第92話 風魔忍法。

 <ぞわり>

 小太郎は極めて異質な空気感がそこら中から急に漂い出したのを肌で感じる。

 本能が警鐘を鳴らす。

 そして忍びの知覚が教える。

 もう逃げられないと…。


 忍びの覚悟も同じく芽吹く。

 追い詰めた獲物は逃さず仕留めろ。


 爆炎符クナイは残り6本。

 これを叩き込めばきっと仕留められる。


 九字を切り精神を集中する。

 風魔直系の成し得る能力で摩利支天を己に宿す。


 <ふっ>と小太郎の気配が消え去る。


 忍びの極意はただ一点の目的を達する為に不要な出来事を尽く除去する事。


 小太郎はその場からハイドラに向かって歩き始める。

 行手には異質な空気を漂わせているインスマウス獣人が雲霞の如く立っている。

 その合間を<ゆらりゆらり>と歩く。

 走り去ると流石の摩利支天の朧おぼろ術をしてもインスマンス獣人に感知されるだろう。

 故に<ゆらりゆらり>と歩く。

 野生の感の鋭い獣人の能力をそのまま引き継いでいるので小太郎が歩き抜ける度にインスマウス獣人は振り返る仕草をする。

 薄氷を踏む様な工程となっている。

 ここで気付かれると一巻の終わり。


 事は上手くは行かない。

 1万ものインスマウス獣人の中には秀でた存在が数種は居るだろう。

 その数種の一個体が小太郎が通り過ぎる姿をずっと目で追っていた。

 その個体の容姿は黒豹の顔をしている。

 黒豹はゆっくりと小太郎を指差し一声吠える。

 インスマウス獣人は個体種毎に固まっているので周りの黒豹も気づきを得て小太郎の存在を知覚した。

 猛然と小太郎の方に駆け始める。


 摩利支天の術が破られた。


 小太郎も気付く。


 ハイドラまであと1キロはある。

 小太郎もハイドラ目掛けて駆け始める。

 背中の忍者刀を抜き放ち前方のインスマンス獣人を斬り捨てながら駆ける。

 爆炎符クナイをお見舞いする事だけしかもう頭にはない。

 阿修羅の如くに駆ける!斬り捨てる!

 <ゴロゴロ>と小太郎の後ろには首が転がる。


 <カキーン>刀が弾かれる…。

 通常の刀の数十倍は焼き入れを施した鋼の刀が弾かれた。

「何〜」つい声が出てしまう。


 前方にグレー色で一回り大きいインスマンス獣人が立ち塞がっている。

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