第27話-地獄絵図


「ほら、誠…早く」


『あっ、ちょ、…待って、むずっ』



緊張で、と言うよりも慣れないもので掬おうとしたのがきっと間違いだったのだろう、


握っていた紙スプーンで掬った筈のゼリーが、手首へと滑り落ち、


『落としちゃっ、え、…ちょっ、まっ、…っ』


布団を汚す前にティッシュで拭こうと、箱に手を伸ばしたオレを他所に。りとがオレの手首をするり、と撫でる様に掴んだ。


何がしたいのか分からず、りとの顔を見やれば


微かに動いた唇が「うまそう」と、発せられ。それが、溢れたゼリーだと理解したのは…



りとに舐められた後だった。



『り、…りと?』


名を呼んだ自身の声は、小さく震えていて。


「ん。あまっ。…悪い悪い、勿体無くて」


『ふ、普通舐めないからっ』


「拭くより早いぞ」


『…そう言う問題じゃないって』



不思議そうな顔をしながら首を傾げたりと。さも其れが当然だったかの様に。


あぁ、怖いイケメン怖い


いや、ルーズ怖い。が、この際、正しい…のか?


がっくりと肩を落とすオレを他所にりとが、口を開けた。


「ん。」


『えっ…まだ、するの?』


「まだ、も何もまだ食わして貰ってないし。それにさっき誠、自分で何でもするってゆっただろ?


男に二言はないよな?ん?」




た、…確かに数分前にゆったけど、まさかお願い事されるのがこれゼリーあーんだとは思わないわけで


…なんだこれ。なんだよこの状況。


親にすらしてもらった事のない、あーん、は予想以上に恥ずかしい。



『別に…しない、とは…言ってない』


「だよな。そうじゃないとな、やっぱさ」



ムキになって言い返したものの、言い終わった後に押し寄せたのは、ただの後悔だった。


煽った自覚があるのか、りとは心なしか意味深に笑っていて。熱があってキツい筈のりとは僅かに口角を上げて笑んでいた。


誰ですか、目の前のりとが弱ってて可愛いとか錯覚起こした残念な奴は。あぁ、オレ…だった。



普段のりとより、熱を出したりとの方が厄介だった。と、オレの記憶に記されてしまったのは言うまでもなく、


『いっそ、一口で全部いっとく?』


「逝かされそうで怖ぇ』


『オレがそんな事すると思う?大丈夫だって…一瞬で終わらすから』


「オレの命をか?」



はっはっは、と笑いながら受け流すりとに本気でゼリーの容器ごと口に突っ込もうか。なんて、割と真剣に悩んだのは、りとには内緒。



結局最後まで、あーん、をやったのは言うまでもなく、


なんとも地獄絵図が出来上がっていた。


図体のデカい男が顔を赤らめ(熱のせい)、潤んだ瞳(熱のせい)で布団から上半身を起こし、


同性に『はい、あーん』なんてやっているんだから


うっかり他人がこの現場を目撃したら三度見くらいはする。絶対。


唯一この光景を見て喜ぶとするのなら、ごく稀にいらっしゃる『腐』がつく思考の持ち主だけ。





「やっほー、呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん!!!みんなのアイドル、佳名斗だよんっ」

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