「禍」~魂は荒ぶっている~

第十五話 休日のご予定


 午前中の授業を消化するため三年生の教室に入る。柳楽のいる四組ではない。三年一組、喫煙所となっている東棟の屋上からちょうど見えるあのクラスだ。


 チャイムと共に教室に入った俺を見て、短髪少女の菊池きくちがさっそく声を上げる。


柘弦つづる先生、定期テスト前なんで今は授業したくありません! 自習にして」


「はっはー! 残念だったな。今日は小テストからだ!」


「なんという鬼畜ー!」


「小テストは先週から予告してただろうが。ほらさっさと席につけお前らー。日直ー」


 授業開始のルーチンワークを終わらせ、小テストのプリントを配る。全員に行き渡ったのを確認しタイマーを押した。


 途端に教室が静まり返り、シャーペンが用紙の上を走る音だけが聴こえ始める。菊池も真面目に問題を解いているようだった。騒がしいわりに授業をしっかりこなすのは、こいつらにも叶えたい夢や行きたい進学先があるからだろうか。


 テスト監督はやることがないので今朝のニュースを思い出す。近所の川の浅瀬に男性の遺体が上がったと報道されていた。遺体はほぼ原形を留めていなかったが、持ち物などから行方不明になっていた山尾だと断定されている。さっき校長たちが騒いでたから校内でも今日中に何か発表があるだろう。


 山尾は四組の担任だったから、その仕事を割り振るのも大変だ。俺も非常勤なのにいくつか仕事を押し付けられている。だるクソめんどうだ。


 その後も脳裏にはいくつもの事案が連鎖的に浮かんでは消え、やはりというかなんというか、最後に思い出したのは柳楽なぎらの顔だった。


「……俺の授業はつまらないか?」


 ぼそりと問いかけるも、返ってくるのは沈黙のみ。


「そうか、返事をしたくないほどつまらないか……」


「テスト中に話しかけんな!」


 教室の隅でいじけていると、菊池が頭を抱えて抑えめに叫んだ。俺は唇を尖らせ教室を見渡す。


「だってもうみんな問題解き終わってんだろ」


「見直しの時間をくれよお前よぉ」


「いいだろ、俺は誤字脱字で減点する方式採用してないし。ほらタイマー鳴ったぞ。はいやめー、プリント回収ぅー。んでどうよ。俺の授業ってつまんない?」


 手元に集まったプリントをめくり名前の記入漏れを確認。トントンと角を揃える俺の質問に対し、生徒たちは異口同音に微妙な顔で答えた。


「正直微妙」

「いっつも寝てるからわかんない」

「つまんないよ」

「うん、つまんない」

「つまらん」


「やっぱりか」


 覚悟していたとはいえ、面と向かって言われると悲しくなるな。つかもうちょっとオブラートに包めよ女子共。


 むなしい気持ちで教卓のへこみを指でなぞってしまう。すると生徒たちは何を思ったか、俺を励まし始めた。


「いやでもほら、テスト対策とか受験対策は詳しくしてくれるし、助かってるよ!」

「ほんと、寝てても関谷みたいに口うるさく注意しないしねー」

「授業はクソだけど個別対応はしっかりしてると思う」

「先生泣くなー」


「泣いてねえし!」


 かけられる優しい言葉に鼻の頭がツンとする。良いクラスで授業ができて良かった。運は悪くても対人運は悪くない俺である。それはそれとしてずっと寝てる奴だれだ。今まで気づかなかったぞ。


 とはいえ俺は真面目な社会人。顧客生徒の要望にはしっかり応えなくてはならない。


「…………悪かったなお前ら。いままで授業計画とか怠クソ面倒でてきとーにやってたけど、二学期からはちゃんとやるよ」


「てきとーだったんかよ……」


 どこからともなく呆れた声がするのだった。








春高はるたか先生」


 授業を終え職員室に戻る俺に声をかける生徒がいた。


 聞き慣れたような、しかれど違和感があるような。そんな声に振り返ると、そこには学校モードの柳楽紗季さきがいた。


「どうした柳楽。質問でもあるのか?」


「いえ、学業のことではなく、頼まれていたことに関連することです。明後日の土曜日、車を出していただけませんか?」


「はあ!? おまえ、学校で何言ってんだ!」


 誰かに聞かれたらどうする。ねじ曲がって勘違いされたら俺どころかお前も処分を受けるかもしれないんだぞ。


 肝を冷やして周りを見渡すが、柳楽は涼しい顔で笑っている。


「大丈夫ですよ先生。この辺りに人がいないのは確認済みです」


「だったらお前もその喋り方やめろよ」


「いえそれは、ふふふふっ」


 いざという時は自分だけ言い逃れる気満々じゃねえか。


「はぁ、まあいい。土曜日だっけか? 悪いな、土曜はいつも用事があるんだ」


「ご用事ですか。それは残念です。どんな用事かお聞きしても?」


 控えめに微笑みながら、瞳が爛々らんらんと輝いている。好奇心を隠しきれていない。別に隠すことではないし、コイツがその気になったらすぐ調べられることなので、俺は話してしまうことにした。


「そうだな。簡単に言えば見舞いだ」


「お見舞い? どなたか入院でもしているのですか?」


「いやそういうわけじゃ――って、思い出した。柳楽お前、進路調査書まだ出してないだろ。期限過ぎてるんだから、さっさと提出しろよ」


「そういえば山尾先生の代わりに春高先生が集めているんでしたね。分かりました、気が向いたら書きますよ」


「頼んだぞ」


 優等生やってるこいつが期限を破るのは珍しいなと思いつつも、学校モードで鉄壁の笑顔を貼り付けてる柳楽はやはり近寄り難く。


 俺は喉元まで出かかった心配の言葉を引っ込めて、ぶっきらぼうに念押しすることしかできなかった。


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