第6話

 夏下の家に向かう途中。そういや、自分も、妹も結構な不登校気質だよなぁ、なんて思った。

でも、それは決してマイノリティというわけでもなく、大半の人間が持つ気質だとも感じる。無論、その気質は先天的なものもあれば、後天的なものもあるだろうが、事情はともかくそれは珍しいことではない。

 だからか、俺は強制したり、もしくばそういった人を見下す連中が嫌いだった。それはずっと、昔からそうだった。誰かが、長く休んだ人間に対して、「そんなに休むとかずるくない?」とか、「なんで学校に来ないの?」なんて、純粋ながらも問いかけをするそんな彼らがいつも嫌いだった。ふと、テレビで不登校者が上昇傾向であるニュースが流れて、親が「そんなの甘えだよね」なんて悪ブレもなく、心もない、デリカシーもない言葉を聞くのがいつも嫌だった。

 多分そのせいでか、俺はいつのまにか、無意識にそういった不登校であることが不適切なことであると、またそうなってしまってはいけないと潜在意識に塗り込まれて、一度も学校をさぼったことがなかった。でも、心の中ではいつもそのことに反発しようとする自分がいた。そのせいで、内の中で葛藤が起きて、ややそういった症状を見つめているうちに、自分は社会に世の中に、別に中二病的に言うつもりはないのだが、とにかく世界に縛られてるんだなぁ、なんて感じた。だから、俺は縛られるのが嫌いになった。そう嫌いになったのだ。

 でも、俺は革新者でもないし、解放者でもない。また、そんな世情を変えようとする勇気もない。誰もが知ってるように(多分、誰も知らない)、俺のメンタルは豆腐に醤油をあえた程度だ。だから、世の中の基盤に乗りながらも、適応しながらも、結局はピエロのように皆と同じように生きてくしかない。そうでないと、生きていけないから。そうでないと、疎外されてしまうから。

 と、長く語りすぎた。

 とやかく。いや、とやかくでもなく、俺は夏下に対しては別に特別な親近感でも湧いているわけではないが、どこか協力的にしようとする意思はある。あと、これは命令だしね。そう、命令。やんないと、恥部がさらされちゃうからね! あと、失敗しても、恥部が晒されちゃうかもしれないからね! とんだ重いミッションだぁ……。一応、弁解を兼ねた遺書でも書いておこうかな……? 

 なんて、考えてるうちにもスマホからは目的地周辺です、と通知が来た。ほぉ、ここらへんか。

 俺はスマホの画面を開き、地球に来てすぐのサイヤ人の如く「ふん、しけた町だぜ」だなんて心の中で呟きながらあたりを見渡す。

 目に映るのは夕日に照らされた住宅街で、閑静を売りにしているのか、通路には車の音も人の声も聞こえない。また、新しい住宅街なのだろう、新築の数が多く、どの家も洋風でおしゃれなレンガを外装にした家が多い。

 俺はそんな羅列された綺麗な家を眺めながらも、「この家、買いま……せん!」なんて一人寂し気に、どこか遠くから聞こえる子供たちのはしゃぎ声を背にして呟く(心の中で)。ほんと、こいつ何回呟いてんだ。

 目的地到着です。

 そんなアンドロイドの声を聞くと、俺はスマホの電源を落として、そこらの表札を見る。けど、そこらには夏下という名の表札はない。

 あー、スマホのマップってすげぇ便利だけど、細かい場所とかにはちょっと不便な時があるんだよな。

 そういうことで、俺は拍利が渡してくれた住所が書かれた紙を見ながら、夏下の家を探してみることにする。

 えーっと、四丁目の一八七の……。

 最近になっては住所を見ながら人の家に行くこともなくなったので、中々に目当ての家を探すことにてこずってしまう。だが、マップが大体の位置情報を与えてくれていたので、夏下と書かれた表札を見つけるのは思った以上には時間がかからなかった。

「ここか」

 今度は心の中で呟くことなく、口にした。

 見上げるように、夏下の家を一望すると、それはほかの家と大差のない、おしゃれで洋風な家だった。さらに加えて、数本の大きなオリーブの木が目上の高さぐらいの外壁越しにずらりと並んでいる。そのせいでか、和風慣れしてしまっている俺は「オォ、イッツヨーロピアンッ」と呟いてしまう。和風慣れしてるくせに、なんで英語なんだよ。

