第3話

 久々の学校。そこにはテーマパークのような懐かしさはない。

 俺はめんどくさい気持ちを唾棄すべく息を吐き、下足場で靴を履き替える。靴を履き替える際に、少し痛む腰の部分はまだあの時の傷が癒えていないのか、ピリッと神経的な痛みを感じた。

 はぁ、あんの漫画家、絶対に許さん。キャラの人気投票でモブキャラに全票入れてやる。

 ただ、どうも短い入院生活の間にあの漫画家のブログを覗いたところ、あの人は引退しているようだった。残念。と思っていたら、今は編集側の立場らしく、俺でも知ってる漫画を数冊、プロデュースしているとんだ敏腕になっているらしかった。許せん。

 いや、でも、信じる俺も俺だよなぁ。今でも、なんでジャム塗ったパンを咥えて、イモけんぴ髪につけて家を飛び出したのか理解ができない。けど、由夏の小論文課題に焦りを感じていたし、多少は仕方なかったのかもしれない。としても、理由付けにはなってないと思うが……。

 そういや、由夏のやつ、俺が轢かれたと聞いたとき、泣いてくれてたなぁ。いい妹を持ったよ、俺は。けど、あいつ、次の日にはもう俺を『運動神経カスの童貞ゴミ底辺』、加えて『童貞ゴミ底辺の運動神経カス』とか言って、さんざん罵ってきたからなぁ。ひどい妹を持ったよ、俺は。

 まぁ、何がともあれ、小論文の件は入院中に『若年層の恋愛離れは偶然に起こりうるラブコメストーリーも、とんだ場面で起きるドラマもなく、また若年の抱く恋愛の理想像が非常に高い故に恋愛離れが起きる』から始まる小論文を書いて、何とか完成させ、間に合った。

ただ、俺の嘆きを下敷きにして書いているので、私情が駄々洩れだ。多分、あれを提出した由夏はきっと担当者から呼び出しでもくらったに違いないだろう。だから、由夏が学校から帰ってきたあの日に俺はまだ癒えていない傷の部分を蹴られたのかもしれない。でも、約束を守る以上はああするしかなかったんだ。許せ。

ちなみに、俺は約束、約束と、何度も伏線かと思わせるぐらいに、その言葉を口にしているが、これは別にそれほど深い意味があるわけではない。単に、妹が小学生の高学年の時に、俺に対して案を呑まなければ、学校に行かないと言い出した際、その条件が春夏冬休みの宿題を代行してとか言う面倒くさい様な、どうでもいいような案だったので、俺は了承する形でその案を呑んだのだ。巷からは、それだと学習力が付かないとか、勉強習慣が身に着かないと意見を出す人もいるとは思うが、俺もまぁ、普通に意欲を持って宿題をやったことはないし、そもそも妹は俺と違って、才能型で普通にちょっと勉強すれば、点数取れるからその心配は不要だと思う。

とにかく、俺は妹の不登校が怖かったから、その程度の条件なら別にどうでもよかった。まぁ、今回の春休みの宿題の件は危うかったわけだが。

 そういうわけだからと。いつのまにか考えていると、俺は二組の教室の前に来ていた。確か、先生からの電話で聞いた話によると、『城ヶ崎君は二組だからね』と聞いていたので、この教室で間違いないだろう。

 いやぁ、なんか嫌だな。ほら、怪我で二週間も学校に行ってなかったから、アウェイ感がるというか、外の感じがあるというか。いや、もとより、この学校は俺のホームではあるんどさ。けど、なんていうの、こう代表選手が政治的発言して、サポーターからバッシングを受けつつも、試合に出るみたいな感じと言うか……。まぁ、もうどうでもいいわ。

 俺は一人ツッコミでもしながら、閉じられている扉を開いた。

 教室の中は懐かしくも、無個性なもので、見慣れた光景である。が、それはあくまで光景の話であり、どうもクラスメートたちは俺の姿を見るなりに、何かひそひそと話をしている。

 ただ、それは俺に対して向けられた話ではないと勝手に予想し、黒板の右わきに張られた座席表を見て、俺は自分の席に座りこんだ。ありがたいことに、席の位置は窓側の席であり、なんとなく、ラブコメストーリーでも始まりそうな予感である。

