第42話 ルーツ。

 猫、百年のよわいであるものは猫又となり、飼い主の無念の怨念を媒介に怪猫かいびょうと化す。


 変幻の化け物。


 何故にたかが畜生の類がそこまでの霊力を秘めて化け物と化すのか。

 ルーツは紀元前3500年頃にチグリス・ユーフラテス川の肥沃な大地に開花した古代メソポタミア文明の中に居た。


 古代メソポタミア文明は複数の古代王国の集合でありチグリス・ユーフラテス川下流の南部地域に展開していた大バビロニア帝国の王ネブカドネザル2世が首都バビロンに愛するアミュティス王妃の為に建造した空中庭園。

 その空中庭園の中アミュティス王妃の傍にそれは居た。

 人たる王であるネブカドネザル2世は異星の神々が棲まうイシュタール地方の神々が唯一認めた我欲が存在しないパーフェクトな人類だった。

 そしてイシュタールの神々の王の娘アミュティス女王を王妃に迎えていた。

 その二人の話題は口すると軽やかな小鳥の囀りの様な風を紡ぎ出し大バビロニアの民を至福で優しく優しく包んだ。


 それはアミュティス王妃の警護を兼ねたイシュタールの神々の全力の善を精神支柱としてイシュタール最高峰の超科学で産み出された究極生命体だった。

 その姿はアミュティス王妃が一番幸せを感じた時に目にした動物の姿をしている。

 ネブカドネザル2世がお忍びで連れて行ってくれたエジプト地方の民家の軒先にいた漆黒の身体に四つ足だけが靴下を履いている様に白い猫の姿。


 二人の至福、バビロニアの民衆の至福、至福はイシュタールの善を運ぶ風となり、この世のパラダイスを出現させた。


 一方で近隣王国や民に妬み嫉妬の心を増長させる。


 空中庭園のお披露目の式典の日。

 バビロニアの近隣王国からのお祝いの使節団、民達が王都バビロンに溢れ、空中庭園も一般公開された。

 バビロニアは至福に満ち溢れているので警備も何も無い、人の善意で治安を保っていた。


 かっての何処かの国の古の時代の様に…。


 アミュティス王妃は空中庭園の王妃専用の小鳥の泉の廟の純白の大理石の上で肉片と化していた。

 複数人での執拗なまでの殴打で生きたまま肉片と化していた。

 精気の消えたその瞳には涙が溢れていた。


 いつも傍から離れたことの無いその猫はアミュティス王妃に小鳥が騒ぐからと小鳥の泉の廟の外で待っていた。

 猫はアミュティス王妃の言い付けに従う形を装って数分待つ事にした。


 庭園の芳しき緑風に歪な匂いを嗅ぎ取った。


 血の匂い!


 猫は駈けた。

 全速力で駈けた。


 もう思い出したくも無いその惨劇。

 愚か!愚かな人類、嫉妬、物欲、持たない事への妬み。

 思うだけで怒りが頂点に達する。


 アミュティス王妃の哀しげな瞳。

 消えた生命の空虚。


 首都バビロンに他国の軍隊が押し寄せ火の手が上がった。

 その黒煙と炎の赤を背にその猫は純白の大理石に溜まった真っ赤なアミュティス王妃の血を舐めた。


 紀元前に人類の頂点の至福を実現した若き王様と王妃は歴史から消えた。

 子も授かっていないので血筋も絶え、神々の国イシュタールも幻の如く消えた。

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