第十話 人探し


 翌日の昼間、柳楽なぎらは待ち合わせの公園へ時間通りに姿を現した。学校は昼休みまでで早退してきたらしい。制服ではなく、白のまぶしいブラウスと、赤いミニスカートを履いている。色の組み合わせが巫女さんめいていた。


 そのオシャレな恰好とは不釣り合いな大きい肩下げバッグを持っているのがアンバランスと言えばそうだ。通学カバンやその他諸々が入っているのだろう。


 始めて見る柳楽の私服に、俺はちょっと目を疑った。やはりこうしていると良家のご令嬢のようである。喋ったら古風なうえにオヤジだが。


「その服どうしたんだ? 制服で来るのはやめろと言ったのは俺だが……」


「そこのかわやで着替えた」


かわや言うな。おトイレと言え」


「それもどうかと思うのだが」


 慣れつつあるくだらない会話を交わしながら車に乗り込む。


「ところで春高はるたか先生、そのシャツ、少し汚れてはいませんか」


「ガキ共が投げた泥団子が命中した」


 しかも二発。大丈夫と言っているのにごめんなさいと泣き止まないので、ジュースまでおごるはめになった。これでも水で洗ってだいぶ目立たないようになったほうなのだ。


「気の毒な御仁だな。私が汚れを完璧に落としてみせようか。今日一日半裸で過ごすことにはなるが」


「ありがたいが、俺にそんな覚悟は無い」


 職務質問から公然わいせつで捕まる。ワイシャツ一枚に人生をかける気はない。


「一度家に戻るかい?」


「いや、もう乾いてるし。着替えてもまた汚れそうな予感がする」


「ふむ……? まぁ貴君がそういうのであればいいだろう。さっそく出発しようではないか」


「あいあいさー」


 適当に返事をして車にキーを差し込む。コイツのノリに慣れてきた自分がちょっと怖かった。






「さて、大学まで来てみたが……くだんの恋人殿はいるだろうか」


「写真は借りてきたがな。これと名前だけで探すには、誰かに訊くしかないだろ。守衛が居て中に入れそうにないんだから」


 大学正門の斜め前にあるコンビニに車を停車させて、俺たちは人の出入りを眺めていた。ちょうど昼時なので昼食を買いに出る学生が多い。話を聞くにはうってつけだ。


 借りてきた写真は一枚。喜多霧きたぎりと男が幸せそうに肩を組んで映っている。男は名を野島のじまといい、線が細く見るからに優しそうで天然そうな隙のあるイケメンだった。喜多霧とはお似合いのカップルだ。


「では春高はるたか先生は、あそこに集団で座り込んでいるガラの悪そうな御仁たちに話を聞いてみてくれたまえ。私はこっちのゆるふわ女子に話を聞く」


 柳楽の指さすほうを見る。そこには五人ほどの大学生が集まっていた。髪を変な色に染めて粗暴な印象だ。みんな同じように崩れた服装で、同じような表情をしている。彼等を良く知らない俺からすれば頭の色でしか区別できない。どこの戦隊ものだお前ら。


「待て。あれどう見てもヤンキーだぞ。俺に殴られろと言うのか」


「役割分担としては最適だと思ったのだがね。仕方がない。私が行こう」


「えっ、ちょっ」


 止める間もなく柳楽なぎらはヤンキーたちに近づいて行く。そんな口調で話しかけたら喧嘩売ってると思われるぞ。


 しかし柳楽は男達の前に立つと表情を一変させ、清楚な物腰で微笑みかけた。


「あの……、お休みのところ失礼します。少しお話しをお聞きしたいのですが、いいですか?」


 鈴の鳴るような可愛らしい声でそう会釈えしゃくする。その変貌ぶりに俺はぎょっとしたが、何を隠そう、あれは学校で優等生ぶってる柳楽紗季さきだ。柳楽のお嬢様フェイスに男達はまんまと騙され頬を染めている。


「おおっ、ぜんぜんいいぜ! なあ?」

「おう。なんでも訊いてくれ」


 顔を見合わせ浮かれて言い合う彼らに、柳楽がまた愛想良く笑って訊く。


「友達から頼まれて、この人を探しているんです。そこの大学に通う方だと思うのですが、ご存知ありませんか?」


 言って写真を見せる。男達はそれをこぞって覗き込み、口々に考えを話した。


「どっかで見た気がするな」


「俺も俺も、たぶん経済学部のほうの……」


そーちゃんお前、確か同じ学部じゃね?」


「あっ、確かに見たことあるわ。つか今朝も同じ講義にいたわ。野島だろ? あいつと仲良いのは…………おっ、みっちゃーん! ちょうど良い所に」


 宗ちゃんと呼ばれた金髪男が通行人に向かって大きく手を振る。相手は派手な感じの女子大生だった。彼女も宗ちゃんに気づいたらしく、顔を輝かせて胸の辺りで両手を小刻みに振りながら、一緒にいた女子の輪から外れて近づいてきた。


「あー! どしたの宗ちゃん?」


「ちょっと聞きたいことあってなぁ? みっちゃん、野島のグループとよく話すっしょ? 今日も野島いたよな。今どこいるか知らない?」


 宗ちゃんが柳楽からひったくった写真をみっちゃんに見せながら訊く。するとみっちゃんはわざとらしく指で唇をぷにぷにして、思い出したというように大きな口を開けた。


「午後は講義ないからって。彼女さんと一緒にさっき大学出てったよー。羨ましいよね」


「だそうだけど!」


 宗ちゃんが喜色を浮かべて柳楽を振り返る。みっちゃんはそれを見て露骨に嫌そうな顔をした。わかりやすいなお前ら。傍から見てるおじさんとしては楽しい限りだよ。


 一方の柳楽は自分を威嚇する視線をものともせず、そうですねと呟いてからみっちゃんへ近づいた。


「みっちゃんさんでしたか。その野島さんの彼女さん、という方のお名前を教えていただけないでしょうか」


 その質問で勘違いしたらしい。柳楽を敵でないと認識したみっちゃんは威嚇を止め、間近にある柳楽の顔に気の抜けた表情で答えた。


「えっ、うん、喜多霧きたぎり夕子ゆうこって子。野島くん狙ってんなら諦めたほうがいいよ。一年のときからめっちゃ仲良いカップルだし。仲睦まじいっていうか? あそこに入っていくのは、どんな美人さんでも無理と思う」


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