 しかし、ラブコメなんて、当の昔からそんなものは俺には縁がないと、どこか悟った俺であるので、早く帰りたいなんて感じながらも、机に伏する。机は開いた窓からの風を浴び続けたせいか、ひんやりと冷たい。

 教室の中は時間が経つたびに、やや騒がしくなっていく。先ほどまでは鮮明に聞こえた誰かの話し声も、今ではいろいろな声がぐちゃぐちゃに混じり合い、それは言語と化していなかった。

 やがて、教壇からハイヒールの足音のような音が聞こえると、教室は静かになりゆく。

そして、担任の甲高い声が狭い正方形の教室にこだまする。内容はマニュアル通りの挨拶と報告。時々、笑い話。

それは見慣れた日常。染みついた習慣。

そこにはとびきりのストーリーはない。ただただ、時間の徒労と、日々の消費。

そんなことが分かっていてもなお、なんとなく何かが起きるのではないかと俺の心は騒がしかった。これはきっと、春のせいである。春はいつも何かを期待させて、心変わりさせる。けど、季節が変わるころには、そんな期待する淡い感情も夏色に変わり、やがては冷えていくのだ。そんな周期を俺はもう何十年も経験しているのに、それでも何かが起こると、いつまでもいつまでも成長しない自分がそこにいる。

俺は担任教師の顔色を伺いつつも、窓辺を横目に向ける。窓から見える景色は街やグラウンドが一望出来て、それは日常にはない美しさがあった。

「早く帰りてぇ」

 それでもなお、帰りたい心が勝つのである。



 ようやく六限の授業を経て、ホームルームが終えると、俺はすぐさまに教室を立ち去ろうかと思ったが、今日は掃除当番に当たっているらしかった。

掃除当番って、なんか高校生に似つかわしくないネームしてると思うなぁ。なんて、どうでもいいことを考えつつ、俺は机を後ろに下げたり、窓をふきふきしたり、レレレったり(箒で掃いたり)と、人への印象を高めるべく、淡々と業務をこなした。これでおそらく、今日からの俺のあだ名は便利君か、影薄便利君にでもなるだろう。

 後ろに置いた机を元の位置に戻し終えると、掃除担当の人たちは何かを話しながら、ぞろぞろと教室を出て、帰路に就くか、部活でも向かった。

 俺もそろそろと思っていたが、みんな忘れてることがある。教室の片隅に寄せられた塵や芥などはどうするんだい? ということだ。

そういうことで、俺はロッカーから、塵取りと小箒を取り出し、早速、ごみ回収に向かう。

 まぁ、なんて風紀を保つ人なのかしらぁ、もしかしてあなた風紀委員? とでも声を掛けられそうなくらいに気の利いた俺だが、教室のシーンとした空間を感じ取る辺り、皆はもう帰ってしまっているのだろう。よって、誰にも話しかけられることはない。だから、自分に偉いわぁなんて心の中で言って鼓舞した。

 積まれた埃は廊下側の後方ドアからの強い風により、一部の塊に接着しなかった埃が舞う。ただ、さすがに細かい埃まで拾う気はないので、一塊だけ塵取りにインプットし、そのままゴミ箱へアウトプットした。そういや、勉強もインプット、アウトプットがすげぇ大事だって、テレビでやってたなぁ。

 と、どうでもいい情報を思い出しながら、塵取りと子帚をロッカーに戻す。

 そして、その三秒後。「わひゃっ⁉」と、男一匹が需要のないそんなリアクションをすることになる。

「ねぇ、城ヶ崎君」

「こぬぃそあ⁉」

 史実は時に間違えることもある。というか、なんだこのリアクション! 多分、こんな奇声をあげたのは世界で俺が初めではないだろうか。だとすれば、えへへ、初物は僕が頂きました。

 とりあえず、そういう内ボケは置いておいて、俺が驚いたのはまぁ、無理もない。なにせ、誰もいないと思い込んでいた教室で、振り返った瞬間、目先に女がいたからだ。多分、男だったら、つい「お手柔らかにぃ!」なんて叫んでいたと思う。

