第十一話 嫉妬
「……
「分かりきっているではないか。
車に寄りかかってコンビニで買った缶コーヒーを並んであおりながら、俺たちはさっきの情報を整理していた。
野島の恋人は喜多霧夕子だ。それは間違いない。そして現在、喜多霧は外出できない状態にある。勿論大学に顔を出すのは不可能だ。なのに、野島は彼女とデートに向かったという。彼女はここに来ていないというのに。
つまり、野島が現在共にいるのは、喜多霧から名前と立場を奪った張本人で間違いないのだ。
「これで名前を奪った動機も推測がつくというものだ」
「嫉妬か」
「察しがいいな貴君は」
「三十年も生きてれば、それなりに汚いもんも恐ろしいもんも目にするさ」
口角を片方つり上げて言うと、柳楽はそれもそうだなと呟き、手にした空き缶を見つめた。
「犯人の彼女は、どんなに手を尽くしても、どう足掻いても野島氏の視線を自分に向けることができなかった。だから超常的な力に頼ったのだろう」
「お星さま私の恋を叶えてください、ってか」
「いいや、そうだな……『あの女さえ消えれば、そこにいるのは私なんだ。悪魔に願ってでも消してやる! 私こそが彼の恋人に相応しいのだから!』かな」
いったい誰の真似なのか、柳楽は髪を振り乱さんばかりに悲痛な女を演じてみせる。誰かが乗り移ったんじゃないかと思ってしまうほど鬼気迫る演技だ。びっくりした。情報屋より女優のほうが向いてるんじゃないか? 通行人の視線が痛い。
「そこまでして他人を求める恋心というやつは、私には理解出来ないものだがね。誤魔化しなど永遠に続くものではないと分からないのか」
柳楽は空き缶をゴミ箱に捨て歩き始める。俺のコーヒーはまだ半分ほど残っていたので、持ったまま後を追った。
「しかし、どうやってその女を探すんだ。あのみっちゃん達も行先までは知らんと言ってたし。野島たちの携帯には繋がんねえ。これから探すのは至難の業だぞ」
「ああ。私達だけでは不可能に近い。だから、空から探そうと思う」
「空? ドローンでも飛ばそうってか?」
「まさか。それにこの辺りはドローンの飛行禁止区域だよ。大学があるからね。私が言っているのはもっと原始的な手段ですよ。そろそろ貴君に、私が本物だというところを見せようと思っていたところだしね」
言いながら辺りをきょろきょろと見渡している。かっこいいことを言っているのに、しまりがない。
「見つからないな……」
「何を探し――うおっ」
「あっ、さーせん」
突然後ろから走ってきたランニング中の中年にぶつかって俺はたたらを踏んだ。中年の男は適当に頭を下げて走り去っていく。
「……貴君は何をやっているのかね」
柳楽が呆れた顔で見返してくる。何かと思えば、持っていた缶コーヒーが跳ねてシャツに染みを作っていた。
「やられた……。
確かに、このシャツはもう捨てようと思っていた。思っていたが、なぜこうも運が悪いんだ俺は。めっちゃコーヒー臭がする。
「これはさすがに落とすのに骨が折れるな」
「いいよ。どうせ捨てるつもりだったし。それより何を探してたんだ?」
諦めて残りのコーヒーを飲み干し、染みを観察する柳楽へ質問した。
「なに、少しカラスをね。すぐ見つかるかと思ったが、なかなか……おや? あそこにいるな。偶然にしては運がいい」
「そうかよ」
コンビニの駐車場で羽を休めているカラスを見つけ、難しい顔をしていた柳楽はご機嫌になった。
「なんでカラスなんだ?」
「知らないのかい?
「ああ、
「さすがに知っていたか。そう、三本足の
カラスの目の前にまで来た柳楽が鋭い
「この男性を探して欲しいんだ。徒歩だというからそう遠くには行っていないだろう。頼めるかな?」
カラスに写真を差し出すと、
「いいのかあれ!?」
「もちろん。見ていたまえ」
羽を羽ばたかせたカラスは電柱にとまった。そして、そこに居た三羽のカラスに写真を見せる。写真を確認したカラスたちは、柳楽の方を見て一鳴きしたあと別々の方向へ飛び立っていった。
「まさか……」
写真を咥えたカラスもまた、どこかへ飛んでいく。その先の電柱には別のカラスがとまっていた。同じことを繰り返すのだろう。
そう、カラスたちは手勢を増やしながら野島の捜索を始めたのだ。
信じられない光景に言葉も出なかった。柳楽は余裕たっぷりに少年のように微笑んで、俺の肩を叩く。
「これで少しは私のことを信用しましたか?」
ニヤニヤしながらそう問われる。俺は悔しさ半分、驚嘆半分に頷くことしかできない。すると柳楽は嬉しそうに笑って車を指差した。
「よろしい。では私達は車で休憩でもしながら、優雅に吉報を待つとしようじゃないか」
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