第三十五幕 もう一つのオートマタ

しばらく休憩所にいると雨が上がった。

出発しようかと考えたが時間がもう夕食前の時間なので次の町に行くまでに自分が時間切れで倒れてしまうだろう。

そして町を見てみたいという提案でアニマとザラと一緒に町を巡ることにした。


町は雨に抑圧された反動で活気が溢れて、人の流れが激しい。

水たまりを踏みちらしながら忙しく働いている。

地面に残る水たまりは自分たちの世界を鏡映しにしており、今にも落ちて逆さの町に行ってしまいそうだ。


しばらく歩いていると人が綺麗な列を作って歩いているのを見つけた。

その列は町の建物の中で少しだけ大きい建物の中に入っていった。

列の人間を見てみるとそこにいる人間の一部はなんだか寂しそうだ。


「何やってるんだ?」

「葬儀をしているのではないですか?」

「そうなのか。それにしても。」

列以外の人間はまるで悲しみを共有していないかのようにそれぞれ各々の目的に向かって歩いていたり、走っていた。

町での葬儀は人の間で共有されないのだと分かった。


「クランガーの聖堂じゃない?」

「クランガーの聖堂?」

聞き慣れない言葉だった。


「なんだよクランガーって?」

「クランガーはドッペルマイスターと一緒でオートマタの一つよ。あんたほんと何も知らないのね。」

「ああ、オートマタってことは何かするのか?」

「そうよ。葬儀の続きで今使ってるじゃない。」

葬儀の続きで使う人形とはこれまたいかに。


「葬儀に使うのかよ。」

「ええ。それだけじゃないけどね。」

その時ザラが何かを思いついたような顔をした。


「そうだ。あなた先生って人から送り手紙を貰ってたでしょ。」

「ん?送り手紙って?」

「手紙帳の頁よ。先生から貰ったって言ったじゃない。」

「これか?」

ポケットから先生の手紙を取り出して、ザラに手渡した。

ザラはそれを広げると「よし。」と言った。


「ちゃんと止まり木で書かれているわね。」

「それでそれをどうすればいいんだよ?」

「クランガーを使う時はこれが必要なのよ。」

「手紙を?」

「ええ、まずは予約しにいきましょう。」

自分たちもその建物に近づいて、列の人間が入る入口の脇に受付のような場所を見つめた。

そこには人が一人いた。


「ねぇ、このこれの後って空いてるの?」

「ああ、空いてるよ。だが今は取り込み中だ。」

ザラが受付に話かけるが受付は隣の入口を指さした。


入口を見ると列の最後の一人が建物に入って、扉が物々しく閉まった。

「だからもうしばらく待っててはくれないか。」


受付の人間に言われてしばらく待つことにした。

聖堂の入口の脇で時間を潰していた。


「ねぇねぇ。お兄さん。」

声をする方を見るとそこにはふくよかなおばさんがいた。

聖堂の隣はどうやら果物屋らしく色とりどりの果物が並んでいた。


「いいのが入ってるから見ていかないかい?」

するとおばさんは赤い果物を一つ取り出した。

それは磨かれているように赤く輝く林檎だった。


「おすすめなのはこれだよ。町の月の光があたる場所で育てた月林檎だよ。」

「月の光で育てたって変わらないだろ?」

「そんなことはないわよ。月の光にあってご利益もあるのよ。」

彼女は満面の笑顔で商売文句を謳っていた。

月の光に当たろうとも当たらなくても作物は育つし、味の違いはそう変わらない。

彼女は隣で葬儀が行われているのにそんなことを気にも留める様子はなかった。


「隣は何やってんのかな?」

「え?そりゃあ葬儀の続きに決まってるだろさ。葬儀の最後はクランガーに死んだ人間の送り手紙を読み上げてもらうんだろ。」

「送り手紙って死んだ人間が書いた手紙なのかよ?」


自分の言葉を聞くなりおばさんはでっぷりした腹を抱えて笑った。

「嫌ねぇ。死んだ人間がどうやって手紙書くっていうのさ?死期を悟った人間が死ぬ前に家族とか友人に書く手紙のことさね。」

「死ぬ前に?」

「そうさそれを最後にクランガーに読み上げてもらうのさ。」

「読み上げるってクランガーってオートマタだろ?どう読み上げるんだよ?」

「あんた使ったことないの?じゃあ初めてってわけね。」

「そうだよ。だから教えてくれよ。」

「ふふふ、それは自分で確かめな。」


彼女はクランガーについてはぐらかした。


「ところで買っていかないのかい?私は死んだ人間の話より兄さんが活きのいい果物を買ってくれることを楽しみにしてるんだけど。」

「綺麗でおいしそうな林檎ですね。」

アニマが林檎を関心を示した。


「あら、嬢ちゃん。かわいいわね。月林檎を食べればもっと綺麗になれるわよ。」

「まぁ、本当ですか?」

彼女は手を組んで喜んでいた。


「さぁ、どうするんだい?」

「そうですね。」


すると聖堂の扉が開いた。

中から葬儀に参加していた人間がぞろぞろと現れた。

一番最初に出てきた女性は手に手紙帳が握られていた。


「空いたぞ。」

受付にいた人間に声をかけられて入口に促された。


「ごめんなさいおばさま。行かないと。」

「あら、しょうがないわね行ってらっしゃい。帰りに絶対立ち寄ってくれよ。」

おばさんが手を振って自分たちを送り出した。

アニマもそれに精一杯手を振って応じた。


中に入るとそこはとても広い部屋だった。

天井はとても高く、部屋の柱には灯りがついており、外より明るい。

長い椅子がいくつか並んでおり、部屋の奥にはザラが言ったように台のような場所に人形が一人ぽつんと座っていた。

見た目は女性のようで教会の人間の服が着せられていた。

台は自分たちより高く、人形が自分を見下ろしているようにも見える。

自分はポケットから先生の手紙を取り出した。


「これをどうするんだよ?」

「台の所。紙を入れる場所があるでしょ?」

台の部分に近づくと小さなな穴のような場所を見つめた。

そしてそこに恐る恐る手紙を入れると途中から向こうから手紙を取り込んだ。


そして一番前の席に座って何かが起きるのを待った。

すると軋むような音が聞こえるとオルゴールの音が静かに鳴り響いた。


「ネ・・・モ・・・。」

どこからともなく低い男の声が聞こえる。


辺りを見渡すが自分とアニマとザラ以外誰もいない。


「儂が・・・。」

どうやら声の主はこの人形からだ。

この人形が低い男の声で喋っている。


「この手紙を・・・。」

この声はどこかで懐かしい声だった。


いや自分をこの声を知っている。


「書いている時には・・・。」


「嘘だろう・・・。」

吐き出すように声を漏らした。


「自分の終わりを悟り始めたということだ。」

それは先生の声だった。


第三十五幕 もう一つのオートマタ 完









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