 俺は一端、一呼吸おいて、再度顔をあげる。

 そこには肩ほどの黒髪に、凛々しい顔立ちの女子が。また、制服には乱れはなく、キッチリと着こなしていることから清楚と言うか、和風美人な感じがある。

 和風美人は俺をにっこりと微笑むと。その後に、後方のドアを閉めた。これで八方ふさがり。お手柔らかにでごんす。

 などなど、ありえん考えは排除し、俺は「何か用か?」と、平然を装い、乱れてもないネクタイをただす仕草をして、そう聞いた。

「えっとね、まず城ヶ崎君。怪我のほうは大丈夫?」

 心配そうに和風美人は首を傾げる。

 天使かな? 心配してくれるとか、女神かな? なんて思ったけど、なんかセールスマンっぽいというか、嘘くさいというか、とにかく営業スマイル的な感じで、その表情には気持ちが籠っていない感じがした。なので、心の中では「こ、これはスパム!」なんて青酸カリ的な考えで人間不信さを発揮させ「大丈夫」と不愛想に答えた。多分、これだから、いつまで経っても、友達出来ないんだよな。でも、原因がわかっているあたり、成長できる余地はあると思う。そのうちにでも自分を成長株としてクラウドファンディングしたら、一千万ぐらい集まるんじゃないでしょうか。多分、一銭も集まらない。なんなら、石を投げつけられそう。

 そうして、俺の怪しみながらも出した声を聞くや否や、和風美人は胸を下ろして、にっぱり微笑み。

「よかったわ」

 なんて、違いしてしまいそうな甘い声音でそう言った後に。

「バイクに轢かれたらしいから」

 と言った。

 ……ん? なんで知ってるんだ? 確かに、俺は怪我した翌日に学校にはそのことで連絡を入れたは入れたが、まさか担任教師が新クラスに「城ヶ崎君はバイクに轢かれて、一週間と少し来れないそうです」なんて言ったのだろうか。いや、細かい事情はさすがに言わないと思うが……。

 けど、まぁ、彼女が知っているということは担任がそういう感じのことを言ったのだろうか。

「それに、近辺に食パンが落ちてて、城ヶ崎君の髪にはイモけんぴ? がついてたし」

「おい、待て。なぜそれ知っている」

 俺は急いでストップをかける。待て待て、俺はそこまで細かい情報を学校側に連絡は入れていない。俺が轢かれた後は、誰かが救急車を呼んでくれたが、その当時の細かな状況をまさか緊急隊員が学校側に連絡したわけではないだろう。だとすれば、近所の人か? いや、多分違う。なにせ、退院して家に帰った日には近所の人からは「大変な目にあったわねぇ」なんて笑いを抱腹した表情ではなく、真剣に心配そうな顔でそう言ってくれたからだ。つまり、あの表情からして、事故当時、俺の近辺には食パンも落ちておらず、髪にイモけんぴもついてはいなかったのではないだろうか。要は、誰かが通報する前に食パンとイモけんぴを処分した?

 そうだ。よくよく考えてみると、俺は轢かれた後の意識がない。気絶したんだ。だから、当時の状況が全くわからないのだ。

 ダメだ。全く謎が解けない。いや、別に謎解きをしたいわけじゃないけど。

 と、そんな風に和風美人を置き去りにして、一人悶々と当時のことを考えていると、和風美人はポッケからスマホを取り出し、少しばかりポチポチしてから、俺に画面を見せた。

 それは無残にもイモけんぴを髪につけ、食パンを傍らに、そして半分ほど白目を向けている俺の写真だった。

「え、えっと、あのぉ」

 動揺を通り越して、言葉にならなかった。なんで、写真を持っているんですか?

