第2話 命を燃やす時ぞ来たれり。
スーッと真紅の線が眼を細める様に闇に呑まれた直後、玄蕃の方角から必殺の気合声と幾人もの命の灯火が一瞬に消える寒気が押し寄せる。
まるで冷気が吹き寄せて来る程に尋常ならざる命のやり取りが吹いてくる。冷気の渦中に玄葉は佇む。
居合い特有の鞘を立て持ち、鞘に仕舞う白刃の頭を対峙する追っ手に向けて柄に軽く手を添える。
静寂な佇まいだが、玄葉の周りには既にこの世から去った二十数体の骸が散らばる。
凄腕の居合い達人に真っ向勝負で斬り結ぶは不利と判断した追っ手は、両脇の竹林を掻き分けて玄蕃を抜き去る算段を始めた。
多勢に無勢、この算段には流石の玄蕃も対応は出来ないだろう。
背後に付き従っていた明鏡が急にざわざわと騒ぎ出す。
「なりませぬ、なりませぬぞ、玄蕃殿」、〈うキュアキャキャ〉「うーむ、なりませぬなりませぬなりませぬ、げ・ん・ば・ど・の〜〜」
あまりの激烈な動転の明鏡にやおら飛助が「明鏡の鏡に玄蕃の危機が映った様です。御大将!あっしも此処らでお暇ですわ」と、横藁から声が聞こえた。
だが、もう其処には人影は無く、笹の葉が一つ舞っていた。
正虎は声の方向には振り向かずに直走る。
ニヤリと笑った玄蕃。
これまで玄蕃は一歩も動いていない。
竹林の一本の如く道の真ん中にゆらりと立ち、近ずく者を無心に切る。
その玄葉が動いた!腰に斜めに差す刀の柄の中程にある留め釘を小刀の鞘で〈コンコン〉と叩き釘を抜き柄を引っ張る。
スルスルと音を出しながら柄が伸びる。
伸びきった所で留め釘を挿して固定する。
その後、渾身の力を込めて柄を伸ばすと、〈シャキッ〉と音がして刀の柄と抜き身が決まる。
闇討ちの追っ手等は、玄葉一人が左右に分かれて抜き去ることを阻止する事も出来ないと、してやったり風で左右の竹林の中へと飛び込んで行く。
「さてさて」と鞘から突き出した長い柄に手首までも器用に添わせてまるで腕も刀の一部と同化した様に一本の線を形どる。
先程ニヤリとした玄蕃の表情は飄然とした空気を醸し出している。
竹林の中では、手入れされていない野生の竹林故に隙間無くびっしりと竹が絡み合い、追っ手等は思いの他先に進めないでいる。
奥義一閃斬!その鬱蒼とした竹林の束に〈ピィキッと〉線が疾る。
線を境界としてその左右が前後にズレて別れ行く、竹林に囲まれている追っ手等も同じく左右に別れ行く。
線の出元を手繰るとそこには凄味のある笑みを浮かべた玄葉が線上の先を慈しむが如くに眼を細め遠望する。動きが加速する。
線が左右の竹林に乱れ飛ぶ。
竹林の中に血飛沫が上がらなくなる頃、元の道に左右均等な刈り込まれた空き地が出来、まるで十字架のように綺麗な十字架を形どっていた。
左右に散会した追っ手はもう動く者は居ない。
十字架の真ん中に玄蕃が佇んでいる。
その身体には数十本のクナイや矢じりや吹き矢が針ねずみの様に突き立ち乱立している。
玄蕃は立ったまま絶命していた。
玄蕃の必殺の剣技は防御を一切行わない攻撃のみの技。切ることのみに全霊を傾ける奥義一閃斬。
もう声も聞こえる訳ないその姿から「正虎大将、約定の反故悪いな」と確かに聞こえた。
玄蕃の鬼神の如き居合いの嵐を抜けた者等が居た。
左右の竹林に散った追っ手は実は陽動。
本体は左右に斬り結ぶ玄蕃の真ん中を脱兎の如くに突破抜き去った。
直走るその追っ手は切り結ばれた者等と別格の殺気を帯びている。
直走る者等の最後尾が音も無く崩れ離脱する。
一人二人と欠けて行く。
夜陰に紛れて追っ手の一群と供に走る飛助が居た。
背後から追撃する形で供に走るその姿には誰も気付くことはない。
何故ならそれは影法師。
影法師は、狙い定めた追っ手に走り寄り、影が重なったと同時にその追っ手は呼吸を停止し崩れ去る。
こんな夜陰に影が出来る程の灯りは何処にも無い。
だがそれは紛れもなく黒き影。
玄蕃を抜き去った本体は二十名ほど。
もう五名を残す程に激減している。
ここまで来ると流石に気付く。
先頭の追っ手の頭領が、左右の二人に先頭を譲り脇に一人離脱する。
背後を追走している影を見定めてクナイを投げる。
〈ドスッ〉影から感触が伝わる。
命中した。「お見事」と影が搔き消える。
そこには夜陰に同化し追っ手の直走りに追随する事のみに全身全霊を傾けた飛助の写し身が居た。
当の飛助は遥か後方の玄蕃の隣で命を削り切り必殺の影法師の糸を繰り出す呪印を組んで絶命していた。
夜陰を直走る黒き影は飛助の残留思念を具現化する命と引き換えの究極奥義影法師の姿であったのだ。
命の炎をここぞ使い時と思い切るその念いの強さは壮絶無二であり天晴れ。
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