第33話 シャングリ・ラの地に立ちて。

 遠望するその原野は植物で覆われて吹き渡る風で海原のように緑の波を走らせる。

 原野は地平線が遠くに霞んで見えるほど広大で端を険しい絶壁に囲まれている。

 絶壁は狂暴な劔山脈に連なっている。

 時折〈キラキラ〉と鏡の様に光を反射する湖の瞬きで原野の真ん中を囲む様に点在しているのが分かる。

 遥か眼下の原野から上昇気流に乗って吹き上がる緑風は心地良く夢心地となる。


 見惚れているちるなの背後から柚葉ゆずはがこれにてと一礼して絶壁の扉に消える。

 扉が閉まる間際に「ご武運を」と声音が耳に届く。

 ちるなも「ありがとうございました」とお礼する。


「さてと」と向き直って眼下の原野に向かおう。

 絶壁の壁沿って道幅50センチ程の道が永遠と続く、清々しい吹き上がる緑風も歩みを妨げる足枷となる。

 ちるなは壁際の道に向かわず真っ直ぐ進んだ。

 絶壁にある足場は50センチ一歩二歩進むともう無い。

 それを気にせずにそのまま進む。

 緑風が吹き上がる。


 ちるなはそのまま中に浮いている。

 ちるなは風を纏って浮いていた。

 これは正虎と砂嵐の砂漠を踏破する時に使ったあのふわふわとちるなが纏う風だ。

 そのままふわふわと木の葉の様に原野へと舞い降りて行く。


 暫く後には絶壁の麓に立っていた。


 噎せ返る様な深緑の息吹に満ち溢れている。

 濃ゆい酸素濃度のせいか身体中の細胞が喜び騒ぐ。

 ただそこに立つだけで生命力が満ちて来る。


 原野は足首までの高さの牧草の様な植物で敷き詰められている。

 ちるなは原野の中心方向に向かって歩き始める。

 歩くといってもふわふわの風を纏っているので少し浮いている。


 少し歩くと大きな湖に出くわす。


 絶壁から遠望した時にキラキラと反射していた湖の一つ。

 位置関係から行くとこの湖を超えて真っ直ぐに進めば中心点に着く筈。


 湖は湖底が見える程に透明度が高くその湖底には大きな朱塗りの鳥居が何故か建っているのが見える。

 まるでダムに沈んだ陸上の遺跡の様で不思議な光景だ。

 どうも湖の上を通るのは良くなさそうなので迂回して湖を超える。


 そう言えば不思議な事にまだ生き物に会わない。

 生命力が満ちて来る様な好環境なのに生き物を見かけない。

 人工物も湖の底の鳥居だけ。

 そう人気、生き物の気配、人工物の痕跡が無い。


 不思議だ。

 どんどん中心に近ずく程に胎児に戻って行く様な生命力の上昇、隆盛を感じる。


 絶壁からは何も見えなかったけど、中心には何があるのか。


 時間は劔山の向こうに太陽が入り原野上空を茜色に染め始めた事で夕方近いのだろうと思う。

 空模様を仰ぎ見て目を前方に移すと原野が途切れていた。

 そう空き地。

 ポツンと空き地。

 白い玉砂利が敷き詰められた空き地。

 その真ん中に粗末な屋根のない杭だけで囲った場所がある。

 その中には紅の日除け傘の下にゴザが敷かれ誰かが座っている。

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