第42話 エリスとオークそして厨二病

 それから数日後、アリシアとエリスは街中を歩いていた。


 銀さんに買い出しを頼まれ現在お買い物中の二人である。この数日間は銀さんの料理の手伝いを二人はしている。


「あとは、野菜かな?」

「はい、それで終わりだと思います」


 そう話しながら歩く二人、その表情はとても明るく、メイド服と言うこともありとても奴隷には見えない二人である。


「それにしても銀さんって本当に良い人だよね」


 アリシアがうっとりとした様子で言う、その表情は少し熱を帯びた様で色気を醸し出している。


「はい!とても素晴らしい人です」


 そう言うエリスもまた目をキラキラと輝かせうっとりとしている。


 ここ数日を振り返る二人。銀さんの手伝いは朝から夕方までで昼休みもあり、理想的な仕事である。手伝いの内容は簡単な助手などであり、その中には銀さんの作った料理の味見まで含まれている。


 銀さんが作る料理はアリシアたちが初めて見る物ばかりで味見をしては驚き、感動の声を漏らしていた。その料理のどれもがとても美味しく気づけば、次は何が出て来るのかと期待して待つ様になっている二人。


 その上、気が利く銀さんは午前と午後に一回ずつおやつを用意している。まさに食べる事が好きな女性にとっては天国のような職場なのだ。


 そうこの二人、銀さんではなく銀さんの料理に恋をしているのである。


 買い物を終える頃には既に日が暮れ始めており、急ぎ宿へと戻る二人。


 宿に着くと両手に荷物を抱えた二人が急ぎ銀さんの居る部屋と入っていく。


「ただいま戻りました」


 扉を開けたアリシアは部屋の中の信じられない光景に言葉を失い顔を青くする。そんなアリシアの様子に部屋の中が気になったエリスが隙間から部屋の中を覗く。


「モッ、モンスター」


 部屋の中には大きな黒いオークが立っている。オークはアリシアたちの方をじーと見ている。エリスは立ち止っているアリシアの腕を掴み一緒に逃げようと引っ張るが、アリシアはあまりの恐怖で足が竦み動く事ができない。


 アリシアが動かない事にさらに焦るエリスは必死にアリシアの腕を引っ張る。その瞳に涙を溜めて、もう一人は嫌だと、一緒に逃げようと必死な様子で引っ張るアリス。


「おお、帰って来たか」


 そう言い黒いオークを押しのけ、その後ろから姿を表すGさん。


 そんな状況に理解できずに混乱する二人にGさんと銀さんが情況を説明すると、


「じゃあ、そのオークは危険はないんですね?」


 説明を聞いたアリシアがそう尋ねると


「うむ、危険はない、大丈夫じゃ」


 腕を組み自信を持って言うGさんだが、アリシアは未だ納得のいかないながらも、


「危険は無いんですね。わかりました」


 大人なアリシアは奴隷である自分はそう言われれば、そう納得するしかないと理解しており、危険ではないと自分に言い聞かせる。


 だが、子供であるエリスはそんな事を言われても納得できるはずもなく、少し離れた位置で怯えたようにオークを見ている。そんなエリスを見たGさんは、


「おい、プヨ自己紹介せんか。エリスが怯えておるじゃろうが」


 黒いオークはその大きな体をエリスの方に向ける。するとエリスはさらに怯え数歩後ろへと下がる。そんな状況を見ていたGさんが、


「ばかもんッ! さらに怖がらせてどうするんじゃ」

「ソ、ソンナ、ゴムタイナ。オレニ、ドウシロト?」

「知らぬ! 自ら考えるんじゃ」

「……ハイ」


 Gさんの一方的な言い分に、心の中ではそんな無茶なとは思いながらも折れるオーク。彼はGさんとは短い付き合いであるが、既に何を言っても無駄だと悟り、色々と諦めていた。


 オークはその場で膝をつき、目線の高さをエリスに合わせ、


「オレハ、オレハネ」


 そう言い一旦言葉を切ると、満面の笑みを浮かべ、


「ジツハ、プヨ、トイウ、イイオークナンダ!」


 オークのその言葉に凍り付く室内、誰もが言葉を失う中、笑いながら部屋へと入って来たのは直人だった。


 直人はプヨの元まで行くと肩を叩きながら、


「ははははっ、いいね、いいと思うよ。あははっ、そう言うの結構好きだぜ」

「ハア、ドウモ」


 直人の反応にプヨはどうリアクションしていいのか、わからないと言った様子でそう答えるのだった。


 そんなやり取りしていると怯えたエリスがぼそりと呟いた。


「でもオーク、モンスターなんだよね」


 エリスの呟きに困った顔をするプヨ。そうエリスの言う様にプヨはオークでありモンスターなのだ。そしてこの世界でのモンスターとは人類の敵である。モンスターと言い変えようのない事実にプヨが困り果てていると、