 和風美人は俺の反応を見ては、してやったりとした顔をして、にっこり微笑む。無論、その笑顔は魔性の笑みである。

「城ヶ崎君が轢かれたとき、偶然にも私が通りかかったのよ。それで、バイクはひき逃げしてどっかに行ったもんだから、警察と救急車を呼んであげたの」

「そ、それはどうも」

 俺は一応、ぺこりと頭は下げておく。てか、俺は轢き逃げされたのか……。なんか、轢いた側に申し訳ない気持ちがあるけど。そういや、入院中に警察から事情聴取されたな。

「それでね。城ヶ崎君の様子見てたら、なんか食パンと……、イモけんぴかな? わからないけど、短冊状のお菓子が髪に付いてたから、警察とかが来る前に、私がわざわざ処分してあげたのよ。だって、色々とおかしいでしょ?」

「そ、そうですね! 色々とおかしいと思います!」

 うん、さすがに事故現場にジャム付きの食パンが落ちてたり、髪にイモけんぴが付いてたら、おかしいと思います。そいつの頭を疑うと思います。

 俺がこくりこくりとそう頷くと、和風美人は「そうよね」とまた笑顔を重ねた。

「後ね、他にもこんな写真があるんだけど……」

 和風美人はまたスマホをポチポチしてから、俺に写真を見せた。

 と思いきや、動画だった。

 場所は裏庭のピロティで、ベンチに腰を掛けた俺の映像が流れている。ただ、その風貌とか動作とかは問題ない。単純に、俺が購買部で買った昼飯を食ってるだけ。

 なのだが、音声がやばい。なんか、唄ってますね、こいつ……。滅多にピロティに人が来ないことを自負して、警戒心解いてますよ、この男……。もう、どうしてようもねぇな。

 けど、さらにどうしようもないのはこの動画を撮った張本人だと思う。だから、俺はそのことに対し、強く反論することにする。

「え、えっと、撮影許可を頂いてないんですけど……」

 時に、意志は心変わりすることがある。

「あら? 別に私はピロティの動画を撮ってるだけよ。ただ、そのピロティの中に、なんかオブジェクトがあるだけで」

 俺をオブジェクト扱いしないでください。いや、もう存在的にはオブジェクトみたいなもんだけど。なんなら、いっそもう、オブジェクトじゃなくて、空気にでもなりそうだ。そのうち、二酸化炭素配給機とでも呼ばれて、酸素減らすなヘイトを食らいそう。

「他にもあるんだけどね」

「いや、もういい。もういいから」

 と、俺は和風美人を制止しようとするのだが、それに構わず和風美人はバッグを探り出し、なにやら束になった紙を取り出した。

 ま、まさかこれ。

「城ヶ崎君の書いた小説の原稿用紙よ。総じて、百二十七枚」

「お望みは何ですか!」

 正直、最初からこう言っておけばよかったのかもしれない。多分、この女はそれを言わせるために、最初から俺を催促していたのだろう。やっぱり、この女、悪魔である。俺の目測と偏見は間違ってはいなかった。後、家で捨てるのはまずいから、人目のつかない別校舎のごみ箱に捨てた原稿用紙をなぜ、こいつが持っている。ストーカーしてたのか? それとも、用務員とつながりがあったのか? もう、最悪だ。こんなことなら、面倒くさがらずシュレッダーかけとけばよかった。いや、そもそも時代に反故せず、パソコンに書いとけばよかったんだ。なんで、近代文学にはまって、手書きを始めようと思ったんだ、俺。酔いしれていたのか? もう、ほんとこいつ、どうしようもないですよ。

