第33話 倒れ行く仲間たち

「凄いわね。あの二人はステータス以上の動きをしているわ」


 シンシアが戦いを見つめながらそう言うとセルジュが、


「そうですね。彼らの動きには無駄がありませんね。二人の戦闘技術は、明らかに実戦の経験に依るものでしょう。一体どれだけの戦闘を経験して来たのでしょう?」


 流石はと言うべきだろう、彼女の推測は的を得ている。カイは十数年ほぼ毎日エリュシオンで戦っていたのだ。Gさんに於いては、エリュシオンだけでなく、戦争経験者であり現実でも武術をやっていたのだ。


 現実では実戦経験を多く積む事は、それだけ死亡率が高くなるという事であり、無闇に経験を詰めるものでもないのだ。それに比べ全力を出した戦いが何度でも出来るエリュシオンの存在は大きい。


 実は、エリュシオンでのトッププレイヤーとは肉体的な才能さえあれば、現実でも達人という事になるのだ。これは地球の多くの国家も認める処で、エリュシオンは軍人育成にも使われていたのだ。


 エリュシオンでトッププレイヤーであるカイたちは、既に技量は達人の領域であり、この世界のステータスで肉体が強化された事でステータス以上の強さを発揮しているのだ。


「でもどうするの? このままじゃカイ君たち負けちゃうよ。助けないの?」


 ローゼがシンシアを見ながら言うと、


「助けるわよ。でも今じゃないわ、カイ君たちが敗北してからよ。」

「えっ、なんでよ!?」


と、ローゼが不思議そうに尋ねると、あんたそんな事もわからないのといった様子で呆れた表情をしたセルジュが、


「それは敗北を経験させる為でしょ」


 二人の言っている意味を理解できずに戸惑うローゼにシンシアは、


「彼らの実力は本物よ。彼らを失う事は人族にとっての損失なのよ。だから私達でどうにか出来るこの場で敗北を経験してもらうわ。それが彼らにとって重要な経験になるはずよ」


 冒険者の中で才能が有る者で、とんとん拍子で登って行く者がたまにいるのだが、そんな者の多くが突然帰らぬ者となるのだ。


 人とは慢心する生き物であり、敗北を知らぬ者は敗北を想像できず、絶望を知らぬ者は絶望を想像できない。人には人生には必ず波があり、戦い続ければいずれは窮地に陥ることもあるのだ。


 その時、知る者と知らぬ者とでは大きな差が生まれるのだ。知るものは想像し、備えて考えるのだ。それが大きく生存率に関わるのだ。その為シンシアは直人たちに敗北が許される今、敗北を経験してもらおうと思っているのだ。


「なるほどね~。流石リーダー、色々考えてるんだね」


と言いシンシアを感心した様子で見るローゼ。


「当然です。私はパルセノスのリーダーなんですよ」


 シンシアはそう言いカイたちの戦いを見つめながら(さあ、どこまで戦えるのか見せて貰いますね)


 先程まで均衡していたはずの攻防は、その均衡が徐々に崩れ始めていた。カイとGさんの表情には焦りが感じられる。すでに二人がかりで、なんとか凌いでいるといった状況であった。


 そうなのだ、ゴリラ―ドとカイたちとではレベルが違うのだ。このまま戦いの中で双方が自分の力を使いこなせるようになって行けば、先に限界に迎えるのはカイたちなのだ。


 そもそも、ステータスに差があり、これまで均衡していたのは単にゴリラ―ドが自分のその力を使いこなせていなかったからに他ならない。ゴリラ―ドはアンネの森では強者の部類でこれまで全力を出す必要がなかったのである。


「こいつはどこまで速くなるんじゃ!?」


 戦いながら額に汗を浮かべたGさんがそう言うと、


「知らねえよ!んな事よりさっきから手数減ってんじゃねえかGさんッ!?サボってんじゃねえだろうなッ?」


 カイにも既に余裕がなく、怒鳴る様に必死な様子でそう言うと、 


「サボってなどおらぬわ。わしは98才じゃぞ、少しは労わろうとは思わんのか!?」


 戦いながらそんなやり取りをしていたGさんは、ゴリラ―ドの攻撃を受け流し損ね、体勢を崩してしまう。


 それを見たカイは(なっ、なにやってんだッ!)と思うと同時にGさんをフォローすべく動く。Gさんを庇うようにゴリラ―ドへと斬りかかるカイだが、咄嗟の事で力み大振りになってしまう。


