第8話 霧。
霧は静かに。
〜○〜
若君と数十人の近習若武者は深き森の中を進んでいた。
心は殿となってくれた親族と近い付き合いの深さの顔、顔、顔に占められて胸が張り裂けそう。
多分もう会えないのにちゃんとした意味のある言葉も交わさず、ただ最後に交わした言葉だけが次々に去来する。
人の別れ際とは殺伐としたものでその時に吐いた言葉に後付けで心を寄り添わせて別れという場面を一括りに整理してしまう。
別れがそんなに容易く整理がつくものか!
悔し涙が溢れる。
近習の若武者等も男子の対面関係なく、泣き声を隠すことなく歩いている。
今、自分等が行うべき事は若君を本城に送り届けること。
背負った使命、託された想いで一番重い命さえもいつ立ち消えさせても後悔ない程の覚悟が心の芯棒に凝縮される。
深き森をもう歩けないと身体が教えるまで歩き詰めた先に少し開けた野原があった。
若者達は野原に倒れ込み寝息を立て始める。
この窮地の中聞こえる寝息はこれまでの事が夢であり日常にまた戻れるのではと錯覚を起こさせるように平穏なひと時を醸し出す。
若君正虎が目を覚ますと簡易の陣幕が張られて篝火が一つ炊かれていた。
若武者の一人が目を覚ました若君に食事が出来てると告げる。
若武者等も同じ様な道程を経て疲れ切っているであろうにと申し訳なく思う。
その心の動きが横柄でなく同じ位置での目線をする若君は稀有な存在だろう。
10騎の若武者は黒鍬が選抜した手練れ揃いの精鋭ではあるがこの逃避行の疲労は激しく陣幕の入り口を守る3名もウトウトと睡魔と戦っている。
その若者達を仔羊に対する視線で監視する狼どもが居た。
只の狼では無い忍びと言う冷血なケダモノ。
ケダモノが呟く。
「人の是が踏み躙られて儚く散る様は快感じゃ」
人の世は上辺だけの合わせで偽善者面が大方占める。
だが稀に極々稀に動物の中で唯一理性を得た生き物としての崇高さを忘れずに生きる稀人が存在する。
陰湿で嫉妬深くその本性をぷんぷん発散させながら生涯を全うする輩に忌み嫌われる存在。
ケダモノは人の糞みたいな暗部に付け入り生きる。
稀人が本当に存在する事は許されざる事として本能的に敵意を剝きだす。
忍びは追っての部隊に若君発見の報は実行済みで後は殺戮部隊が駆けつけるのを待つばかり。
殺戮部隊は、報告に来た忍びに先導されて目前に迫っていた。
夜陰も深くなり篝火が一層闇の中で輝く。
深き森の漆黒の闇を背に押し寄せる殺戮部隊は正に人の心音を聞く耳さえ持たぬ退化した人だった輩の黒き汚泥の姿。
陣幕の中では若君と若武者が握り飯を半分に割って食べていた。
空腹を優先せずに独り占めせずに分かち合う握り飯。
今では親子の世界でさえも分かち合わない偽善者善が居るがここは違う。
その和やかな空気を愛おしく包む様に二人の背後に霧が舞い降りて来る。
霧が人の背丈ほどに溜まった頃、霧の中に複数の人影が現れる。
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