 けど、一度はあそこらあたりの文学にはまれば、万年筆買って、原稿用紙で書きたくなるよね? ならない? ならないか。多分、ならない。

 そうひとりでに、色々と後悔を抱え込んでいると、和風美人(悪魔)は一つ息を吐き、原稿紙をバッグにしまい込み、またこちらに目をくれた。

「いやなことを言うわねぇ、城ヶ崎君。お望みは何ですかだなんて。なんか、私が強要してるみたいじゃないの」

「強要してると思うんだけど……」

 てか、もはや強要を通り越した、脅迫だと思うんだけど……。

 俺がそう供述すると、和風美人はさらさらな髪を一つ手で流してから。

「城ヶ崎君。私はね、あんたと取引がしたいの」

「と、取引?」

「そう、取引。私の持つ城ヶ崎君の恥部全部と取引」

「そ、そのぉ、俺は何を差し出せばいいんですかね?」

 俺はあまりに心配になり、恐る恐る聞いてみる。

 すると、和風美人は漫画でしか聞いたことのないような「うふふ」なんて笑い声を出して。

「人権ね」

 と、今の時代では中々に聞かないであろう回答をした。

 こいつ、頭おかしい……。俺も大概おかしいけど、こいつも相当おかしい……。

「や、さすがに人権はまずいと思うんだけど……」

「そういえば、屋上の動画が……」

「わかった。わかったから。もういいから。その条件呑みます。好きにしてください。命に関わらない程度なら、なんでもしますから」

 俺は謝罪の意を込めて、頭を四十五度に下げる。

「あら、素直ね」

 和風美人は素に嬉しそうな顔をする。多分これが本来の顔なのではないか。

「じゃあ、取引成立ね」

 和風美人はそう言うと、手のひらを俺の前に差し出した。多分、握手を求めているわけではないのだろう。

 俺は彼女の意図が分からず、首を傾げていると、和風美人はため息をついた。

「連絡先の交換よ。私が指示するとき使うことがあるから」

 し、指示って……。

 しかし、応じないわけにもいかないので、俺はパスコードを解いて、和風美人にスマホを渡した。和風美人はそれを受け取ると、すぐにてきぱきと俺のスマホに番号やら、アドレスだかを打ち込んでいく。

なんとなく、ここからこいつの姿を見ていれば、今どきの女子高生っていう感じがするし、そこには腹黒さも感じ取れない。てか、なんで俺はこいつにターゲットされたんだ?

 もう諦めつつも、俺は気になったので、和風美人が俺のスマホをポチっている最中に、質問してみることにした。

「なぁ、なんで俺は餌食にされたの? 弱そうだったから?」

「別にそこまで深い理由なんてないわよ。一年の時から見ていて、なんか変な立ち位置にいたから」

「はっ、一年の時から見てたって。お前、やはり俺のストーカーか!」

 俺は警戒をしながら、戦いの構えをすると、和風美人はそれを横目に見て、またため息をつく。

「一年の時、一緒のクラスだったでしょ。もしかして、覚えてないの?」

「全然、覚えてないな」

「嘘でしょ……。私、代表委員もやって、クラスで目立つグループにいたんだけど」

「陽は嫌いなんだ」

「かといって、覚えてないって……」

 がくしと和風美人は肩を落とす。

 なんかショック受けてるぞ、こいつ。やっぱり、陽側の人間は自己承認欲求に飢えてるんだな。いや、陽に限らず、俺も飢えてるけど。

「あれだけ私に面倒をかけておいて、私のことを覚えていないんて……」

 どうやら、ショック受けてる要因は自己承認欲求の話ではなく、恩知らずな俺のことに対してだった。

 なんか今なら、普通に言いたいことも言えそうだ。

「なぁ、お前が持ってる写真とか原稿用紙ってさ、やっぱりストーカー行為じゃねぇの?」

「偶然よ」

「いや、偶然にしては出来すぎだろ……」

「いえ、ほんとに偶然なの。原稿用紙の件は、放課後に委員の役割で別校舎に行った時に、ごみ箱が倒れてるのを見て、そこにあの原稿用紙が落ちてたのよ。で、なんでこの原稿用紙が城ヶ崎君の物かどうかわかったんだ? って話は、その日の教室にいた城ヶ崎君を見ていたらすぐにわかったわ。だって、城ヶ崎君、分厚い原稿用紙の束を抱えて、ちょろちょろ視線泳がしていたもの。あれはあまりにも挙動不審よ。あんなの『この原稿用紙をどこで処分しよ』って、言ってるのとおんなじよ」

「じゃ、じゃあ、俺が轢かれたときの件はどうなんだ!」

「それも偶然ね。毎年、決まった日にそっちの街の親戚に挨拶に行くから、向かっていたらちょうど城ヶ崎君が倒れたのよ。最初は城ヶ崎君って、気づかなかったけど」

「じゃあ、ピロティは!」

「偶然。あの動画はもともと、夏のオープンスクールに向けてのアピール動画を撮る際に、城ヶ崎君が映りこんだものなのよ。正直、唄ってないで、そのまま座ってたら、何も撮らなかったわ。後、ひどいほどに音痴だったわ」