 ゴリラ―ドがニヤリと笑い、それを見たカイは(し、しまった)と思うものの、その攻撃を止める事ができない。カイの攻撃は空を切る。


 カイは攻撃を躱され大きな隙をつくってしまう。その隙をゴリラ―ドが見逃すはずもなく。カイの攻撃を躱し反撃の構えを取るゴリラ―ド。


 それを見たカイがダメージを覚悟したその時、ゴリラ―ドが大きくバックステップして後退した。次の瞬間、ゴリラ―ドがいた空間を槍が突いた。


「チッ、躱されましたか」


 攻撃を仕掛けたのはクラリッサだ。攻撃を喰らい戦線を離脱していた彼女が、茂みの中から駆け出し奇襲を掛けたのだった。それにより、チャンスであったゴリラ―ドは後退を余儀なくされたのだ。


 クラリッサは後退したゴリラ―ドへと、そのまま追撃する。鋭い攻撃を次々と繰り出すが、全ての攻撃を捌くゴリラ―ド。


攻撃を捌き反撃に出ようとするゴリラ―ドに複数の投げナイフが襲い掛かる。飛んで来たナイフに反撃の出鼻を挫かれてしまう。


 ゴリラ―ドは攻勢に諦め、飛んできた全てをナイフを右腕で掃い落とし、飛んできた方へと目を向けた。


ゴリラ―ドの視線のさきに居たのはテルだ。


「俺もいる事を忘れてもらったら困るっスよ」


 そう言うとさらにゴリラ―ドへと両手で計六本のナイフを投げ放つ。


 それを捌こうとするゴリラ―ドだがそれを黙って見ているクラリッサではない。


 クラリッサが突きを放つ。それを捌くゴリラ―ドだがそれに気を取られ投げナイフの二本が体へと突き刺さり小さな呻き声を漏らす。そこへカイとGさんも加わり攻撃を開始する。


 攻撃を繰り出しながらカイが、


「すまねえ、さっきは助かったぜクラリッサ」

「気にする必要はありませんよ」


クラリッサにそう言われるとカイはフフッと笑い、すぐに真剣な表情に戻ると、


「一気にたたみ込むぞ」


とカイが言うとカイたちの猛攻撃が始まった。


 【ドラゴニック・レボリューション】を使っているカイをメインとして、サブにGさんとクラリッサ、サポートがテルと言った構成で攻めるカイたち。


 四人の連携で互角に、いや互角以上の戦いをするカイたち。ゴリラ―ドは徐々に押され出し、防戦一方となっていく。


 それを見ている【パルセノス】は、


「ちょっと、カイ君たちが押し始めてるよ!?」


 驚いた表情で尋ねるローゼ、


「し、信じられないわ……Bランクのモンスターなのよ!」


 シンシアもあまりの驚きに、開いた口が塞がらないと言った様子である。そんな中セルジュだけが冷静に、


「想像以上ですね、直人君たちは。まさか、これ程の力を持つ者たちが複数集まっているとは思いもしませんでした」


 【パルセノス】がそんな話している間もカイたちの猛攻は続き、カイたちがこのまま押し切れると思い出したその時だった。


 攻撃を繰り出していたカイの薄っすらと光っていた体の光が失われる。そう【ドラゴニック・レボリューション】が切れたのだ。攻撃をしていたカイのスピードが急激に失われていく。


