第十五幕 群狼の狩り

「諸君、狩りを始めよう。」

ヨーゼフの言葉が聞こえた。


ヨーゼフの言葉の後に目の前の悪魔が森を震わすほどの雄たけびを上げた。

そして悪魔は地面を踏み鳴らしてこちら突進してきた。


全員精霊銃を悪魔に向けた。

すると鉄馬は様々な色の光に包まれた。

自分の鉄馬もアニマが持っている夜梟の橙色の光に照らされた。

そして次の瞬間、悪魔に向かって大量の光が解き放たれた。

精霊銃の弾丸は森を色鮮やかに照らし、化け物に向かって直進していった。

そしてそのいくつかは悪魔に衝突した。


しかし全弾命中したわけでは無く、いくつかの弾は森の闇を切り裂きながら通り過ぎて行った。

悪魔は体を少しだけ仰け反ったがまたすぐにこちらに向かって来た。


「こっちだ。のろま!」と言って一番悪魔に近かったヘッツェナウアーが列から離れて悪魔を引き付けた。

悪魔はヘッツェナウアーの声に反応してヘッツェナウアーに向かって迫っていった。

ヘッツェナウアーは悪魔に当たる直前で方向転換し、列の進む方向とは別の方向に舵を切った。

悪魔はヘッツェナウアーに飛び掛かろうとするが紙一重で避けられてしまった。

すぐに悪魔も方向を転換してヘッツェナウアーの跡を追った。

そして悪魔が方向転換した時に列全員が方向を転換し、悪魔の跡を追った。

そしてヘッツェナウアーを追う悪魔の後ろを取ったのだ。


現在悪魔も加わり、五列で移動している。

先頭にはヘッツェナウアーが走っており、その後ろに悪魔が追ってきており、さらにその後ろを別の最前列に居た渡り狼が背後を取って、後はそのまま列を崩すことなく追いかけていた。

