというのは、俺から言わせれば全部偽物だ。今更それを議論することに何の意味があるんだろうか。神事には疎いし俺の専門はあくまで近現代文学だったから意見を交わせる立場にはない。


 だが、俺にも一つだけ確かだと感じることがあった。


「柳楽」


「なんだね? ああ私が一方的に喋っているのは気に病むな。こうして誰かに話すことで頭を整理しているだけで――」


「お前、神様が嫌いなのか」


「――――ほう?」


 探るように柳楽が俺を流し見る。ミラー越しの少女は俺の質問によほど虚を突かれたようだった。


 深い考察があったわけじゃない。柳楽の口ぶりが、敬う相手に対する物言いじゃなかった、それだけだ。柳楽ならよほど思う所が無い限りその辺りのけじめはつけると思ったのだ。


 運転に集中するフリをして黙っていると、柳楽は喉の奥でくくっと笑う。俺を称賛するように、大げさなほど肩をすくめた。


「いやいや、貴君の慧眼けいがんには恐れ入った。言い当てられたのは初めてですよ。……そうだとも、私は天から人間を見下す神という連中が嫌いだ」


「…………」


 やはりな、と心の中だけで頷く。


「奴等は人間のことなど何も考えていない。神社に力を送るのは、地上に降りるための門にするためだ。天で何かやらかした時に地上を避難場所にしようというに過ぎない。そういう契約なのだよ」


 憎々し気に言う柳楽の声は、端から端まで嫌悪に満ちていた。聴いているだけで背筋が寒くなる。地雷を踏んじゃったなーと思いつつ、口を挟めないので大人しく拝聴する。


「私の場合も同じなのだ。私の一族は、神が地上に降りた時の案内役をおおせつかっているそうでね。神の力を借り受けられるのもその契約あってこそ。奴等の好意ではない。私はそれが気に喰わないのだ。人間から搾取さくしゅするだけして、ふんぞり返って興味も示さない。わずかな希望だけ与えて人をいいように使う。まるで下種げすな人間と同じだ。神秘性など欠片もない。それのどこを敬えというのか!」


鬱憤うっぷんが溜まってるな……」


 思わず呟いてしまう。しまったと冷や汗を掻いたが、柳楽は苦笑するだけだった。


「それこそ巫女という人種への夢を壊してしまったかな?」


「いんや別に。夢見るほど純粋じゃねえよ俺は。それに――」


「なにかな?」


「…………なんでもねえよ」


 神様を信じてなかった男と、実は神が嫌いだった巫女様が連れ立ってこれから神社に行くのかと思うと、意味もなく心が躍る。そう考えてしまう程度には、俺はひねくれているのだ。


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