 今まで防戦一方に成りつつあったゴリラ―ドは、ここがチャンスと言わんばかりに攻撃に転じ、カイへと一気に襲い掛かる。


 飛び掛かり殴り掛かるゴリラ―ドのパンチがカイを捉える。


「ぐぅッ」


 余りの衝撃に声を漏らし、ふらつくカイにラッシュを掛けるゴリラ―ド。ゴリラ―ドのパンチを喰らう度に声を漏らしながらも耐えるカイ。


 急ぎ、Gさんとクラリッサは助けに入ろうと動くが、それよりも早くゴリラ―ドの渾身の回し蹴りがカイを襲う。


「がはっ」


 回し蹴りを胸に喰らい、口から血を吐き吹っ飛ぶカイ。地面を数度転がり止まると(いっ息が出来ねえ)と苦しむカイ。


「カイさんッ!」


 吹き飛んだカイの方を振り向き、名を呼ぶクラリッサにGさんが


「馬鹿者ッ戦闘中によそ見をするでないわッ!」


 ゴリラ―ドの方を振り向くクラリッサ、


「なっ!」


 目の前にゴリラ―ドがいて驚くクラリッサに、ゴリラ―ドの飛び膝蹴りが直撃する。


「くはっ」


 クラリッサが中に浮き、放物線を描き飛んで行く。ゴリラ―ドはそれを追うようにジャンプした。地面へと落ちたクラリッサの骨盤辺りを着地する両足で踏み潰す。骨が砕ける様な音と共に凄絶な悲鳴を上げるクラリッサ。


「うわああああああああッ」


 両足でクラリッサの上に立つゴリラ―ドに斬り掛かるGさん。ゴリラ―ドはジャンプして、その攻撃を躱し少し離れた場所に着地する。


 Gさんはゴリラ―ドを睨みつけたまま、横目でクラリッサを見る。


「うぅぅぅぅぅ」


と呻き声を上げながら苦しむクラリッサ。それを見てGさんは(こいつは酷いのぉ、骨盤が砕けておる。臓器へのダメージも甚大じゃろう、仮に助かったとしても普通には歩けまい)と考えながら、若き才能のある者を失った事に惜しく思うGさん。


 Gさんは刀を鞘に納め、居合の態勢を取り身がまえ、ゴリラ―ドと睨み合う。


 先に動いたのはゴリラ―ド、Gさんへと向かい突っ込んで行く。だがGさん動かず、身構えたまま動かない。


 ゴリラ―ドは間合いに入った瞬間にゾっとするような寒気の様なものを感じ減速すると共に後ろへとバックステップする。それとほぼ同時にGさんは一歩前に踏み出で、鞘から刀を引き抜いた。


 鞘を滑るように加速した刃がゴリラ―ドへと迫る。


 その速度は余りに早く、バックステップをして下がるゴリラ―ドに追いつき斬りつけた。


 バックステップで下がったゴリラ―ドに両手から血が流れる。ゴリラ―ドは刃が迫り、追いつかれると見ると両手を盾にして防いだのだ。


 防いだ手から血だしたたり落ちる。血が出たことが予想外だったのだろう、その両手をみて驚くゴリラ―ド。ゴリラ―ドの攻撃に使われる手足の強度は高まっており、ちょっとやそっとの事では傷がつく事はないのだ。


「何をした人間?」

「感のいい奴よ!防ぎおったか」


 Gさんはそう言い、刀を再び鞘へと納め身構える。


 ゴリラ―ドは自分の質問に答えずに構えなおすGさんを睨みつける。それに対してGさんニヤリと笑い、


「生きとるうちに、これ程の敵と出会えた事に感謝する。佐々木剣十郎、全力で参る!」


 Gさん人生で出会った最強の敵を前にして嬉しく思っていた。人生で得た全てをぶつけても勝てないかもしれない敵なのだ。Gさんは考えていた、この戦いを全力で戦えば知ることが出来ると思ったのだ。自分の武がどこまで来たのかを、それを知れば自分の人生の答えがでると。


 今度はGさんが先に動いた。居合の構えのまま、一気に距離を詰め攻撃を繰り出す。


 ゴリラ―ドは迫る斬撃を殴りる事で相殺して、お返しとばかりにGさんにパンチを放つ。風切り音立て、迫る拳の軌道を斬撃で逸らし躱して見せるGさんは、一瞬で刀を鞘に納め芸当を行い、居合切りを放つ。それを躱すゴリラ―ド。二人の攻防戦が始まった。


 そんな攻防戦の中、ゴリラ―ドの攻撃で深刻なダメージを追ったカイは回復魔法を自分に掛けていた。回復魔法のお陰で呼吸は出来る様になったものの、全身を襲う痛みがダメージの深刻さを物語っていた。


