第4話

 拍利の立ち位置は前日聞いたように、どうやらクラスの中心グループに所属しているようだ。また、どちらかと言えば、グループ内では聞き役に徹し、相槌などを怠わらない言わば、グループにいてくれるとありがたいタイプだった。

 三限目終わりの十分休み、俺はそんな彼女の様子を伺いつつも、今朝に来た連絡の内容を回顧していた。

『今日はとりあえず、なんでもいいから、石原君の情報をちょうだい』

 うーむ。どうも、拍利は一年の時も石原君と同じクラスだそうで(俺も一緒です)、最初からクライマックスで彼のことが好きではあったらしい。が、肝心な事に、あいつは石原君とほとんどと言っていいほどに会話をしていなかったそうだ(昨晩に本人のメールで判明)。となれば、拍利と石原君の互いの関係性は少なからず、現在のところは一方的な思いを募らせていると言うことになり、また認知の加減も一方的に拍利が勝ることになる。

 だが、実際に石原君本人も拍利のことを好きになっているという可能性はないことはない。まぁ、拍利自身も性格はあれほどエグい、まさしくジャイアンシチューみたいだが、表向きは普通に美人だし、清楚だし、おしとやかで、さらに加えて上品だからだ。正直に言うと、普通の男子なら一度は付き合ってみたいと思う理想像にランクインはするだろうと思う。

 ただ。

 拍利たちのグループには属さず、他の男子たちと駄弁っている石原君を再度認識すると、それはもう大変よろしく素晴らしく爽やかイケメンだった。はっきり言って、拍利たちのグループに属しいている男子が石礫に見えるぐらいだ。

 うわぁ、石原君、超イケメンじゃん。さらに加えて、爽やか。そして、笑顔がす☆て☆き。

もし、俺が女だったら、おそらく拍利みたくに惚れていただろうと思う。それに、実際、他の

女子たちを覗いてみても、彼女らは石原君のことを「わ、私は彼のことなんか見てないんだか

ら!」と言わんばかりに、バレバレな横目で見ているところ、石原君はかなりの人気株なのだ

ろう。となれば、当然、競争率は高くなるわけだし、死者は続出するわけだ。いや、そこまで

聖杯戦争ではないけど。

 しかし、忘れてはいけないのが、俺が拍利に頼まれたのはあくまで手伝い。恋愛成就をさせろと言っているわけじゃない。そう、ただ石原君の情報だけを差し出せばそれで仕舞いというわけだ。だから、まぁ、余裕ではないけど、全くもってミッションインポッシブルというわけではない。

 むしろ、問題なのは、あの空席の方だ。そう、あの廊下側にある空席。俺はあの不登校さんをどうにかして学校にまで連れてこんといけんのだ。まぁ、これはそのうちに具体的な指示を出すって拍利が言っていたので、そのときに考えるとしよう。

 と、ちょうど大体の観察を終えると、チャイムが鳴り響いた。その音で反射的に駄弁っていた連中は自分の席に戻っていく。

 さて、一仕事しますか。

 じゃあ、あとで。そう言った石原君は俺の隣席に座り始める。そう、石原君はなんと、俺の隣席なのだ。別に男なんかが隣に座っても一切嬉しくはないんだが、今回限りはありがたいことだ。

 石原君が机の中から、教材を出し終えると、俺はすかさず口を開く。

「ごめん、ここ最近学校に来れてなくてさ、次の英語の授業ってなんか課題あったりする?」

 会話の基本、その一(自己流)。自分のデメリットを生かし、それをネタにするべし。後、人と馴染むのが嫌いな人は名前を呼びかけるのでなく、「あの」とか、「ごめん」とかそういう感嘆文で呼びかけよう。

 石原君は俺の声を聞くと、パーっとスマイルを見せる。

「いや、課題はないから大丈夫だ。そういや、ここ最近学校に来れてなかったみたいだが、どうかしたのか?」

 さすがは石原君。早速、俺の心配してくれるとか、なんて優しいんだ(俺の感性は一部おかしい)。さらに、加えてイケメン。女が惚れない点がない。これで惚れないとなれば、金と権力しか残らない。

