第五話 取引以前
ニヤニヤと俺を見つめたまま近づいてくる彼女に追いやられた俺はフェンスに身体を押し付け、結果逃げ道を失っていた。
「お、俺は…………」
駄目だ。距離があまりに近い。自分の吐息が彼女に当たってしまいそうで言葉を発するのが
それどころか、
「――で――――なん」
「はは――――って」
「っ!」
屋上特有の突然吹く風が女子生徒の声をどこからか運んでくる。それで我に還った。
ヤバイ。この位置だと校舎から丸見えだ。俺のことだからお喋りな生徒に目撃されて誤解されそのまま辞職に追い込まれる可能性がある。
「すまん、少し離れてくれないか。この距離はいろいろ差し障りがある」
少女を直視しないようあらぬ方向を見ながらなんとか言うと、
「ああ、失礼した。
「んなもん
だから未成年に手は出さねえって言ってんだろ!
「そうなんですか? 私はてっきり……。これは重ねて失礼。貴君は教師、張るべき体面というものがあったね」
「言い訳でもねえよっ」
ニヤけた顔のまま丁寧なお辞儀で謝辞を述べる
「はっ、そうか。
「うん、意味が分からないが、貴君から私への印象が
似てたら怖いだろ。ではなく、コイツ猫被ってやがったのか。煙を吸わせないようタバコを灰皿に落として、欺かれたような気分のまま柳楽をじっと見る。彼女はやれやれと大きく肩をすくめた。
「そりゃあ誰しも学校生活では、多少は自分を
「ならどうして俺に対してその本性を見せる。ここは校内、しかも俺はお前の現国を受け持つ教師だぞ」
そこが
すると
少女は入り口付近に陣取り、いまだ
「言ったでしょう。私が演技していたのは学校のことに縛られないため。仕事に集中するためだ。けれど今は違う。貴君は依頼者なのでしょう? 私は依頼者に対して己を偽ることはしない。だからこれで合っている。では改めて貴君の依頼内容を聴こうじゃないか。どんなことでも力になるとお約束しますよ」
「俺は……」
言葉を探して口をつぐむ。依頼と言われて頭に浮かぶものが無いわけじゃない。しかしそれをコイツに言っていいのかわからなかった。
俺が柳楽を呼んだのは故意じゃない。火を噴いたアレが本物だとは思わなかった。
そして今も、俺は柳楽を信用していない。
だって奇跡なんて、この世に存在しないって身を持って知っているから。
奇跡や偶然は俺に微笑まない。
奇跡とは、俺以外の誰かに起こり、俺を不幸に追い込むものに他ならない。
沈黙を貫く俺に柳楽は寂し気に微笑む。
「なるほど、言えないか。どうやら私の事を知ったのも偶然のようだね。私の仕事に懐疑的なのだろう。……ならばこうしようじゃないか。ついて来るといい。ちょうど帰り支度も終わっているようだしね。今から、他の依頼者に会いにいくんだ」
気分を一新するように笑って、柳楽が俺の手を取る。
「どうせ今抱えている仕事を片付けなくては貴君の力にはなれない。だからその期間は時間の猶予だと思ってくれたまえ。依頼するかの判断はそれからでも遅くない。そして私が本物だと確信した
そうして俺は眩しい笑顔に促されるようにして、柳楽に先導されて屋上を後にするのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます