第41話 エリスとアリシア

 エリスは人間の街で生まれた。両親はエルフであり、本来エルフはエルフの街で過ごす者が多いのだが、少数ではあるが人の街へ出て来る者もいる。エリスの両親はその少数派であった。


 エリスの両親は人の街で冒険者をしていた。だがエルフが人の街で生きていくのにはリスクが存在する。エルフの特徴とも言えるその美しさから、男女共に人間からの人気が高く、奴隷にしたいと考える人間が多くいる為だ。


 エリスの両親もその例外ではなく、騙され多くの借金を抱えてしまう。その借金から奴隷落ちとなりそうだったエリスの両親たちは支払い為、難易度の高い依頼を受けて帰らぬ人となった。


 両親を失い借金だけが残ったエリスはその借金の為、奴隷となってしまう。


 エリスはその年齢と金額から一年ほど奴隷商で過ごす事になる。その間に様々奴隷たちを見て、話を聞くことでエリスは希望を失っていった。


 聞いた内容は、人として扱われづ、おもちゃとされ飽きれば売られを繰り返すと言ったもので、そこには救いはないのだ。


 長い間買われる事無く、奴隷商で過ごしていたエリスの前に茶髪の男性が現れた。その男は黙って立っていればそれなりにいい男なのだが、その言動からエリスは危険な人間だと感じた。


 その男はうるうると目を輝かせエリスを見ながら、


「えっ、エルフっス!? 幼女っス!? キターーーーー!!」


と、叫び興奮している。そんな者に買われぬ様にエリスには祈る事しかできなかった。


 結局エリスはその者たちに買われる事となった。新しい主人の名は相沢直人だった。エリスと共に三人が買われ、そのまま日用品を買いに行くと言われた。エリスは主人である直人の後をついて行った。


 店に行く途中に、一緒に買われたアリシアがエリスに声を掛ける。


「エリスちゃんだったかな? 私はアリシアって言うの。これからよろしくね」


 アリシアがおっとりとした優しい口調でそう言うと、エリスは突然の事に焦りながら、


「は、はい、よろしくお願いします」


 焦った様子でそう言うエリスを見て、アリシアは優しい笑みを浮かべ、


「うん、よろしくね。なんか困った事あったら言ってね。出来る限り力になるからね」


 そう言うアリシアを見てエリスは直感的に良い人と判断して、その後ろをついて回る様になっていた。




 日用品を買いに行くと言われ、ついて来た四人の奴隷は驚いていた。自分達が連れて来られた店があまりに上等なお店だった為だ。


 この世界では貧富の差が激しく、大きく分けると、上流階級、中流階級、下級層の三つに分けられ、その数は下級層が圧倒的に多い。上流階級の殆どが貴族や王族で、中流階級には下級貴族や商人、高ランク冒険者などである。それ以外の殆どの者が下級層と言う事になるのだ。


 当然買われた四人の奴隷たちも下級層の者たちであり、中流階級の店へと連れて来られるとは思っていなかったからだ。この世界の奴隷は人として扱われる事が少なく、その生活は下級層以下だと言う者が大半なのである。


 中には服さえ与えられない者や食事を与えられず死んでいく者も少なからず存在するのだ。この世界での奴隷とはそう言う扱いが当然の事となっている。その為、四人の驚きは大きなものだった。


そんな四人に直人は、


「俺にはよくわからないから、それぞれ服や必要な日用品を選んで来てくれ」


 選んでくれと言ったのに一向に動こうとしない四人を見て直人は(えっ? 俺なんか不味かった? 選んで来てくれってちょっと偉そうだったか? それともこの店じゃダメなのかな?)と何か悪かったか考える直人。


 そんな直人の予想とは違い四人は本来、与えられた物で生活しなければならない身分だと言うのに、中流階級の店に連れて来てもらい、その上自分で選んでくれと言われ唖然としているのだ。


 そんな事とは知らない直人が悩み、眉間に皺を寄せる。それを機嫌を悪くしたと思ったアリシアは焦りながら(いけない、私が何とかしないと)と考える。奴隷の中で自分だけが唯一の大人であることから、自分が何とかしなければならないと考えたアリシアは慌て直人へと声を掛けた。


「直人様、あの~自分で選ぶのですか?」

「直人でいいよ。様付けはいらないから」

「は、はい。では直人さんとお呼びしますね」

「それで構わない。でアリシア自分で選んで欲しいんだが、何か問題があるのか?」


 アリシアは一瞬考え、言葉を選びながら答えた。


「あの、それは、その~奴隷と言うのは本来自分で選ぶ権利はないので、服や生活に至るまで主人が決めた事に従うものなんですよ。なので本当によろしいでしょうか? しかもこんな高級な店で」


