第3話 明鏡の想い。

 残り四名の追っ手に頭領が加わり五名が追い縋る。


 直走る正虎と明鏡の行く手から〈ゴーッ〉と地鳴りが響いいて来る。

 周りの空気が湿気を帯び始める。

 遠くに瀑布の音が聴こえる。


「こりゃ、滝だな明鏡!」

 明鏡!千載一遇の好機だ。


 俺が追ってを少し足止めするから狙い定めて滝壺に飛び込みな!そうそう着物は脱いでだぞ」と正虎が明鏡に指示をする。

 明鏡は「承知」と一言発し、着物の帯を解き、着物を脱ぎ捨てながら直走る。

 着物で抑えられていた明鏡の二十代の弾けんばかりの胸が躍動しながら上下に揺れる。

 この窮地でもなかなか良い乳房であると思う我が頭を苦笑いしながら正虎も直走る。


 地鳴りが近い、明鏡を先に行かせ、正虎はくるりと背後に向き直り正眼に刀を構え、明鏡の滝壺への飛び込みを待つ。


 眼前には五人の追っ手がズラリと立ち並んでしまった。

 頭領が「南朝より誉れ高き楠木正成公の直系楠木正虎様とお見受け致す。

 君命にてお命頂戴致す。お覚悟なされよ。」と口上する。


「然もあらん事、お相手致す。」と返答しながら、、まだか〜、明鏡と後ろを振り返りたくなる。


 その正虎の背後から眼も眩む程の光が近付いて来るのに、背を向けている正虎だけ気が付かない。


 頭領が両の手を左右に振る。

 配下四名が左右に散開と同時にクナイを投げる。

 その刹那、正虎の身体がもの凄い力で真後ろ光の中に引っ張られる。

 正虎は感じるその身体を包む光が胎児が感じる母胎の中の温かみであるような安心感に包まれている事を。


 和歌が聴こえる。ひとひらの桃の香の吐息 かたひと時の蝶の夢」明鏡の和歌は桃色吐息。

 だが、投げ放たれたクナイも一緒に吸い込まれる。〈ドスッ〉〈ドス〉と正虎の心臓に突き立つ。


「無念。。明鏡は逃げおおせたか。。」と正虎は血反吐を吐きながら消え入る意識で思ったのを最期に息途絶え命も尽きる。


 正虎の身体は尚も後ろの光に引っ張られて空中を真後ろに飛ぶ。

 その先には奈落へと爆流が落つ滝が見える。

 爆流が直滑降するギリギリの所に岩が突き出ている。

 その岩に明鏡は居た。地母神が命を慈しむ様に両手を広げ、全裸の丹田から眩ゆい光が放射されている。


 追って五名はその女神の如き神々しさに一瞬見惚れる。

 正虎の身体は明鏡の両手に迎い入れられた。明鏡が微笑む。

 そして追っ手を睨めあげる表情は鬼子母神の如く憤怒の形相。


「我が愛しき正虎様を髪の毛一つとも渡すものか〜〜〜」


「正虎様、彼岸へとお逃げあそばせ」

と言葉が終る瞬間に明鏡の額にクナイが突き立つ。


 そのまま正虎は明鏡に抱かれたまま滝壺に落ちて行った。五名の追っ手の額にも同じくクナイが突き立ち。


 凄腕の頭領含めて漏れなく五名とも絶命していた。


 奥義明鏡止水、明鏡の必殺の返し技が追っ手全員を葬った。


 光は滝の爆流の中、滝壺深く深くに落下し静かに着底した。


 正虎も明鏡の姿はもう消え失せ光だけが仄かに滝壺深くで輝くのみ。


 遠い記憶となった今は、夢うつつの慕情か未練か。


 儚きものよ。


 そも誰も答える訳でも無くただ静寂なる無音の水底。

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