第34話 「良い日和ですね」

 遠目に人影と見て挨拶をするちるな。

 近ずくと人ではなかった。

 異形の風体。

 オケラ様だった。


 その座っている姿から伝わる波長は楽しさが伝ってくる。

 人と接する際に稀に感じる楽しい波長。

 発する人の高く整った精神の綾が漏れ出てくる。

 例えるならば、風光明媚で静閑な山間で偶然に出逢う岩清水。

 鳥の囀りさえ聴こえて来そうな「良い日和」とその異形からの清風。


「遠路遥々、ようようお越し下さったでごじゃる」

「待っておりましたでごじゃる」

「ま、ま、近う寄られよ」

 と手招くオケラ様。


 ちるなも心底嬉々として手招きに応じる。


 近ずくと黒光する御影石をテーブルとしてお風呂の椅子のような腰掛けにオケラ様は腰掛けている。

「そちらにどうぞ」と真横にある椅子を勧められる。


「失礼します」

 と薄紅色の袴を〈タン〉と折り目して椅子に座る。


「長旅で地下回廊も通られたでごじゃるな、白き装束も薄汚れてごじゃる」

「大そうな道中でここまで来られた事、感謝致すでごじゃる」


「いいえ、この地でお会いできお話しできる事、この上なき喜びで胸が嬉しさで満杯です」


 オケラ様がやおら御影石の上に置く。

 どんぐりの実だった。

 どんぐりの実は徐々に輝きだし眩い金色色を放射する。

 ちるなの懐のどんぐりの実が微動する。

 手に取ると輝いている。

「此方に置くでごじゃる」


 ちるなは御影石のテーブルの上に置く。


 ふた粒のどんぐりの実は共鳴なのか少しづつ微動しながら引かれ合う。

 ふた粒が接した途端、真上に光の柱が昇り立つ。

 ちるなは見惚れながら上、上空を見上げる。

 劔山の端から幾本もの虹がこの原野を覆う様に橋を架ける。


「まるでシャングリ・ラ!」


 見たことも無いのにその幻の桃源郷の名が口から溢れ出る。


 それはシャングリ・ラ、人の業を払拭した聖人が辿り着く地。

 業〜、欲得、見栄、虚栄、嫉妬、性欲、独占欲あらゆる愚だを卒業した日本晴れ。

 その空の下に二人は並んで座る。


 もしや此処は涅槃、極楽浄土かと思える位に心地良き地。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る