「フハハハハッ、エリスよ。見た目で判断している様ではまだ甘いぞ。いずれ此奴の有用性に気づくだろう」


 直人は着ているロングコートをバサリと靡かせ、まるで演劇の様なオーバーリアクションで意味ありげにそう言うのだった。


 直人は狩りから帰って来て暫く経っているのだが、その装備は狩りの時と同じフル装備のままだ。彼は宿の中でも常にフル装備のままなのだ。


 そんな直人を疑問に思ったアリシアが先日、尋ねる場面があった。なぜ直人さんは宿の中でもフル装備なのかと、すると直人はシリアスな雰囲気を出し「アリシア、敵は常にどこに潜んでいるかわからないものなんだよ」と答えた。


 言い終えた直人は何かを達成したかのような雰囲気で、部屋の一点を見つめているのだがその瞳はどこか遠くを見ているようであり、まるで自分の言葉に酔っているようだった。


 直人は全て言い終えた様だが、アリシアはと言うと(えっ? 説明それだけッ!?)心の中で叫んでいた。そのあまりの衝撃に表情にも困惑の色が現れていた。


 酔っている直人がドヤっとアリシアの様子を見る、直人の予測ではそこには羨望の眼差しをしているはずのアリシアがいるはずだったのだが、そこにあるのは困惑した表情を浮べるアリシアだった。


 その表情に気づいた直人は焦った様子で、


「いや、その、つまりだな! 常に万全の状態でいなければ、足もとを掬われかねかいと言う事だ」


と話を無理やり纏めるといった場面もあったが真実は彼の中の厨二病が悪さをしていただけの事である。




翌朝、目を覚ましたアリシアとエリスは銀さんの手伝いをするべく銀さんの部屋へと向かっている途中、呻き声が聞こえてくる。その声は二人の向かう先から聞こえてくる。


銀さんに何かあったのかと不安になった二人は急ぎ部屋へと向かい扉を開けた。扉を開けると噎せ返るような血の匂いに立ち尽くす二人。


部屋の中央にはプヨと思われる黒いオークが倒れている。倒れているオークには頭がなく首から大量の血が流れ出ている。そのすぐ横には銀さんが背を向けて立っている。


銀さんは何か作業をしていた様だが扉の音に気づいたのだろう、二人の方へと振り返った。


「ひぃっ!」


振り返った銀さんを見たアリシアが声にならない悲鳴を上げた。隣にいるエリスは声を出すことも出来ず顔を引きつらせている。


振り返った銀さんは右手には中華包丁、左手にはプヨの生首を持っていた。銀さんの持つ生首は苦悶の表情を浮かべ開いた口から舌が垂れていた。


怯えた二人に気づいた銀さんは慌て二人に声を掛ける。


「ち、違うんだ! これは料理の下準備なんだ!」


慌て説明をするがそれを聞いたアリシアは驚愕の表情を浮かべる。エリス至っては過呼吸気味に口をパクパクさせている。


先ほどより悪化した状況に銀さんは、


「おいプヨ、お前も何か言えよ!」


持っているプヨの生首に声を掛ける銀さん。だがプヨは苦悶の表情を浮かべたまま動かない。


銀さんの生首に話し掛けると言う狂人的な行動に怯え切った二人。二人の銀さんを見る目は既に人を見る目ではなかった。


そんな二人の視線を受け、耐えられなくなったのだろう。銀さんの目が据わり低い声で、


「プヨてめえ、大概にしねえと卸すぞ!」


銀さんの鬼気迫る物言いに苦悶の表情を浮かべ続けていたプヨの表情が動き出す。生首は焦り冷や汗を流しながら、


「ワルフザケガ、スギマシタネ。サーセン」


申し訳なさそうに謝るプヨ。


「ちょっ、何で生きてるんです!?」


生首のまま普通に喋るプヨを見たアリシアが目を大きく見開き驚きながら尋ねた。


「ハハハ、ソウイウ、タイシツナンダ」


プヨが笑いながらそう言ったが納得できない様である二人に銀さんとプヨは説明を始めた。


説明を聞き終えたが二人は納得がいかない様子である。アリシアが口を開く。


「再生するからって仲間を切ってお肉を増やすって、人としてどうなんですか? 昨日、仲良く話してましたよね。それを切るってどうなんですか銀さん?」


アリシアに問い詰めるように言われ、返す言葉に詰まり困った表情を浮べる銀さんを見て庇う様にプヨが、


「モウナレタ、ダイジョウブダ」

「慣れたって、そんな――」


プヨの発言に驚き言葉を失うアリシア。そんな中、エリスはプヨを心配そうに見ながら弱弱しく、


「でも、痛いんでしょ?」


と、尋ねる様に言う。


「アア、イタイゾ――」


エリスの問いに普通に痛いと答えていると、エリスの表情がさらに心配そうな顔成り始めた事に気づいたプヨは慌てて言葉を続ける。


「ダガ、ダイジョウブダ、オレハツヨイカラナ」

「大丈夫なの? 本当?」

「アァ、ソレニ、オレヲタベ、エガオガフエル、ソレハ、イイコトダロ」

「うーん、そうなのかな? でも無理しちゃダメだよ」


悩みながらも一応納得したエリス。アリシアは未だ納得はしてはいなかったがエリスが納得した事でそれ以上、何も言わなかった。


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