第94話 運命か。

 道灌様は稀代の名君。

 軍事、治世、教養、揺るぎない仁と徳。

 全てを兼ね備えた武士政権の雄であった。

 側に仕える事の喜びで忍び本来の役目を見失い警護の隙を生じさせた。

 関東管領である守護職の上杉家に太田道灌様も仕え忠義を尽くしていた。

 ただそのあまりにも見事な仕事捌きを一番妬んでいたのがまさか仕える守護職であったとは…。

 その邪念をいち早く知るのが忍びの目。

 関東の政まつりごとに奔走する滑稽な忍び崩れに慣れ果てている事を気付きもしなかった。


 上杉家からの呼び出しで伊勢まで出かける殿も我が家の庭を巡る面持ちで警護も薄く気持ちも丸裸。

 酒宴の後の風呂を馳走になる段で帯刀を小姓に渡した途端に斬られて絶命。


 綿密に張られた罠に稀代の名君も据えもののように切り捨てられた。

 上杉家の誅殺であった。


 その場に直参の警護にあたる風魔は一人も居なかった。


 小太郎が道灌様の誅殺を知ったのは関東を脅かす盗賊のアジトを取り囲んでいた時だった。

 なんたるなんたる事か、下賤の盗賊を追う事にかまけて何よりも大事な事を失った。


 その一報を受けた瞬間、世の事物は視界から消え、己の存在意義も消滅した。


 その一報に沿って上杉家の刺客からの一矢も小太郎の眉間を射抜いた。

 摩利支天の加護を受けし忍びを極めし逸材も呆気なく絶命。


 そして眩き日の光で目覚めたのはまだ幼児であったチルナノーグ島の風魔一族の直系である小太郎の身体だった。

 頭の中、心は31歳の風魔一族を率いた頭領の風魔小太郎。

 身体はチルナノーグ島で風魔と名乗る一族の直系となる風魔小太郎。


 そして今、その風魔小太郎もまた消えようとしている。

 また同じ様に成すべきことに手が届かないままに…。

 もう抗わずに受け入れよう私の運命さだめはこれなんだろう。


 小太郎を囲むインスマウス獣人はインスマウス人間の呆けた状態とは大きく違い俊敏でそして野生の本能が剥き出し。


 一斉に襲い掛かってくる。


「まだ早いよ!」

 と耳下で声がした。

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