 などなど、どうでもいいツッコミをかましながら、俺は今一度、インターフォンの前で立ち止まる。

 さて、ここからが超問題。

 勢いでここまで来たのはいいものの、そのあとのことを全く考えていなかった。まぁ、これも若気の至りってやつだ。それに、若いうちにはなんでもできるのさって、ヤングマンの歌詞の中にあるしな。だから、どうしたという話だが。

 うーむ。とりあえず、インターフォンは押すのは前提として、そのあとをどうするかだ。

 まぁ、夏下本人が出てきてくれれば、俺のスーパー話術(拙い)でなんとか会話には持っていくことはできるが、夏下の母ちゃんとか出てきたら、俺はなんて話せばいいんだ。多分、話す言葉が出てこなさ過ぎて「今、幸せですか?」と聞いてしまうに違いない。やばい、塩撒かれる。

てか、まだ母ちゃんはいい。父ちゃんが出てきたらどうする。きっと俺の顔を見るや否や、有無も言わず庭のオリーブの木を物故抜いて、俺に振り下ろしてくるに違いない。俺はこういうのには詳しいんだ。

 と、考えれば考えるほどに、夏下家の小さなインタフォーンが恐ろしく見えてくる。その小さなボタンにはきっと災悪と災難と嫌悪と穢れとカタストロフとオカルトが詰まっているに違いない。

 しかし、男、城ヶ崎。わざわざ、半時間以上かけてここまで来て、今更引くわけにはいかない。かかった電車賃も、徒歩代賃もここで取り返さねばならんのだ! ここで引けば恥部が晒されるのだ(おそらく)! そう、ここで引けば、待つのは地獄。されど、ここで押せば、待つのは地獄擬き。うっわ、どうしよう。

 いや、でも押すしかないよな。うん。

 そういうことで、俺は万が一のことを踏まえて、恐る恐るに慎重にボタンを押した。

当然のごとく、悪性物資などは蔓延することなく、ただただ高いヘルツの音が周期的に響く。

 ……。

 出ないな。家にいないのか?

 もう一度、俺はインターフォンを押す。

 ……。

 うむ、返事がない。ただの屍のようだ。

 まぁ、これで夏下以外の本人は家にいないことが分かった。いや、とも限らないが、可能性としては低いだろう。だとすれば、残るのは夏下本人だけのはずだ。

 けど、普通に考えれば、本人が出る可能性って低いよな……。というのも、夏下の部屋がどこにあるのかは知らんが、インターフォンとつながった部屋から離れていたら聞こえることもないし、そもそも本人はピンポンが鳴ったら無暗に家を出ない主義かもしれないからだ。

 だとすれば、せめてものの母ちゃんとかいたほうが、本人を呼んでもらえたかもしれないな。

 くっ。だとすれば、ここで俺のできることは夏下家の誰かが帰るまで待つか、定期的にインターフォンを押すしかない。けど、これデメリットしかないんだよな。なにせ、まず時間がかかるし、他の住民から怪しまれるし……。

 じゃあ、明日にするか? とも思ったが、今日でこれなら、明日も同じような結果になる気もしないことはない。となりゃあ、今日中までに……。

 と、長々に夏下家の前で葛藤していると、右側から外壁に影が一つ延びた。

 俺は足音すらも気配すらも気づいていなかったので、つい驚いてしまい肩を震わせながら右方に視線をやった。

 すると、そこには一見、妹の由香を連想させるような、おしゃれをド無視した長く、ぼさついた髪の少女がそこにいた。また、服装までもが普段の由香の家着そっくりでパジャマ感が否めない。さらに加えれば、彼女が手に持つレジ袋からは真緑のエナジードリンクが数本見えた。

うっわ、完全に由香ちゃんと生態が一致してるじゃん、この子……。

 ただ、俺の背後から吹いた強く冷たい春風が対面の彼女の髪をかき上げたとき、彼女の額からその顎下までが曝け出され、その整ったフォルムを見ては俺の持つマイナス的な概念をすべて吹き飛ばした。

