第89話 いいや違う!違う!そうじゃない!

 小太郎は『なにわ』の外壁を飛び降り荒野をひた走る中で自問自答を繰り返す。

 ご先祖様のご加護ご献身で窮地を逃れた。

 このまま安全地帯まで逃げ果おせればこの出来事から逃げ去ることができる。

 それは一族筆頭の行く末を率いるものとして生きながらえる事も使命だからか。

 生き長らえるとはどういう事か。

 本当は保身じゃないのか。

 自分の身が可愛い故じゃないのか。

 巷では良い人という一括りの表現がある。

 誰にとっての良い人なのか。

 人畜無害で和かで棘ある発言もなく、人の意見に同調を見せ従順を装う人か。

 野生の生き物に近くなるほど本能が支配的になり生きる為の残酷も辞さない世界がある。

 それは生きるためで生命体としては至極当然。

 人は知性がある分、生命維持存続以外に面白半分に無益な殺生や残虐行為を行う。

 この表裏は人の内面に半々で存在するだろう。

 これを理性で表に出さない様にしている。

 人の目のない所で良い人の定義に括られる人がどこまで理性的で居られるのか。

 怪しいものだ。

 夜の世界に生きる忍びだからこそこの表裏が齎す人が裏側にチェンジングする瞬間がよくよく理解できる。

 夜陰に潜むと鼓動は野性を呼び、理性の鎖を引き千切り表の反動が大きい程秘めたる青白き炎もより強く燃え盛る。

 良い人は偽善者。

 偽りの仮面を被る者。

 良い人過ぎて秘めたる真意に自分自身も気付かずに一生を終える者も少なくない。

 誰のために。


 ダゴンの食物となっていたインスマウス人。

 彼らはかっては人間だった。

 ダゴンと詠唱しながら食われるために歩んで行く。

 究極の良い人。

 誰にとって。

 ダゴンにとって。


 浸食し塗り替えるモノ:ダゴン。


 自分の真意はそうじゃない!

「理不尽な!許せぬ」


 小太郎は『なにわ』に向かって振り向きそして走り出す。

  無責任な偽善者とならないために命を今燃やす為に。

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