「う、うるさい!」

 なんか泣きそうだった。

「ていうかね、城ヶ崎君」

 和風美人は形勢逆転と言わんばかりにきつい目をして俺に責め寄ってくる。美女に責め寄られるのは嬉しいシチュエーションのはずなのに、なんか怖いから、嬉しくない。

「なぜ、私があんたをストーカーする必要性があるのかしら? あんたにそんな魅力があるの?」

 ひん。冷静に考えたら、その通りだった。俺がこいつのストーカーをするなら、世間は『あぁ、やっぱりな』とか『あいつならやると思いました(切実)』などなど言うのだろうけど。逆なら、『ないない、自意識過剰乙www』とか、『いつまで寝てんだよwww、はよ起きろwww』なんて草を生やされてしまうだろう。くそ、世の中理不尽だ。

 俺は世の中を少しだけ恨みつつ、「サーセン……。僕の自意識過剰でした……」と謝った。こんな謝罪はあまり見かけない。

「わかればいいのよ、わかれば」

 和風美人はようやく俺のスマホに情報を打ち終えたのか、手渡しで返す。俺はそれを受け取り、すぐさまポッケにしまい込んだ。

「そういえば、城ヶ崎君がレインをやってるのは驚いたわ。連絡先が恐ろしいほどに少なかったけど。それやる意味あるの?」

「うるさい! 万が一に備えて入れてるだけだ!」

 レインは無料コミュケーションアプリだ。高一の頃は、ほどほどに親睦深めるために交換したりしてたりしたが、結局、彼らと一度も連絡は取ることはなく形骸化とした。よって、今となっては、妹とコミュニケーションをとるだけのツールと化している。そう考えると、やる意味がない様な気がするな……。

「まぁ、別に城ヶ崎君の事情はどうでもいいから、構わないんだけれどね」

 和風美人がやれやれと言わんばかりに息を吐くと、足元の鞄を背負い始めた。

「じゃあ、また色々な形で連絡するから、その時はよろしくね」

 和風美人は一瞥もくれないで、そのまま教室から立ち去ろうとする。

 だが、待て。俺はまだ何もわかっていないし、俺の恥部は処分されていない。

「ちょっと待て」

 俺がそう呼び止めると、和風美人は面倒くさそうに振り返り、「何?」と言葉を返した。

「俺の恥部はどうなるんだ?」

「思えば、城ヶ崎君は人権を私に預けてるくせに、口の利き方がなってないわね」

 キッと睨まれる。

「ど、どうなるんですか?」

 こ、怖い。多分、こいつ前世はクレオパトラとかそこらあたりの女王だったに違いないだろう。

 和風美人は俺の委縮した態度を一度確認すると、見下したような目つきで。

「私の要望が達成したら処分してあげるわ」

「よ、要望?」

「そう、要望」

 淡々と和風美人は答える。も、もしかして、こいつの要望って、政権交代とか、学校崩壊とかそんなレベルのもじゃないのだろうか。絶対、そうだ。こいつからそんな匂いがする。伊達に俺だって人を見てきただけじゃないんだ。

「ち、ちなみに要望と言うのは?」

 ザコキャラに定評のある俺(妹認識)は完全に手下キャラを演じ、聞いた。

「そうねぇ、まずは学級の問題をどうにかしてもらいましょうかね」

「学級の問題?」

「えぇ、実はこのクラスにはあんたともう一人問題児がいるのよ。まぁ、問題児と言っても、あんたと違って、ただの不登校というだけなんだけどね」

 俺も問題児になってた。

「まぁ、そのことは追々に連絡をするわ」

 和風美人はそれが悩みの種なのか、こめかみを押させながらもため息をつく。ていうか、学級の問題を解決させようとか、こいついい奴なのか? いや、いい奴かどうかは置いておいて、基本的には真面目な奴なのかもしれない。なにせ、俺が事故した時も、食パンとイモけんぴを処分してくれたし、警察と救急車もよんでくれたしな。最近は、事故現場を見ても、忙しいのを理由に通報しない傾向にあるらしいし、こいつ自身も用事があったのに、わざわざ通報してくれたのは素晴らしいことだ。性格は見る限りクソだけど。