 そして、風が止み、少女の髪が重力に従うと、少女はこちらに視線を向ける。

「……えっと。城之内?」

「惜しいな……。城ヶ崎だ。えーっと、もしかして夏下さんか?」

 俺が聞くと、夏下(また定かではない)は首を縦に振った(夏下でした)。

 って、今、何気なく会話したけど、俺のことを断片的とはいえ、覚えていてくれてたんだな。拍利といい、石原君といい、案外記憶力がいいものだ。いや、多分、僕が異常なだけですね……。

「さっきからずっと何してるの」

 夏下は俺に警戒しながらも口を開く。

 ん? さっきからずっと、ってことは俺の様子を見てたのか。まぁ、確かに家の前にずっと俺みたいなやつ(一応、人畜無害)が屯ってたら、さすがに様子を伺うか。俺の場合なら、そいつの頭の様子までも伺うに違いない。

 ただ、そのことは今は置いておこう。俺が言いたいのは別のことだ。

 で、なんて言おうか。コンセプトは決まってる。学校に来いということだ。

 けど、その前に学校にどうして来ないのか聞き出さねばならない。

 う、うむ。なんて言えばいいのか。俺は別に会話は苦手ではないんだが、こういった応用を要する会話は得意ではない。でも、ちょっと伝えたい言葉をオブラートに包んだら大丈夫か。

「今、幸せですか?」

「え。え?」

 間違えた。これは夏下の母ちゃん用の言葉だ。いや、母ちゃん用の言葉でもねぇけど。とりあえず、言葉を撤回だ、撤回。

「すまん、間違えた」

「何と間違えたの……」

 思った以上にノリのいい返しが来た。てっきり、妹慣れしちゃってるから「は? 脳みそ欠けてんのか」なんて返答が来ると思ってた。いや、普通に考えてみれば、俺の妹がおかしいっすね……。

「いや、なんていうか。なんで学校に来てないのかなって聞きたくて」

 俺は改めて、端的に言いたいことを簡素に言葉にし、夏下に投げかける。ただ、その直球な質問に対しては当然、夏下自身も心地が良くないのか、しばらくばかり、だんまりしてから声を出した。

「……別に事情はなんだっていいでしょ」

 控えめながらも、ややトーンの強い声が来る。

 まぁ、その通りだ。むしろ、その手の事情を聞かれることほどうざいものはないと俺も自負してるぐらいだ。……あれ。だとしたら、なんでこの男は事情を聞いてるんかな? 

「すまん、間違えた」

「今のも間違えだったの……?」

 先ほどと同じような反応が返ってくる。

 よし、もう事情を聞くのはよそう。ほんとは事情を聞いて、その対策を提案するという作戦だったが、それも見事、情報漏洩(自業自得)してしまった。

よって、お次は学校を楽しい場所だと思わせる作戦に移行だ。なんか、最近、IQ低くなってない?

「学校は結構、いい場所だぞ」

「そんなことない」

「うん、その通りだな」

「え、え。えぇ……」

 あまりの速い手のひら返しに夏下の驚きの声が聞こえる。

 しまった。学校の魅力を伝えようとしたところ、その魅力が否定されてしまったので、反射的に賛同してしまった。まぁ、体は正直って言うし、これは仕方ないな。

 とりあえず、この作戦も失敗したので(自業自得)、また作戦考案に耽ることにする。

 が、さすがにこれ以上は俺の遅延プレイを待てないためか、今度は夏下が俺にため息をつきながらも声を出した。

「結局、何が言いたいの?」

「要は、お前が学校に来てくれないと俺は死ぬってことを言いたいんだ」

「そんな大層なことを言いたかったの……?」

 夏下はおそらく、深くは理解できていないのだろう、「何言ってんだ、こいつ」みたいな目で俺を見る。

「まぁ、そういうことだ」

「ごめん、これって会話になってるの?」

 夏下はさすがに俺の会話の下手さに声をあげてしまう。おっかしいな、どうでもいい会話なら、難なくできるんだけどなぁ。

 まぁ、こうなってしまえば、仕方ない。後は、攻めるのみ。考えるな、攻めろ。

「とにかく、夏下さんが学校に来てくれないと色々と危ういんです! どうか明日から学校にまで足を運んでいただけませんか!」

 俺は丁寧にお辞儀をする。こいつにはプライドがないんですかね?

「やだっ」

「どうかそこを!」

「やだやだっ」

「夏下様!」

「やだの五乗」

「微妙に増えた⁉」

 おいおい、これ大分前に由香ちゃんとやったやり取りじゃねぇか。なに、こういう性質の子は同じ思考のプロセスでも持ってるのか?