 そんな状況で起き上がろうとするカイを激痛が襲う。あまりの痛みに起き上がる事のできないカイは(クソがッ! 俺は何やってんだ……バフ切れに対応出来ずにいい様にやられるとかマヌケすぎんぞ! この大事な時に戦線離脱とかありえねえだろうが)自分の不甲斐なさに苛立つ。


 何故、バフ切れを忘れていた。何故、冷静に対応できなかった。それが出来ていればこんな状況にはならなかった、という可能性を考え悔やむカイ。


『あの~、【女神の癒し】で回復しますか?』


 落ち込むカイに気の毒そうに声を掛けて来たのは担当のレアだった。


 声を掛けられカイは考える。気持ちでは今すぐに【女神の癒し】で回復して戦線に復帰したいカイだが【英雄の奇跡】は後2回だ。ゴリラ―ドは強敵だ。奴を倒す為にはその2回を攻撃に使わなければ厳しいと感じるカイ。だが問題はそれまで自分無しで戦線を維持できるのかということだ。


 カイはゴリラ―ドの方へと目を向ける。


 そこにはゴリラ―ド相手に善戦するGさんの姿があった。


 それを見たカイはレアに伝える。


「レア、【女神の癒し】は使わない」

『わかりました』


 レアにそう答えたカイはGさんの戦いを見ながら(Gさん俺が回復するまで持ちこたえてくれ!)カイも未だに勝利を諦めていない。


 続く攻防戦、健闘するGさんだがその力は確かな差が存在し徐々に押されている。そんな戦いの中でGさんは場違いな事に喜びを感じている。(全力を出しても、尚その上を行くモノが居よおとはな。)自分の全てのぶつけれる相手との出会いに心を踊らせていた。


Gさんはバックステップでゴリラ―ドとの距離を取り口を開く。


「生きてこれ程の強敵と出会えようとはな。わしの全てを試させてもらうぞ」


 真剣な表情で、そう言い。Gさんは居合の構えで再びゴリラ―ドへと迫り、


「嵐、小鴉、鳳――」


 Gさんは技名を口にしながら次々と居合切りを放っていく。それは先ほどまでの居合よりもさらに早く、その動きは洗練されて一つ一つが完成されており芸術の域に達している。


 だが、そんな技の数々を凌いで見せるゴリラ―ド。そんな中だというのにGさんの表情は楽しそうである。そんなGさんが連撃を止め、再び居合の構えを取り構える。だがそれは今までと構えこそ同じものの、明らかに場の空気が変わっていた。


ゴリラ―ドもその気配を察し、距離を取り身構える。


「これはわしの佐々木家に伝わる最強の技じゃ、受けきれるかのぉ。燕返しッ!」


 Gさんはゴリラ―ドに迫ると立ち止るとGさん体がブレ、無数の残像が重なったまま様々な居合切りを放つ。ゴリラ―ドは防ごうとするがその斬撃の多さに全てを防ぎきれずに鮮血が飛ぶ。


 ゴリラ―ドは体に複数の傷を受け唸り声をあげる。それを見たGさんは、


「まさかこの技を受けて立っていれるモノが居るとわのぉ。異世界とは楽しいのぉ」


と少し寂しそうに笑った。


 この燕返しと言う技は、一秒間に様々な居合切りを十回放つというもので、それは刀を抜き仕舞うまでをコンマ1秒で行い。それを十連続で行うと言うものなのだ。


 それは体に掛かる負担が大きく、使えばその後、負担から戦闘力が大きく低下してしまうのだ。だからこそ、燕返しは必殺の一撃でなければならないのだ。若き頃はなんとか三度は使えていた燕返しも、老いた今では一度が限界となっているのだ。


(もっと若い時に来たかったのぉ。地球でただ研磨し続け、戦う事の出来ない日々、なんとも無駄な日々を過ごしたものじゃ。……じゃが最後に試せた事で良しと思うべきなんじゃろうな)とセンチメンタルな気持ちになるGさん。


 そんなGさんに、傷を受け激高したゴリラ―ドが襲い掛かる。


「Gさん逃げろッ!」


 直人が叫ぶ、だがGさんは動かず、ゴリラ―ドを見据え続ける。それは全てを覚悟し受け入れた様な様子だった。

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