第96話 皇帝を護りし暗殺拳法。
召喚されたギヒノム卿は周りを見渡して大方を理解した。
ポケットからオルゴールを取り出す。
「これはこれはまた過酷な状況、やれやれ」
ちょっと密集し過ぎ。
先ずはスペースを取らなきゃ不注意でそこの忍び装束の可憐な乙女の命を散らす可能性がある。
手にしたオルゴールの蓋には白と黒の勾玉模様が組み合わさった円模様が描かれている。
太極の構図だ。
蓋の周りは一体の龍が取り巻き、蓋の中心に向かって龍の顎門あぎとを大きく開けたチャイニーズドラゴンの鎌首がすっくと起立している。
薄く開いた瞼の奥に背筋が凍てつく程の殺気が染み出している。
蓋を開けると胡弓の音色が響いて来る。
瓦礫の上に鼠色の円模様がいくつも浮かび上がる。
その円は胡弓の音色に合わせて回転している。
回転速度が落ちて来ると白と黒の色が混ざり合って鼠色となっていたのが分かる。
停止するとそれは太極模様である事が分かる。
その太極模様は揺れている。
水面の様に波打っている。
<たぽーん>と水滴が打つ音色が響く。
太極模様の円の上に幻の様に中国武術の道着姿の人影が浮かび上がる。
水面に円を描く様な摺り足を滑る様に描きながら。
その人影は戦闘態勢を取る。
スルスルと柳の様にインスマウス獣人の間を抜けて小太郎の周りを円状に取り囲む。
スルスルと抜けるだけにしか見えない動きは中国王朝の歴史の中で最強の暗殺拳と呼ばれた太極拳の動き。
中国武術の道着の人影が抜けた後は急所を一撃されて崩れ落ちる。
歴代王朝の王の周りに円状に配置して絶対の武術の結界を張り巡らす太極拳使いの暗殺者。
襲いかかるインスマウス獣人達は柳の様に受け流されながら必殺の急所狙いで効率的に葬られる。
静かな暗殺武術。
暗殺者達は皆顔には黒子の様な網布を垂らしている。
その円の動きで布が捲れて表情が垣間見える。
笑っている。
嬉々として笑っている。
ギヒノム卿が呟く。
天性の才能を人外の修練で磨き続けた殺人技術を使う事に飢えに飢えた稀代の天才武術家の成れの果て。
「終わりなき死亡遊戯こそがこの者らの望む安らぎ」
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