第4章 その名は正虎

第1話 砂嵐の中で。

 〈ヒューーー〉

 砂嵐が荒れ狂う命のカケラさえも見当たらない殺伐とした荒野の中を俺は彷徨っている。

 兵糧の握り飯は尽きた。

 梅干しはあと2粒、竹筒の水もあと数口だろう。

 一体ここは何処なんだ。


 記憶を辿る。

 あれは、本願寺勢を包囲する陣取りの中、主君である松永久秀殿から盟約を結ぶ織田殿の背後を突けと下知された事に異議を唱え、お諌めした後に天王寺砦から自陣に戻る折に闇討ちに合い追っ手と斬り結ぶ内に滝壺に落ちた。

 暗い暗い奈落の中で記憶は途切れた。


 我、楠木正虎とその郎党が松永殿に助成したは永代からの浅からぬ縁もあるが、精鋭ぞろいの我が子飼いの郎党の力量を確と認めて下さる松永殿の眼力に安堵を見出した点が多分にある。


 だが魂が違った、戦国の下剋上とは言え盟約を結び懇意厚く、信服しきりの友を後ろから襲うなど到底受け容れざるゲスの極み。


 異を唱えると我も闇討ちか。

 然もあらん。。。


 顛末は何処とも知れぬ砂塵の荒野を彷徨い朽ち果てるか。

 不甲斐ない終わりだが不思議と心は平穏。

 ただ、ここまで鍛え育んだ我が軍団、いや兄弟の契りを育んだ輩とまだまだ暴れたかった。


 我等には一芸に秀でる技を心血を注ぎ会得した王者の誇りが皆にあった。


 そこが未練だな。

 もっと皆と暴れたかった。


 闇討ちを受ける事は、松永殿の陣屋となっている天王寺砦の大手門をくぐる際に見送りに出てきた懇意の家老が雲一つない夕暮れの空を見上げて、「これはこれは雨模様で御座るな〜」と呟き見限られた事を暗に教えてくれた。

 主君はゲスでも臣下は武士の心を持ち得ている人物も居る。


 今度、酒でも馳走するか。

 いやはや、それは叶わぬかな。


 主君の陣屋に赴くのだから手勢も数名のみだった。

 襲われると分かりながらも迎え撃つ手立てもなく大手門をくぐり、自陣へと歩を進める虚しさ仕切り。


 使い飛脚で足の速い疾風ハヤテに、闇討ちに合うこと、自陣の我が軍団に速やかに自国へと遁走する事の伝言託し、自陣とは逆方向に向かい走らせ夕闇に紛れて迂回して自陣へ向う事を言い含めて放つ。


 細々と差配を言い含めると闇討ちの輩が怪しむが、そこは我が手塩の軍団メンバーである疾風、一つで十を悟り駈け去った。


 残る手勢は居合いの玄蕃ゲンバと甲州乱破の飛助トビスケと尼僧の明鏡メイキョウの三名。

 三名ともに事の状況は既に肌で感じ承知だろう。

 自陣屋への道程を何も無いように淡々と歩む。


 流石に町外れの一里塚まで来ると人気も無くなり、夕刻の帳で薄暗い闇が広がり寂しさも増す。


 道が竹藪の中を横断する一本道に入ると、玄蕃が「大将、秋も深まって参り候。風邪など引かずに健やか也や」と一礼すると拙者は此処で一休み致す所存と、どっかと道に座り込む。


「ぬしこそ、寒気にやられて鼻垂れとならぬ事よ」とほくそ笑みながら玄葉の脇で立ち止まり肩口を掴み、「闇討ち等に抜けられても良い、かく乱して逃げろ。死は許さぬ。」と告げる。


 竹林の薄暗さも手伝い、夕刻の闇の訪れはつるべ落としの速さで闇をはべらせる。


 丁度、竹林を分けて通る一本道の闇討ちの追っ手が来る方向が真西にあたり真っ赤に燃立つ夕陽が闇に抗う様に最後の炎を焼べらせる。


 真紅の炎を背にして一本道のど真ん中に座する玄蕃の姿が命の灯火の様に恐ろしい程に美しく燃立つ。


「玄葉よ、燃え尽きる事なく生き長らえよ。」呟きは刹那に生きる武士の境地、共感を吐露して静寂に黙す。

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