何かが決定的に違う青春ラブコメ
人新
第1話
うーむ。
春休み。妹の宿題を訳あって、俺はやっていた。
無論、高校生の俺にとっては中学校の宿題なんかは朝飯前だし、読書感想文だって、案外に本は読むもんだからすぐに終わった。
だが、春休み終了の鐘が鳴りかけ寸前でもなお、
『スタンダールによれば、恋愛には基本的に四つの種類があると言われており、その中でもスタンダードな恋愛は情熱的恋愛と呼ばれている。しかし、現在はこの情熱的恋愛の熱は冷めつつあり、若年層の恋愛離れが甚だしく目立つ。ここで、その要因を恋愛成就した人間の仮観点において論ぜよ。
※一応、小論文の練習なので、語尾には気を付けること』
とかいう中学生に出すとは考え難い、吐き気を催す小論文課題に俺は頭を痛めていた。誰だ、こんな頭のおかしい課題を作成した奴は。作ったやつの気が知れない。
俺はあまりの不可思議な問題に、自分の過去を回想したりなんかして、筆を進めてみようと思ったが、一向にも手は動かない。そりゃあそうだ、万年恒年未来永続のバキバキ童貞である俺は当然、恋愛離れの若年層に含まれているからだ。よって、恋愛成就した人間の仮観点など全くもって、想像もつかない。
しかし、童貞(人間)の権限の一つとして、妄想力と言うのが存在する。そう、童貞は極めれば極めるほど、虚構を現実に写像することができ、一部では童貞卒業を錯覚する猛者もいるのだ。まぁ、さすがにそこまで言えば、猛者ではなく末期だが。
まぁ、とにかく妄想力を用いれば、この問題も解けないことはないかもしれん。けど、これ実は前もやったけど、成果がなかったんだよなぁ。
しかし、行動しないでは課題は解けないので、俺は瞑目し、少し想像してみることにする。
まず、ここは校舎。そして、放課後の教室。夕日の明かりで少し薄いぐらい空間に、ぽつりと俺と(めちゃくちゃかわいい)少女がいる。
なぜ、俺たちはこんな時間に教室にいるのかだが、俺は少女に勉強を教えているのだ。そう、少女はどうも英語が苦手で、もうすぐ近い期末テストに赤点を恐れている。それで、少女はやむを得なく、俺に教えを頼んだ。ちなみに、少女は俺の幼馴染だ。後、俺の両親は海外出張中で、俺は一人暮らしな。
「ねぇ、仮定法って何?」
少女は口を開く。顔を伺うからに少し不機嫌そうだ。
「仮定法はまだまだ先だろ」
俺は呆れながら、少女の雑に開かれた教科書を指定のページに戻す。そして、英文に指をなぞりながら、日本語に訳していった。
「だからだな、これは関係代名詞によって……」
俺はやれやれと感じながら、渋々と少女に解説していく。無論、俺の性格はやれやれ系である。
「てことは、この文を訳したらこんな感じになるの?」
少女は頬杖をしながらも、長々しい英文を訳していった。少女の声は花澤香菜に似ている。
「おぉー、そうだ、エクセレント!」
長く続けた解説がようやく実を結んだために俺は少女を褒め称えた。その際の少女の顔はどこか嬉しそうにしていて、けどそれを悟られたくないためか、「当たり前でしょ」なんて言って、顔をそむけた。
「ねぇ」
少女はオレンジに染まった窓辺を見つめ、口を開く。あっ、後々、少女は東欧と日本のハーフである。英語は見ての通り苦手だが、ロシア語あたりなら話せる。
「もうすぐ夏休みでしょ」
「そうだな」
大変イケメンな俺のボイスが寂しげな教室に響く。
「あ、あのさ。もし、私が赤点回避したらさ。そ、その、夏休みにご褒美としてというか。えっと、一緒にプールとか遊園地とか行かない?」
「いいな」
惚れ惚れしそうな声が一つ。
「ほ、他にもさ、一緒にプールに行くための水着を買ったり、夜中一緒に家でホラー映画見たり」
少女は普段言い慣れていないセリフを言っているためか、所々言い詰まりながら、ドギマギと言った。後、俺にはばれていないと思っているのか、顔が真っ赤である。
「おぉ、それもいいな」
俺は少女の提案にふむふむと頷くと、少女はやたらと嬉しそうに、「約束よ、絶対に」と言っては今まで誰にも見せたことがないような笑顔を見せた(少女は普段、あんまり笑わない設定である)。
つい、俺はその顔にドキッとしてしまい、さきほど少女がやったことと同様に目を背けた。
「じゃあ、もうちょっとだけ延長して、教えてもらっていい?」
「お、おぉ、もちろん」
今度は俺が言い詰まりながらも答えた。
それから色々あって、二週間後の期末テスト返却の日……。
少女は返却された英語の答案を恐る恐るにめくり。
「や、やったわ!」
......。
あぁ、もうやめとこ。長い、長いわ。
後、自分で妄想していてなんだが、気持ち悪すぎる。なんで、設定がこんなに細かいの?