「それが事故に巻き込まれちゃってさ。退院できたのも最近なんだ」

 俺はわざとらしく背中の局所を擦り、痛い痛いアピールをする。いや、本当にまだ痛いと言えば、痛いが。

「まじか。今は大丈夫なのか?」

「大分ましにはなったな。ただ、体育とかはまだ参加できんかもしれん」

「そうだよな。にしても、とんだ災難だったなぁ。俺にできることがあったら言ってくれ。できる限りサポートするから」

「お、おぉ。ありがとう」

 おぉー、まさしく神だ。心配して、さらに今後のサポートまで持ちかけてくれるとか、卒業までひもになろうかしら。

 よし、これで序の話はできた。

 ここで、会話の基本、その二(自己流)。ある程度、会話に馴染んできたら、自分のことから他のことへとシフトチェンジしよう。

 俺はここで、拍利の評価を上げることにする。

「そういえばさ、拍利さんも昨日、俺の心配してくれてさ」

 俺は石原君を誘導するように、ちらりと拍利に目を向ける。と、同時に拍利と目が合った。どうやら、こっちの様子を伺っているのだろう。

「へぇー、そうなんだな。確かに、拍利って、一年の時から色々と人に気を掛けてくれてるよな」

 おぉ……。

「でも俺さ、あんまり拍利と話したことないんだよなぁ」

 あぁ……。そういや、拍利が言ってたな。

「ほら、それに拍利って、いつもグループの中にいるだろ。だから、話す機会ってめったにないしな」

 確かに、そうなんだよな。俺も今に至るまで拍利を観察していたが(やましい気持ちはない)、あいつはどうもグループから外れる気がないようだ。となれば、学校の中で彼らに会話をもたらす機会が、かなり限られてくる。

 しかし、さすがにそこまで俺は面倒をみるつもりはない。俺はただ、拍利の評価を上げながらも、石原君の情報を引き出すのみだ。

「にしても、一年の時から思ってんだけどさ、拍利さんってすごい清楚というか、和風美人というか、なんか凜としてるよな」

 一応、外のやつに声が漏れるとまずいので、俺は耳打ちする程度の声で話す。もちろん、俺は一年の時から拍利のことをそんな風には微塵にも思っていない。

 石原はそれを聞くと、こくりこくりと頷き。

「わかる。なんか、着物とか似合いそうだよなぁ。それに、拍利って、一年の時から結構、男子から人気あったしな」

「そうなん?」

 俺は思わず聞いてしまう。

「あぁ、少なくとも、俺らのグループでは拍利の話題になるのは沙汰だったな」

「おぉ、そこまでなんか」

 ほぉ、かなり評価を得てるんだな、あいつ。

 さて、ここまで分かれば、中々良いラインにいっている。後は、一発掛けてやればそれでよし。

 よって、俺は重大な情報を引き出すことにする。

「ちなみに、拍利さんみたいな女子がタイプだったりするのか?」

 あまりに直球な質問だが、回りくどい言い方も癪なのでこれでいいだろう。

 しかし、冷静に考えたら、俺と石原君はそれほど深い接点もないし、俺から話すこと自体もないので、こんな話を掛けるのは心配だ。

 だが、俺の場合は効率優先至上主義というか、あんまり段取りして作業するのが好きじゃない。さらに言えば、俺は何かに縛られるのは嫌いだ。だから、作業をするなら、すぐに終わらせたい性だ。要は授業中に出された課題は学校にいる間に終わらせるし、雑務は文句を言わずにすぐやる。よって、今回、持ちかけられた拍利の要望も、できる限り時間は掛けず、さっさと終わらせたいのだ。俺はフリーの状態に戻りたいのだ! 

 そういうことで、ストレートに石原君に聞いたわけだが、どうだろうか。

 石原君はしばらくだんまりしてから、少し顔を赤くし、できる限りに外に声を漏らさぬよう。

「いや、俺のタイプは夏し……。」

 その先は、と耳を澄ましていると同時に、教室の前方のドアが開いた。それに加えて、「グーテンモルゲーーン!」と声が響いた。

 おい、空気読めよ。後、グーテンモルゲンはドイツ語だろ……。

 結局、英語教師の乱入のせいで、石原君は前を向いてしまった。よって、彼のタイプを最後まで聞くことはできなかった。

 ところがどっこい。俺もそこまで馬鹿ではない。こんなことがあろうと(予期はしてなかった)、石原君にはイエスかノーかの質問を与えていたのだ。

 そして、結果は……。

 いや。と一言、断りを入れていた時点で、少なくとも拍利がタイプではないことが分かった。さらに、加えて『夏し』まで聞こえた。おそらく、これは名前だろうと思う。

 しかし、脳内名簿には『夏し』で検索をしても、夏川りみから夏目漱石まで誰も出てこない。よって、『夏し』さんは、俺の知らない人だろう。いや、ほとんどが知らないわけだけど……。

 まぁ、なんにせよ、拍利には大変申し訳ないが、こういう結果になったわけだし、後で文面にして送っておくか。

「ブエノスディアス!」

 だから、それ英語じゃないから……。


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