第4話 ちるな推参。

 どれだけ時間が経ったのだろうか。

 耳を疑う澄み切った音色が響いた。

 それはひとひらの鈴の音だった。

 その音色は荒野を覆う砂塵の耳障りな音の中、小さくとも凛とした強き意思を持って染み渡る。

 不思議な事にその鈴の音は、湖面に広がる波紋のように自我の奥深く染み渡る。

 更にはこの荒野のみならず遥か遠く遠く何処までも染み渡った。


 ひとひらの鈴の音が染み渡った後、“フーッ”と前方の砂塵の中に人影が浮かび上がる。


 その周りだけ砂嵐がパタリと止んだ。


 砂塵の中に出来た台風の目の様な空間から唐突に、

「降り立ちました!ちるな推参!」

「で、あります!」と凛とした声が響く。


 そこには一人の女人が背を向けて立っていた。

 齢22、3だろうか。黒の烏帽子、折り目正しい白装束に紅色の袴。

 古の絵巻物にある白拍子のようだ。

 風は止んでいるのに彼女の周りには砂嵐の風とは別の風が渦巻き白装束の裾をひらひらと揺らす。


 ちるなと名乗ったその女人をぐるりと囲むように、いつの間にか片膝をついた六つの影が居た。


「手筈通りお願い致します」とちるなが一言発すると、

 空気がニヤリと鳴動し、六人の姿は掻き消える。


 数秒後、ちるなの背中側の遥か彼方で爆煙が上がる。

「あれは小太郎さんの方向」と呟きながらちるなが振り返る。


 振り返ったその美貌に言葉が出ない。

 何という美形。

 鳥肌が立つ。。。

 目鼻立ちくっきりで肌の色は純白の真珠色、憂いを含んだ透き通る瞳。

 まなこの色は漆黒に見えるが深い紫紺色その漆黒が艶やかに光を湛える。。

 唇は仄かに桃色。

 烏帽子の中に収まる髪は淑やかなうなじから黒髪である事が分かる。

 立ち姿は首筋がすーっと伸びる鶴のようで、屏風絵の中の美麗が実体となった感がある。


 男の女性の好みは様々、相入れるものではないが、絶上たる美しさは万人が共通に同じくする部分。


 きっと男子ならば誰でも思うだろう。

 捜し求めていた美麗に逢えた!と。


 美麗は視覚的な部分だけではなく、その吐息、その肌の香り、その体温の熱量、その存在があるが故に奏でられる事象全てに美麗が適用される。


 暫くして爆煙の中に緑色の煙が一筋上る。

 ちるなは、少し微笑んで白装束の振袖をふわりと舞わせてまた背中を向ける。


 ちるなが見据える方向から紫の煙が一筋上がる。

「発見の煙が上がりましたわ!」

 それ以外の方向からは緑色の煙が上がっている。

「やはり其方に居わしましたか。

 明暗卿の呪術、正確無比ですね。」

 そう呟くちるなの周りには、五人の影が戻って来て居た。

「ふふふ、目的地は定まりました。

 さて皆様参りましょう!御君の元へ」


 その声と同時に一陣の風が吹き去る。

 もうそこには五人の影はない。

 人影が居た場所を覆い隠すように砂塵が覆い始める。


 ちるなが明らかに自分の方に向き直り話しかけてきた。

「楠公様の血を受け継ぎし正虎様も共に行きましょう!」と、真正面に眼を此方に向ける。


「貴殿は一体」。。。


「申し遅れました」とちるなが頭を下げる。

「とある至高の御君の命を受け、魂清らかな方々を捜し求める白拍子です」


「お見受けするところあなた様は巨大な仁星をお持ちですね。

 窮地にある我が身よりも信じ付き従った多くの方々の安寧ばかりを今も思っておられる」

「あまりにも愚かで清く心地よい空気を纏われている」

「何とも分かり易い魂のお色です」

「大事でも小事でも理不尽を許さず、立ち向かう心音が眩ゆいばかりの魂の輝きとなって放射されております」

「共に参りましょう!」


 この砂嵐のなかの彷徨いも途方に暮れていたところ。

 此方こそ共に行きたい!ただ。。。

 此処はどこなんだ。現世では無いだろうし、極楽?いやいや地獄が可能性あるだろう。

 しかし今は腹が減ってヘロヘロだ。


「その前に一つ条件がある。握り飯を喰いたい」


「ふふっふ、お結びですか!それはそれは、盟約契りを結ぶに最適な選択ですわ」

「あなた様は、分かっておられる。不思議なお方ですね。」

 ちるながくれたおにぎりを頬張りながら決意する。

 悪い人間じゃ無さそうだし、増してや美人、何処かは分からないが一宿一飯の恩義で付き合うのも一興かと。。。心を決めた。

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