「えっと、学級の問題以外に他にも要望あるのか? じゃなくて、あるんですか?」

 ちゃんと語末には気を付けなればならない。

 俺は少しずつ警戒を解きつつも、和風美人にそう尋ねる。すると、彼女は少し顔を赤くしながら、「えぇ……、むしろ、それが本題と言うか」なんて後半につれて声を小さくしていった。

 なんだろう……。今では和風美人がただの弱弱しい乙女の姿にしか見えない。

「で、本題と言うのは?」

 俺は何かを察しながらも、さらに質問を重ねていく。

「え、えっと。実は。クラスに、その好きな人がいて」

「ほぉーん」

「そ、それでその手伝いをしてほしいというか」

 もじもじとしながら、和風美人は顔を真っ赤にしていく。

なんだよ、こいつただの恋する乙女じゃないか。さっきの冷酷さどこ行ったんだよ。そのギャップ故に、こっちまでドキッてくるわ。

「で、相手の名前は?」

 俺の脳内人物名簿の中には全くと言うほどに、同級生の名前は記されていないが、もしかすると知っているやつもいるかもしれないので、念に聞いてみる。

「い、石原君」

 和風美人はそう答えた。

 石原君。脳内名簿のア行から探してみる。

 安部公房、アンパンマン、アントニオ猪木、アン・ルイス、井伊直弼、石川啄木、石原慎太郎、石原陽介。

 いた。いたぞ。

「石原陽介か」

 俺が答え合わせのためにそう言うと、和風美人は肩をビクッと震わせた。

「し、知ってるのね」

「あぁ、何故か知らんけど」

 なんで、石原君を俺は知っているんだろうか。

 俺は少し回想する。

 確か、あれは一年の時だよな。同じクラスで、課題を見せてもらって、テストの傾向とか範囲を教えてもらって、後は体育のペアで余った俺と組んでくれたっけ。まだ、他にもあったよな……。そうだ、校外学習のバーベキューでも俺に退屈しないように、話を振ってくれたり、金を忘れた俺に昼飯をおごってくれたり。さらに、加えて、彼は清涼で朗らかな。

「石原君。めっちゃいいやつだ……」

 俺は無意識に声を出してしまっていた。

 そうだ、石原君ってめっちゃいい奴だったじゃないか。なんで、すぐに出てこなかった……。

 和風美人は俺のつい漏らした声を聞くや否や、迫りくるように「そうなのよ!」なんて口走ってから、石原君の魅力を語った。まぁ、よほど石原君のことが好きなのだろう。

「とにかく、私は石原君が好きなのよ」

「それはわかったから……。で、俺は何をすればいいの?」

 これ以上は近づかんでよろしい、と俺は両手で和風美人を制止しつつ、聞いてみる。

「えっと、彼の好みを聞いてもらったりすれば……」

 肩を竦め、聞こえないぐらいに小さな声で和風美人はそう言った。もはや、その姿には先ほどの威勢はない。それと、本題の要望が学級問題の件の二十倍ぐらい簡単そうだった。

「ま、まぁ、そういうことだから。今後とも……、よろしく」

 和風美人は顔を赤くしたまましばらく俯いていると、教室を颯爽に出て行った。

 よって、俺はぽつりと夕やけ混じりの日差しに満ちた教室で揺蕩う。

「なんか色々とわからん」

 俺はそう呟き、ロッカーの中を整理してから、一つ気になることがあり、スマホを手に取った。そして、パスコードを解いて、連絡先の画面へと移る。

 そこには、『拍里藍華』と言う名が名簿に加えられていた。ほう、和風美人の名前は拍里って言うのか。確か、一年の時、一緒のクラスだったって言ってたよなぁ。

 拍里。拍里……。

「いたような、気もするなぁ」

 まぁ、その程度のことなので、気にせず今日は帰ることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る