第三十六幕 もう一つのオートマタ②
「自分の終わりを悟り始めたということだ。」
それは先生の声だった。
「先生!」
咄嗟に叫んで立ち上がってしまった。
だがクランガーから先生の声が淀みなく流れてくる。
「クランガーはね。止まり木で書いた人間の声を出して読み上げることができるオートマタなの。」
ザラが冷たく答えた。
「だから喋っているのはあくまでクランガーであって先生じゃないわ。座りなさい。」
彼女に言われて腰を下ろした。
目の前の女性の姿をしたオートマタから先生の声が聞こえてくる。
それは間違いなく先生の声だった。
まるで先生が目の前にいるみたいに感じる。
「許されないと思っている・・・。」
声の一つ一つに感情が宿っているようにクランガーから先生の声が聞こえた。
クランガーは顔を動かさず、ただ先生の声が聞こえているだけだった。
先生の声は最後の残した手紙にはなぜか悲しそうな声で喋っていた。
月都での手がかりを示した時まで同じような調子で喋っていた。
「最後に儂はお主と共にある。」
先生は力強くそう言った。
「例え心がどれだけ暗黒に包まれても光はあり続ける。」
その優し気な言葉を最後にクランガーは黙り込んだ。
そして軋む音とオルゴールも止まり、部屋は完全な沈黙に包まれた。
台の紙の入口から手紙が出てきて、それを取り出した。
手紙の字はほのかに光っているようで先生の欠片がまだ生きているような気がした。
そしてそれを折りたたんでズボンのポケットの中にしまった。
「どう。クランガーは?」
「どうって言われると悩むな。」
ドアを叩く音がして受付の人間が入ってきた。
「そろそろ次の人間が入ってるからそろそろ出てくれねぇか。」
そして自分たちは聖堂を後にした。
町は仕事を終えた人間も加わって賑やかになっていた。
そして三人で夕食を取って宿屋で別れた。
「今日は暇つぶしになったわ。ありがとう。」
「俺こそ・・・。色々世話になったよ。」
「ええ、構わないわ。」
「ザラ。今日はありがとうございます。」
「ええ、アニマもおやすみなさい。」
「はい、ザラもまた会いましょう。」
ザラと別れて、自分とアニマが宿の部屋に残された。
自分はベッドに寝ころびながら先生の手紙を眺めていた。
「隠してることってなんなんだ?」
クランガーから聞いた先生の言葉を思い出した。
「先生と父親が何かを隠していて、自分の月都の記憶を故意に消したってなんで消したんだろうな?」
そのことが引っ掛かっていた。
自分の出発点であり、そして一番不思議な出来事だった。
自分は月都に行って自分のことが知りたかった。
だからアニマに話を持ち掛けて一緒に旅に出ることにした。
だが旅は自分の予想しない方向に進んでいった。
最初に精霊結晶を盗られ、半ば渡り狼として狩りに加わり、死ぬ目に遭って、今度は他の渡り狼に殺されそうになった。
ただでさえ厳しい世界を思い知らされているのにアニマも守らなければならない。
アニマを月まで届けるという父との約束を守らないわけにはいかなかった。
父と交わした絶対条件。
それを守る為にやはり自分もアニマも危険な目には遭いたくないと感じた。
アニマの方を見ると林檎を食べていた。
クランガーの聖堂にあるおばさんの約束を律儀に守り、今はおいしそうに食べている。
「おばさんに言われた通り、おいしいですね。」
彼女が林檎をかじりながら食べている。
部屋の中はしゃりしゃりとした瑞々しい音が響いていた。
「ナイフ貸そうか?」
食べずらそうにしていたのでナイフを取り出した。
「いえ大丈夫です。このままがいいんです。」
彼女は小さい口で少しずつ齧って食べていた。
リスのような愛らしさを感じる。
「少しずつ強くなるしかないか・・・。」
ザラの言葉を思い出した。
立ち上がって霧狼と鞄を手に取った。
「ネモ。どこへいくのですか?」
アニマが不思議そうに聞いてきた。
「明日の出発のための買い足しに行ってくるよ。アニマは先に寝てていいよ。」
「ネモに迷惑をかける訳にはいきません。私も行きます。」
彼女は林檎を食べ終え立ち上がった。
真面目そうに言っていたが口元には林檎の欠片がついていたのでなんだか拍子抜けしてしまった。
「いや俺一人で行くよ。アニマは明日のために先に寝るんだ。それに口に林檎の欠片ついてるぞ。」
「あ・・・そうでしたか、恥ずかしい。」
彼女は顔を真っ赤に赤らめて口を布で拭った。
自分は彼女が口元の林檎の欠片を探している間に部屋を後にした。
町は眠りの刻が近いのか宿に入る前の賑やかさは過ぎ去っており、人通りもめっきり減っている。
なんだか急に世界が広く、寂しくなったような感じがした。
辿り着いたのは昼までいた休憩場だった。
人がほとんどおらずここも閑散としている。
そして自分は鞄を降ろすと霧狼を手に持った。
何もない所で構えて、そして再び降ろした。
構えて降ろす動作を何度も繰り返す。
ザラに教えてもらった構え方をしっかり守るようにそしてより早く。
一通り銃を構える練習をすると次はナイフを取り出して、何もないところで振り回していた。
動作も遅く、自分でやってて恥ずかしくなってくる。
ここに人がいなかったことに感謝した。
こんなことで本当に強くなれるのか思いたくなるが現状今自分が出来ることはこれしかない。
そんなことを想いながら戦う練習をしていた。
そして眠気を覚え始めるとナイフを閉まって、銃を肩に提げて誰もいない休憩所を後にした。
自分の部屋に戻ると部屋は暗く、アニマは寝息を立てながら眠っていた。
そして自分も荷物を降ろすと寝台に寝ころんだ。
もう一度先生の送り手紙を取り出し、もう一度目を通した。
字は仄かに光を放っており、灯りがなくても送り手紙を読むことはできる。
「できるかな?先生。」
そう不安げに漏らした。
だがそれを答える人間は誰もいない。
しばらく手紙を上から読んで底についてはまた上から読むことを繰り返して、最後は意識が遠のいて、自分の顔に手紙がかかる感触がして意識は暗い場所に落ちてしまった。
第三十六幕 もう一つのオートマタ② 完
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