第57話 生命の海。

 がしゃどくろの目から飛び出したミケちゃんを確認すると小豆公望が雪姫に開門を合図する。

 大襖おおふすまを凍結させていた雪姫の絶対零度の結界が溶けてゆく。


〈ゴーッ〉と屋敷の敷地外から物凄い勢いで水が帯状の形で流れ込む。

 窪地に沿うのではなく水自体が意志があるように一直線に大襖を目指す。

 大襖の前で水は渦を巻いて止まる。


 そこに〈ギーコギーコ〉と巨大な安宅船あたけぶねがやって来る。

 小さな城を運んでいる様に見える軍船だ。

 天守閣には恵比寿さんが陣取る。

 甲板には賑やかな鳴り物を手に囃し立てる海の妖怪が大勢乗っている。


 大襖の横には数十のゴーレムが腕を掲げて立つ。

 手のひらの上には大きな櫓が組まれその上に陸の妖怪達が立ち並ぶ。


 安宅船がゴーレムの横に停泊する。

「黄泉比良坂が開きおったか、穢けがれを祓わねばの〜」と恵比寿さんが天守より声を掛ける。


「お待たせ致しました恵比寿様」

「黒き沼、黄泉比良坂の入口は土塁で囲みました」


「生命の息吹が宿る海水で瘴気諸共穢れを押し流して頂ければと思います」


「成る程成る程、それで楽しき妖どもの犠牲は如何程出ておる」

 柔かな表情の恵比寿様の眼がギロリと光る。


「ゼロで御座います。こちらエミリア殿のゴーレムへの憑依で妖本体は傷つかぬ戦略が実現出来ておりまする」


「なんと!一人も欠けておらぬのか!上々上々素晴らしき!天晴れじゃ」

「小豆公望!類い稀なき軍師と聞いておったが素晴らしき」

「ほうれ褒美じゃ鯛を受けよ」

 天守から鯛が飛んでくる。


 小豆公望の頭上の空中で鯛がひと跳ねすると眩い黄金色の光と化す。

 黄金の光が降り注ぐ中で背中に後光が宿る。


「これは!えーとえーと有難き事、有難う御座います」


「妖しきものを大事にしてくれる気持ちへの恵比寿からのお礼の褒美じゃ」


「水蛭子ヒルコとして育った幼少期に伊邪那岐命と伊邪那美命の親代わりとなり五体不自由な儂を分け隔てなく受け入れて育ててくれたのが妖しきものらじゃ」

「儂が授ける福は妖しものらからの授かり物」

「儂が福を授ける対象は妖しきものの心音を持つ真心の者ののみじゃ」


 雪姫の氷結結界が完全に溶けた。


 巨大な安宅船が勢い良く大襖の入り口の間口を大きく広げながら討ち入る。

 その安宅船の後ろに巨大な黒い山が従い続く海坊主だ!

 黒い山の上には海座頭が呪文を唱えながら直立不動に立っている。

 その後ろからはこれも小山ほどもある牛の顔で蜘蛛の体の牛鬼。

 水面ギリギリに没しながら進む赤い島の様な赤えい。

 海のものらの進軍が続く。


 安宅船は宴会場に入ると甲板の鳴り物を手に囃し立て方の海の妖怪に代わって鎧武者が弓を携えてズラリと居並ぶ。

 衣蛸が号令する。

 矢つがえ!

 構え!

 放て!


 安宅船の左右から瘴気漂う宴会場に蠢く幽鬼目掛けて矢が降り注ぐ。


 ただの矢ではない。

 亡者の天敵となる生命が溢れる海水に浸された矢尻。

 どんどん流入する海水は生命の息吹で瘴気を消し去り幽鬼を燃やす。


 黒き沼の土塁で唯一入口となるがしゃどくろの隙間だらけの骸骨姿を海坊主に乗る海座頭が指差す。

 海水が生き物の様にがしゃどくろ目掛けて流れ込む。


〈ゴーーッ〉黄泉比良坂よもつひらさかの坂を濁流が流れ込む。

 黄泉醜女は海水の生命の息吹に焼かれながら地獄へと押し流される。


 黒き沼はがしゃどくろの髑髏が蓋となり栓がされる。

 髑髏の上に土塁の土砂が海水で流され降り注ぐ。


 黒き沼の埋没を天守より確認した恵比寿様は海座頭に目配せをする。

 受けて海座頭は海流陣の術を解く。


 途端、帯状に整えられて流れていた海水が〈パーン〉と箍を外し四方に流れ込む。

 海水に浸っていなかった宴会場全てに満遍なく海水が流れ込む。


 瘴気は消え。

 幽鬼は燃え。


 鬼達のゴーレム、天狗達のゴーレムは満身創痍のため動けずに海水に半身墓標の様に没している。


 斬り込み方は大襖まで撤退して警護中。


 力押し方の残存は、黒き沼の栓となったがしゃどくろ、土塁に身体の土を提供したダイダラボッチ以外は戻って来た。

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