悪魔はヘッツェナウアーに夢中で唸り声を上げながら走っている。

精霊銃の装填が完了した渡り狼から精霊銃が放たれ、散発的に様々な色の光が森を彩っていた。

放たれた精霊銃が悪魔に命中するが悪魔はまるで動じないようにヘッツェナウアーを追っている。


アニマも精霊銃である夜梟を撃っており、自分の頭の上を橙色の光が通り過ぎて行った。

「やりました。」と時折アニマの嬉しそうな声が聞こえた。

相当な数の弾丸を浴びているのに悪魔が倒れるような気配はまだなかった。


すると突然悪魔が方向を反転し、自分たちの列に走ってきた。


今度は最前列にいた渡り狼が別の方向に舵を切って、「こっちだ!」と声を出して悪魔を誘導しようとした。

彼の思惑通り、悪魔も方向を変えて、その渡り狼に向かっていった。

だがそんな時に頭上に橙色の閃光が走った。

それは当然アニマが放った夜梟の精霊弾だ。

夜梟の光が森の闇を切り裂いて、悪魔の体に吸い込まれた。


すると悪魔は苦悶を訴えるようなうめき声を上げた。

どうやらアニマの精霊弾が急所のような所に当たったようで体が大きくよろめいた。

「やった!」と自分の心の中で狩りの成功を叫んだのも束の間、悪魔が急にこちらの方向を向いた。

そして自分たちの方向に向かってきた。

隣で並走していたヨーゼフが「こっちだ!」と叫んで誘導を図ったが悪魔が向かったのは自分たちの方だった。


「ネモ!逃げろ!」

檄を飛ばされて、自分は方向を直進から九十度転換して木々を障害物にするように逃げた。

悪魔もそれにつられて方向を変えて自分たちを追ってきた。


なんとか撒こうと考えたが悪魔の地響きは徐々に近づいているような気がした。

後ろから鉄馬の唸り声が聞こえているのでどうやら他のみんなも自分の後を追っているようだ。


後ろから光の弾丸が横切った。


「くそっとミスった!」

「ネモ!なんとか逃げ切れ!」

怒号のような声が響き渡った。


なんとか前に集中して鉄馬を走らせていたが後ろから突然「ネモ。後ろ!」とアニマの悲鳴に近い声を聞いて後ろを振り返ると悪魔がすぐそば迫っていた。


悪魔は一度上体を低くしたかと思うと自分たち目掛けて飛び掛かってきた。

横なぎに腕を振って、鉄馬を捉えようとしていた。

だが急に視線が下がり、間一髪で悪魔の腕の直撃を避けることができた。


視線が下がった理由は鉄馬が坂を下ったことにあった。

鉄馬は下り坂を下っていき徐々に加速していった。

地響きの音も遠ざかって、化け物と距離を取ることができた。


だが視線を化け物の方から前に戻すと目の前に大きな木が倒れていた。


「まずい!」

鉄馬の速さを弱めようとするが坂を下っているため速さが弱まることはなかった。

後ろにいるアニマも自分の背中に強く抱き着いていた。


「これならっ!」

なんとか方向を換えて避けようとしたがそれが裏目に出てしまい。鉄馬の車輪が横に滑ってしまった。


「うわっ!」

「きゃあっ!」

自分とアニマは鉄馬から投げ出されるような形で落とされた。

鉄馬は横に倒れると坂を滑り落ちていき、大木のところで止まった。


鉄馬に振り落とされた勢いで坂を転げ落ちてしまい、最後には大木にぶつかった。

最初に自分が大木にぶつかって止まり、その後に転がり落ちてきたアニマを受け止めた。


「アニマ!大丈夫か?!おい!」

抱きかかえたアニマに声を掛けたがアニマはどうやら意識が朦朧としていた。


「うーん。」

うめき声を上げながら体を押さえていた。

どうやら転がり落ちる途中で体を傷めたようだ。


「アニマ!アニマ!」

懸命に声をかけるが反応はうめき声だけだ。

そんな時に上から地響きのような音がした。


目の前の坂の上には悪魔が立っていた。

悪魔は自分たちを視界に捉えると雄たけびを上げながら迫ってきた。

悪魔の距離はどんどんと近くなってくる。


「これならどうだ!」

肩にかけてある霧狼を撃ったが弾丸は悪魔に当たることなく見当違いな方向に飛んで行った。


「くそっ!」

何かないかと辺りを見渡して見ると夜梟がそばに落ちていた。

アニマが落としたものだった。

それを拾い上げ、悪魔に狙いを定めるが精霊を使えないので夜梟の精霊結晶が一向に光ることはなかった。


「頼む!点いてくれ!」

心の中で願った時に夜梟が淡く光り始めた。

アニマに視線を向けるとアニマが自分の体を掴んでいたのだ。

アニマの精霊で光が充填された精霊銃を悪魔にしっかり当たるように狙いを定める。


悪魔と自分たちの距離がもう間近になった時

「いっっっけぇぇぇぇぇぇぇ!」と叫んで引き金を連続して引いた。。


すると目の前の精霊銃は光を連続して放出し、目の前の悪魔の体を貫いた。


悪魔の体のほとんどがえぐり飛ばされ後ろに倒れこむと思ったが、なんとか踏ん張って自分たちに飛び掛かった。


精霊銃の精霊弾は再装填に時間がかかる。

もう次の弾丸を込め終えるまで自分たちに猶予はない。

もう終わりだと思って、アニマを庇った。


すると後ろから紫色の光が飛び込んできて悪魔の頭を吹き飛ばした。

光は自分のそばを通り過ぎ、森を紫色に照らした。

頭の失った悪魔は自分の方に前のめりに倒れた。

悪魔の倒れる音を最後に森は再び静寂に包まれた。


悪魔が倒れた時に自分に訪れたのは狩りの成功への喜びより脱力感だった。

押し寄せる脱力感に呆けてしまった。

さっきまでの圧縮された時間から解放されたように時間の流れが緩やかに弛緩したと錯覚してしまうほどだった。

上を見上げると坂の頂点に人影が立っていた。

そしてその人影は紫の光に照らされた。

光の正体は精霊銃の光で人影の正体はヨーゼフだった。

ヨーゼフは上から自分たちを見下ろしていた。


「ネモ、アニマ。大丈夫かね。」

ヨーゼフの声は叫んでいるわけでもないがこの静かな森の中では些細な声も耳に入る。


そんな彼の言葉を聞いて、一連の狩りは幕を閉じたのだった。


第十五幕 群狼の狩り 完



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