 直人たちは既に、中流階級の生活基準を手に入れており、この世界ではかなり裕福な生活を送っているのだが、直人たちの中にそれを自覚している者はいない。


 日本で生活していた直人たちからすれば、食材などは美味しいものの、それ以外は日本生活基準を下回っており、贅沢しているとは誰も感じていなかった。


 この後、拠点購入の際に建物の大きさと立派さの割にあまりに安すすぎないかと、自分たちの金銭感覚を疑う事もあるのだが、この世界の文明のレベルが低いから土地も安いのだろうと言う事で片付けられられる事になる。


 自覚のない直人が驚き尋ねる。


「高級? アリシア、ここの事か?」

「はい、このお店です」


 アリシアの発言を聞いても信じられない直人は他の奴隷たちの顔を見るが三人も軽く頷いているのを見て、


「……そうなのか、だが気にしなくて大丈夫だ。お金ならあるから」


 そう言い腰についている財布を叩く直人は心の中で(二十八才の若造だからなお金持ってないって心配してんだろうな)と考えていた。


 だが、アリシアたちは逆に、直人の常識の無さを心配しており四人は(大丈夫かな?)と心で呟く。


そ んな事とは知らない直人は、


「だから、安心して選んで来てくれ」


と、自信たっぷりにそう言うが四人は一向に安心できず、動かない事に直人は首を傾げ、続け尋ねる。


「え~と? どうした?」


 直人に尋ねられるが、あなたの常識大丈夫ですかと尋ねる訳にもいかないアリシアは、


「……あの、予算はいくらでしょうか?」

「ああ予算か、予算は気にせず必要な物を選んで来てくれ」

「……そ、そうですか。わかりました」


 そう言ったアリシアは(は~あ、この方たちちゃんとした常識はあるのかしら?)そう思いながらため息を付くのだった。


 その後アリシアたち四人は必要な物を選んで持ってきたのだが、遠慮したのだろう。その数は少ない。それを見た直人たちが、それじゃ足りないだろうと言い出し始め。結局、倍近くの服や日用品を買う事になるのだった。


 買い終えると宿へと戻る事になるのだが、そこからもアリシアたちの驚きは続いた。


 宿へと戻ると直人が受付へと行き、アリシアたちの為に部屋を追加で借りた。日本人である直人たちからすれば、仲間が増えたので部屋を増やしただけなのだが、部屋の空いたスペースで寝るのだろうと思っていたアリシアたちには驚きだった。


 直人の指示で部屋へ入り、買って来た服へと着替えたアリシアたちが部屋から出て来ると待っていた直人にご飯にしようと言われた。ついに仕事かと気を張るアリシアたちは直人の後について行き宿の中庭へと出た。


 そこには料理をせっせと作る銀さん、出来た料理をテーブルに運ぶテルとクラリッサの姿があった。


 それを見たアリシアは焦る。奴隷である自分が何もしていないのに、奴隷ではない方々が働いている情況はとても体裁が悪く、これではどんな恐ろしい処罰を受けるか分からないと、何かしなければと考えてるアリシアに、


「おおっ、見違えたな、よく似合ってるよ」

「おお、そうじゃな」


 そう言い声を掛けて来たのは、椅子に座り何もせず雑談していたカイとGさんだった。この二人は料理などに関しては自分の仕事とは思っておらず、飯待ち状態である。


 そんな二人にアリシアたちが褒められた事に感謝を述べていると、


「おっ、いいっスね!いい感じっスね」


 そう言い近づいて来たのはテルだった。テルは両手に料理を持って運んでいる途中である。


 慌ててアリシアが手伝うと言うのだが、テルは笑顔でもう終るから大丈夫と断られてしまう。


 その後、食事となり、銀さんの料理を始めて食べたアリシアたちはそのあまりの美味しさに驚いた。だがそれ以上に料理を勧めて来る銀さんや直人たちの方がアリシアたちにとっては驚きだった。


 奴隷であるはずの自分たちなのだが、その扱いは食事に招待された友人の様な扱いであり、買われた奴隷であるアリシアたち四人は良い人たちに買われた様だと感じさせるものであった。


 そう感じた四人の警戒心と緊張感が薄れ食事は大いに盛り上がり、楽しい食事となった。

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