第90話 ハイドラ。
ハイドラは深傷を負っている。
回復の糧となるインスマウス人も爆発で残っていない。
逃げるしかない。
逃げるしかないが深傷を負いすぎている。
ヒダヒダと動く繊毛の様な足元が吹き飛び遅々として進めない。
襲って来た犬の様な者らの術中に嵌っている。
また新手が襲ってくる可能性もある。
これは主神ダゴンに助力を願わないとならない危機的状況だ。
敗走する巨大なイソギンチャクはダゴンの伴侶の位置付けとなるハイドラだった。
彼女。
古きモノらに性別が存在するのかも定かではないが浸食し塗り替えるモノの主神
たるダゴンの伴侶と記されるハイドラが女系ならばダゴンは助けに来るだろうか。
人の世の神と位置付けられるものは基本助けるという行いを実践してくれた例は
無い。
神も仏もないとはよく聞く言葉。
旧神の位置付けの古きモノはどの様な対応を示すのか。
興味津々である。
港湾都市である『なにわ』は大きな港を有する。
その沖合で異変が起こる。
満月に照らされた凪の海原の一部分で気泡が<ザワザワ>と湧き上がる。
気泡で埋め尽くされた巨大な円が隆起し始める。
まるで海坊主が現れる前兆の様に。
隆起はどんどん大きく盛り上がり山いや島の様に膨れ上がる。
そして隆起は唐突に止まる。
止まったままで海水が押し流される。
海水に覆われていたモノが姿を露わにする。
それは月の裏側の様にぶつぶつぶつぶつと窪み穴だらけの半円周のモノ。
そのモノが<グウォングウウォン>と鳴く様に鳴動する。
ぶつぶつの窪みから青緑の気持ち悪いジェル状の液体が流れ出す。
海面に流れ落ちると<シュー>と海水を焼く。
酸だ。
息も出来ないくらいに酸臭で海域が覆われる。
風もない凪の海原を酸の霧が『なにわ』を目指して流れ始める。
港湾都市の波止場には大小様々の船が停泊している。
酸の霧に触れた船は船艇が腐食し穴が開き傾き沈み出す。
港湾の波止場に霧が登り越えようと海面から湧き上る頃には浮いている船は無くなっていた。
波止場に寄せる波の音ももう聞こえない。
酸の霧は波止場を登り越えてハイドラの方へと伸びていく。
ハイドラまでもう1キロもない距離まで押し寄せている。
旧神の類の古きモノは助力の願いに即応してやって来た。
見て見ぬ振りの人の世の神とは大違いだ。
ハイドラの歩みは遅い。
繊毛活動で前進するその繊毛が爆圧で吹き飛んでいる。
ハイドラの真後ろに小太郎は立つ。
印を結び全神経を研ぎ澄ます。
ハイドラの視力は何処にあるのか分からないが小太郎が現れた事は察知しあの触手は地面を
這って近づいていた。
這い寄りながら触手は至る所から残忍な口を開く。
ギザギザの牙が口の中に乱立している。
絡め取られたら小太郎はボロボロとなるだろう。
小太郎目掛けて触手が十手から死角なく伸びてくる。
触手が小太郎目掛けてぶつかる。
残虐な口が牙を突き立てる筈の小太郎は煙の様に消えて居た。
触手は勢い余ってお互いを牙でズタズタにし合う。
お互いが我が身の一部だと言う事に暫く触手同士は喰い合う。
その悍ましき触手にクナイが飛んできて突き立つ。
クナイには爆炎符が結び付けられれおり爆発を引き起こす。
爆炎で触手は次々に引き裂かれ飛び散る。
高熱の爆炎の炎で触手の断面は焼き焦がれて再生の余地もない。
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