第2話

 さて、改めてこの課題だが、どうしようか。

 今のところは焚火の材料にでもするか、ヤギの餌にでもするかの候補が現れているが、どれも最終案のため今のところで使うべき案ではない。

 となれば、案もくそもない、課題と向き合うということしかできないのだが、今の俺の状態では到底できそうにない。多分、後、十年待ってくれてもできそうにない。

 だったら、本当に恋愛成就している人に聞けばいいじゃない! 

 との意見は所々で上がりそうだが、それを聞くには、まず俺には友人と呼べる友人がいない。さらに言えば、知人と呼べる知人がいない。そう、俺の持つ人間関係はあくまでコンビニの店員と客のような関係性のみなのだ! 

 と、言ってて悲しくなるので、俺の話は一端、地球外にでも置いておこう。

 じゃあ、身近なリア充、父と母はどうだい? との声が聞こえるが、どうせ親父たちの惚気話が始まるのがオチなので没だ。と言うことで、話を聞くというのは無理だ。

 ……おいおい、詰んじゃったよ。チェックメイトだよ。王手だよ。まるで将棋だよ。

「あーあ、めんどくせぇな」

 俺はついそんな声を漏らし、床に寝そべる。

 この時期はまだ少し肌寒いため、仄かに温もりがある絨毯がやけに優しい。さらに、まだ設置されている炬燵の中の保たれた微温がやけに優しい。よって、優しいタイプの人が好みの俺にとってはこれ以上の至福はない。って、あれ、絨毯と炬燵って、人だっけ? まぁ、最近はなんでも擬人化するブームもあるし、人でいいか。よくないな。

 あぁ、そういや擬人化で思い出した。確か、妹に『ハサミですけど、何か?』みたいなタイトルの漫画借りてたんだよな。ほんと内容がハサミしかなくて、面白くなかったけど。後で、妹にたっぷり酷評を言い渡そう。

 そういうことで、早速本棚を探り、借りた本を探し出すが、俺は読んだらとりあえず、本棚にぶち込むタイプなので、中々に目的の本が見つからない。

 こうして、少々苦戦しながらも本を探していたら、当の漫画とさらに、ここで思わぬ発見があった。

「そうか。少女漫画か」

 あぁ、思わぬ発見だ。そうだ、恋愛を知りたければ、少女漫画が一番じゃない! まぁ、最近は少年漫画でも恋愛系が多いからそれでも可だが、生憎、従妹が昨年の夏休みに置いていったほどほどの少女漫画が残っているので、それを参考にしよう。って、他にも映画とか、アニメとかも、あるじゃないか。なんで、それに目がいかなかったのか……。

 まぁ、いいか。俺は発想の乏しさに自己嫌悪しつつ、早速、少女漫画を一巻から読み始めることにした。


……待て。

 俺はつい少女の面白さに没頭してしまい、いつのまにか全十一巻すべてを読破してしまった。だが、俺が待てと言ったのは、少女漫画の面白さの意外性に対してではない。

 俺は確認のために、今度は他のシリーズの少女漫画の最終巻だけを開いてみる。

 あぁ、やはりそうだ。なんて、欠陥なんだ。

 そう、俺の手元にある少女漫画は誰一人足りて、恋愛成就していないのだ。

 ただ、これは俺の持ち草の運と言う問題以前に、そもそも恋愛漫画と言うのは恋愛を主とするのだから、恋愛成就というのが目標なのだ。すなわち、恋愛成就した時点で、その漫画は最終回。ジ・エンドだ。無論、スピンオフとして、後日譚の初々しいカップル話は出てくるのだろうが、それは一端置いておこう。

 あちゃぁ。いや、めっちゃ面白かったから、別に嘆くほどではないんだけど。なんか、空振りした感が否めない。

 そうだ、そうだ、ラブコメは恋愛成就を目標としていたんだった。なぜ、長年読んでて気が付かなったんだ……。まぁ、恋は盲目とかいうし、そんな感じなんだろう。全然、違うな。

 ついに、手詰まりを感じて、俺はまた床に寝そべり帰る。仄かに温もりがある絨毯は……。まだ設置されている炬燵は……。よって、やさしいタイプの人が好みの俺は……。あれっ、布団と……。まぁ、でも、最近は何でも……。よくないか。


「はぁ、どうするかねぇ」

 また、振りだしに戻った。いや、もともと振り出しにいたわけじゃないけど。

 俺は寝そべりながら、惰性でタワーのように適当に詰まれた少女漫画に手を出す。その漫画は少しだけ埃っぽくて、陳腐なタイトルに、見るからに時代を感じる表紙な少女漫画だった。おそらく、刊行年はかなり前の物だろう。

 同じ徒労を繰り返すことをわかっていながら、何かに縋るような気持ちで、俺は初見なその漫画を開いてみる。

 すると、そこには目ぼしい情報が目に入った。それは、漫画の一ページ目によく見られる。作者のコメントだった。

『恋愛と言うのはねぇ、理想論や想像論じゃあ語れない。じゃあ、どうすれば語ることができのか? 簡単です。恋愛しましょう。それしかない』

 なんか、ビビッと来るコメントだった。

 なるほど、ある意味では的を射てる。確かに、恋愛は理想論か想像論では語れない。まさにそうだ。

 だが、恋愛を語るにしては恋愛をしなければならないというのは、売れ残りバーゲンセールをしてもなお、売れ残りそうな俺には中々に酷なことだ。なんなら、譲り渡しでも拒否されそうな俺には酷を越した、地獄であろう。

 ただ、俺はとやかく、この作者の言っていることは、あながち間違いではないので、賛同しつつ、その漫画の二巻目を手に取り、また作者のコメントを見開いた。

『一巻の私のコメントで、意外なほどに恋愛相談の葉書が来たので、その中でも一番多かった『どうすれば、恋愛をする状況を作れますか?』という、相談に答えましょう。……三巻で』

 おい! 書ける量が限られてるからって、三巻に延ばすなよ! この巻で打ち切られてたらどうするんだよ!