 ただ、今はその言及はどうでもいい。

「け、けど、もしこのまま夏下さんが学校に来なければ、出席日数も危ういですよ? あと、そろそろ言っている間に、中間テストも来ますよ?」

「む、むー……」

 さすがに、この言葉には応えたのか、夏下は少しだけ動揺している。

 が、すぐに顔をぷいっと横にそらし「別にいいもん」と言った。何歳だよ、この子……。

 しかし、まだだ。ここで止まってはいけない。俺は丁寧口調をやめて、さらに攻撃を仕掛ける。

「ほんとにいいのか? このままだとお母さんも、お父さんも、石原君も泣くぞ」

「む、むぅ……。って、最後の誰。石原君って誰」

「は? マジ? お前、石原君知らないとか、人生の八割は損してるぞ」

「そ、そんなに損してるの……? え、でも石原君なんてほんとに知らない……」

「なら、学校に来れば、人生の八割が取り返せるぞ」

「え、えぇ。そんなにすごいの石原君って……」

 夏下は石原君に関心を持ったのか、どうやら葛藤してるようだ。さすが、石原君。万能神。ていうか、夏下って石原君と一年の時も同じクラスだっただろ。なんで覚えてないんだよ……。あっ、いや、よくよく考えてみればお互い様ですね……。

「そ、それでもいかないもん!」

 はたまた、夏下はプイっと顔を横にする。くっ、まだ足りないか。

 だが、これ以上、俺には学校に対しての魅力材料も夏下に対しての脅迫材料もない。もう、ダメか。

俺は肩を落としてしまう。

 夏下は俺の様子を見て、言葉の尽きを感じ取ると、勝ったと言わんばかりの微笑みを見せ、俺の横を通り過ぎようとする。くっそ。今思えば、お前結構、表情豊かだな……。

 夏下は俺の横を完全に通り過ぎ去る。

 何か。何かを。このままではあいつは家に帰っていく。

 俺は乏しい知識を働かせ、頭をフル回転する。

 ぼさついた髪。パジャマ着。エナドリ。そう、これがヒントになるはず(普通はならない)。

 環境。仕草。口癖。生態。そう、これがヒントになるはず(これは普通になる)。

 そうか。そうだ、たった一つの冴えたやり方(暴論)。間違いない、これは夏下自身に効くはずだ。

「待て」

 完全に背後を過ぎ去る夏下に俺は呼びかける。

「な、なに?」

 夏下は疑心暗鬼な声音で応答する。

「俺と勝負しろ」

 そう宣言すると、俺は夏下のほうへと体を向ける。

「え、なに、いきなり……。勝負?」

「そう、勝負だ。勝利の勝って書いて、自負の負って書くやつの」

「漢字ぐらい分かるから……。それで、何の勝負?」

「ゲームだ。ジャンルは問わない」

「PCゲームでも?」

「むろん」

 夏下は少し興味が湧いたのか、こちらに視線を戻す。やはり、中々の食いつきだ。

「……ちなみに。勝負に勝ったら?」

 夏下の声は強者のような、王座に座る者のような、どこか権威のある声だ。おそらく、バトル漫画とかだったら、背後からオーラとか、眼光が輝いていたに違いない。

「そうだな。負けた相手を好きにさせることができる。で、どうだ?」

「好きに?」

「そう、好きにだ。お前が勝ったら、俺を焼くなり、煮るなり、とかはやめて、生命に関わらない程度なら好きにしてもらっていい」

「一生ひもになっても?」

「それは勘弁してください」

「うむぅ……」

 夏下はしばらく悩む。というより、こいつは負けの過程の話をしてないな。余程、自信があるのだろう。だが、俺も内容によっては負ける気が一切しない。そして、これも予想の範疇。

 しばらくの間が空くと、夏下はこちらに視線を拵えて、「わかった。その勝負を受ける」と言った。そして、その後に「PCゲームの内容はどうする」と聞いてきた。

 ここで、俺は「お前が選んでくれて構わない」と言い、ただし「互いに持ってるゲームで」と条件を付ける。

 ここで、俺の勘が一致すれば、間違いなく夏下は最初にあのゲームを提案するはずだ。

「じゃあ、BOWは?」

 来た! やはり来た、BOW! 由香ちゃんもドはまりしてるから、類似的に来ると思っていたぞ! やはり、夏下と由香ちゃんはなんか似てる! と、興奮はこれぐらいにしておいて、BOWの説明をしておこう。BOWはバトルオブウォーの略だ。このゲームは世界的人気を誇り、さらには近年ではe-sportsなんかでかなりの賞金額を設定されている。内容はFPSで、実際にあった戦争の舞台で兵士を用いて戦うオンラインゲームとなっている。