なんかいろんな意味で悲しくなってくるわ。しかも、恋愛成就してないし……。前段階だし……。
やっぱり俺の妄想はもう使い物にはならない。なんというか、実際の恋愛経験がない限りには妄想にもリアリティさや、設定、何もかもが現実から大きくかけ離れてしまう。それで、そのギャップ故に、ありえねぇわなんてマジレスしてしまって、萎えてしまうのだ。中学時代はこれで結構、時間つぶしたりして、青春したりしてたんだけどなぁ。まぁ、俺も年を取ったのだろう。二年も経ってねぇけど。
てことで、作業は中断とし、幼心を忘れた分、悲壮な心を抱えてしまった俺は目前に置かれたペーペーを手にひょいと掴み、部屋を飛び出した。そして、ほんの数歩だけ廊下を歩き、隣の部屋にキツツキばりにノックノックする。
しばらく、しつこいぐらいのノックが続くと、「あぁーん」なんて柄の悪い口調と共に、ぼさついた髪、『栄光勝利』などと意味のわからん文字がプリントされたシャツを着た妹の由夏が現れた。
「……なんか用、モブ太君?」
どんより隈のついた目で、軽く睨まれる。
ただ実際、睨んでいるわけではなく。妹はもとより、きつい目をしているのだ。
「そうなんだよ、由夏えも~ん。って、誰が、モブ太君だ。俺は主人公だぞ」
「あぁ、そうだったね。で、なんか用、モブ兄?」
「モブじゃないもん……」
とりあえず、トトロいたもん感覚で答えて、俺は妹の由夏にひらひらと問題の紙を見せつける。
由夏は目が悪いために、目を細めてじっと俺の差し出す用紙の内容を眺めた。
「ん、これ、春休みの宿題じゃん。どうしたの?」
「どうしたのも、こうしたのも。俺には書けないんだよ」
「書けないって……。兄の得意な童貞分野の妄想でパパっと終わるでしょ?」
「肯定すべきなのか、否定すべきなのかはわからんが……、とにかく兄はさっき妄想してみたんだが、自分のご都合主義な世界観に自己嫌悪になっちゃったんだ」
「はぁ、なるほどね」
興味なさげに由夏は息を吐き、髪の毛をぐしぐしと指先でかきはじめた。
「でも、約束は約束だからね」
「それはもちろん、わかってるが……。これだけは何とか自分でやってくれないか? 他の宿題は全部終わったから」
「やだ」
由夏は顔をプイっと俺から背ける。
「そこを何とか!」
「やだやだ」
「お願いだ!」
「やだやだやだ」
「土下座するから!」
「やだの十乗」
「いっきに増えた⁉」
どうも頑なに、由夏は俺のお願いを受け入れてくれないようだ。まぁ、ここまで否定するなら、由夏が受け入れることはまずないだろう。
仕方ないか。俺はため息を吐き、踵を返す。すると、後ろからは由夏の申し訳なさそうな声が聞こえた。
「その、色々とごめん」
俺は由夏の顔は見ないで、できる限り明るい声で。
「まぁ、約束は約束だからな。その代わり、俺がこれを書き終えたら、ちゃんと守れよ?」
と、忠告するように言った。
「うん、わかってる」
俺はその声を聴くと、一つ安心して、自分の部屋に戻った。
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