 ただまぁ、生憎、まだその漫画の巻が二冊残っているので、俺は三巻目を覗く。

『どうも。最近、失恋した作者です。寂しいです。恋人欲しいです。なんか、世の中ピンク色に染まってるんで、どす黒い鉛色にでも染めたくなりました。染めていいですか? 染めました。ってことで、二巻の話は生きていれば、四巻に引き継ぎします』

 えぇ、なにこれ……。私情ぶち込みすぎだろ……。てか、一巻の威勢ある態度はどこ行ったんだよ。こいつ、今だと絶対にSNSとかで、愚痴とか人の文句とか掲示する奴だろ……。

 しかし、失恋したということは何らかのアプローチはしたことになる。故に、俺はその勇気は認める。

 なので、残るラストの四巻。俺はどこか希望を託しながら、ゆっくりとページを見開いた。

『あっ、皆さん。元気にしてますか? 僕は元気です。超元気です。世の中さ、色々と辛いこともあるけど頑張っていこう! やっぱり、感情は常にポジティブじゃなきゃ♪ てことで、二巻のね、お便りをズバリ答えましょう(あっ、今回は編集者さんに、コメントの量を増やしてもらってので、ご心配なく。へへへ)。じゃあ、えっとね、どうすれば恋愛できる状況を作れるか? って質問だよね。これね、簡単。超、簡単よ。の前に、まずは皆さん、スピチュアルを信じていますか? 僕は少し前までは信じていなかったのですが、最近信じる様になりました。やっぱり、基本的に日本人は無宗派が多いから、何かを信じないとね! 心のありか大事♪ さぁ、話が少し逸れてしまいましたね。そろそろ、文章の制限が来ちゃうので、簡単に言っちゃいます。まず、ジャムを塗った食パンを咥えてください。えっ、何言ってんの? みたいな、表情を皆さんはなされるかもしれませんが、まだ話を聞いて。次に、髪の毛に、少しべたつくお菓子でもつけて下さい。僕は溶けかけのチョコスティックを使っています。こうすれば、準備はオッケー。後は、その状態で、住宅街の角にでも曲がってください。そうすれば……。恋愛ハプニングをゲット! やったね、守道さん!(僕のかわいい彼女の名前です)。ちなみに、細かい点は説明しきれないので、気にしないでください。では、これが以上です。じゃあ、皆さん、ここで失礼しますね♪』

 この文章を読み終えた時、俺は俺でいられなくなるだろう。まさに、そんな感情だった。もう、もはやツッコみきれない。常、外道を走る息子を諦め勘定する親の気持ちだ。

 もうほんとこいつ、なんなん……。なんかやばいぐらいに電波人間になってるし。後、一巻のお前はどこに行った。替え玉か? 替え玉なのか?

 俺は何とも言えない感情下で、ついため息を吐き、漫画をパタリと閉じた。そして、俺は立ち上がり、台所に向かって、颯爽に当の食品を探し始めた。

 い、いや、別に俺はあの作者の妄言を信じているわけではない。あんなのあり得ないし、非科学的だ。け、けど、スピチュアルはすべてを包み込むから! そう、スピチュアルは時に、キセキを起こすから!

 そんなわけで、俺は感情を押し殺すようにして、見つけ出した六枚切りの食パンを取り出し(よく見たら、賞味期限が一週間ぐらい切れてた)、タッパに詰められた恋愛界隈の王道お菓子であるイモけんぴ(偏見)を髪に数本つけ。家を飛び出した。ちなみに、ジャムはマーマレードだ。

 玄関口を出ると、俺は近所の人に鉢合わさぬよう、潜入スパイのごとくにそこら中、顔を張り巡らせる。そして、いざ、隙が出た瞬間に、神風のごとくに疾走し、俺は近場の住宅街の角を曲がり始めた。

 角の先には何があるのかはわからない。その住宅路にはミラーが設置されていなかったし、俺の視点は人工衛星ではないからだ。

 そういえば。俺は角を曲がり始めるその瞬間、昔のことを思い出した。確か、昔、俺は陳腐な恋愛アニメを見て、見えない角には恋愛の神様がいるのではないかと考えていたのだ。だって、色々なキャラクターがその角でストーリーを、恋愛を築き上げてきたからだ。けど、それが段々、年を取ってくると、そんなことはあり得ないなんて、大人が、自分が、そう言い聞かせ、メルヘンも空想も打ち砕かれていったのだ。だから、雲は綿菓子ではないし、いくらキレてもスーパーサイヤ人にはなれない。

 でも、恋愛の神様については何一つ、俺は否定できないのだと思う。だって、恋愛自体が、感情自体が、不可思議なものだから。そこには科学性と言うのがそれと言ってないから。

よって、恋愛はスピチュアルであり、恋の神様もスピチュアル。

 こうして、俺はまぁまぁの速度の原付バイクに正面衝突された。

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