 よしよし。俺は勘が当たっていたので、心の中で小さくガッツポーズをしながらも喜ぶ。しかし、その感情は露呈するな。ここで自信があることを露呈してはいけない。

「BOWか……。確か、PC版は持っていたな。わかった。BOWで勝負だ」

「ルールは?」

「ルールはなんでもいいぞ」

「じゃあ、ルールは特殊モードのサシバトル。残機は三の一本勝負でどう?」

「一本勝負か……」

 俺は敢えて、そのことに疑問符をかけるが、あくまでそれは見せかけ。よって、俺はすぐさまにその素振りを見せると「わかった。それで勝負だと」と言った。

 夏下は俺の言葉を聞くと、成立と言わんばかりにこくりと頷く。

「じゃあ、携帯貸して」

「ん、携帯? いいけど、何するんだ?」

「連絡先交換。後、私のフレコを送るから」

「あぁ、そういうことか」

 俺は納得すると、スマホのパスコードを解いて、夏下に渡した。スマホを夏下に渡す際に、「なんでそんな気軽に渡せるの?」とありえないと言いたげに聞かれたが、すぐさま何かを察したのか、黙り込んだ。おい、なんかいい察しではないような気がするぞ。後、今の時代って携帯をわざわざ渡さんでも連絡先交換できると思うんだけど。なんなら、ガラケー時代ですらも、赤外線で連絡交換できると思うんだけど。まぁ、いいか。別に重大な情報でも入ってるわけじゃないし。

 しばらく、俺はじっと待っていると、ようやく夏下は交換を終えたのか、俺にスマホを渡した。

「メアド交換しようと思ったけど、レインやってたから、そっちで交換したけどよかった?」

「あぁ、別になにで交換しようと構わん」

 俺は夏下からスマホを受け取ると、そのままポッケに入れる。

「レインの友達数、私のより少なかった……」

「う、うるさい! そこはほっておけ!」

 余計な夏下の一言に俺はそう反論する。そういや、拍利にもおんなじこと言われたな……。

「で、勝負は何時からにする?」

「えっと、家までどれくらいかかる?」

「大体、一時間ぐらいだな」

「じゃあ、今はちょうど五時だから。七時でどう?」

「あー、すまん。後、三十分だけ伸ばしてくれるか?」

「え? いいけど……。何かあったりするの?」

「いや、別に何かあるわけじゃないんだが、さすがにもうちょっと練習する時間が欲しいからな」

「そんなちょっと練習したところで変わんないと思うけど」

「はは、それが変わるんだな。なにせ、俺はゲームに関しては天才的だからな。一分でもプレイを重ねるたびに進化していくんだよ」

「そんなはずはない」

「いや、そんなはずがあるんだ。何せ、俺はゲームに関しては天才だからな」

「む、むぅ」

 俺の突如な自信見せに、夏下は動揺する。ただ、これは試合前に心理的作用を与えるとかいう作戦ではない。これは布石だ。おそらく、夏下はこのゲームに関して、自信がある。それは先ほどの会話から見ても、敗北の懸念がそこにはなかったからだ。よって、今の状態で、俺が万が一、夏下に勝った場合、そのことに不正を疑われるし、どこか怪しまれてしまう。

 となれば、勝負を受け、ルールや時間を細かく決めた今この瞬間に、自分の自信を見せねばならない。おそらく、大半は何言ってんだこいつとか、何やってんだこいつとか、なんで童貞なんだこいつ、と疑問を抱えているだろう。安心しろ、答えはそのうちにわかる。

「チ、チートはなしだからね」

「わかってる。さすがに、そこまでして勝とうとは思わん」

 俺がそう言うと、夏下は「わかった。なら、七時半からで勝負」と言った。

 俺はそのことに賛同すると、夏下家に背を向け、春風とともに去っていった(今は吹いていない)。

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