第41話 振り返る恐怖。

 煉獄回廊、地獄の入口。


 ここに棲まう幽鬼はまだまだ現世に強い未練を抱く。

 低俗な業ごう。

 それは物欲。

 自身が滅して身体自体持たないのに物への執着心が強い。

 黄泉鬼女もその類たぐいに漏れず。

 極めて強い物欲をここでの存在の核として持っている。


 古の神話の黄泉比良坂でイザナギが黄泉鬼女から逃げ果せたのもこの極めて強い物欲のお陰でもある。

 イザナギが身に付けているいる物を投げ捨てるたびにそれは食べ物や物に変幻して黄泉鬼女の足止めとなった。


 黄泉醜女が振掛けるドス黒い液体は現世でのドブの汚泥おでい水。

 この不潔極まりない汚泥水の元は数多の人らの物欲の果ての塵糞ちりぐそ

 ゆうなれば、それは物欲の純度の高いエッセンス。

 その糞水の甘味な物欲の誘いで黄泉鬼女は無限に這い出て来る。


 この煉獄回廊は無限に続く、物欲という低俗な業に囚われた亡者の監獄。

 物欲を昇華した地獄人にとってはすんなりと通過するただの廊下。

 ここをすんなりと抜ける正真正銘の極悪はもっと先に控えるまことの地獄へと落ちて行く。


 ドブ水の雫でウジャウジャと黄泉鬼女が這い出て来る。


 それを束ねる黄泉醜女はイザナミの追討部隊の指揮官に選ばれた程の力量がある。

 その黄泉醜女と対峙するミケちゃんの腕力を遥かに凌ぐ剛力を持っている。

 一対一の戦闘には絶対的な自信を持っている。


 黄泉醜女の配下の鬼女醜女もそれに準ずる剛力を持つ。

 その自信の表れで〈のそりのそり〉と歩んで来る。


 ミケちゃんは鬼女醜女を飛び越えて着地したままで背を向けて微動だにしない。


〈グゥウオオオオオオ〉

 煉獄回廊に瘴気の風が吹き抜ける。

 風に吹かれて思い出した様にミケちゃんが鬼女醜女の方を振り返る。


〈ギヤーーーー〉


 鬼女醜女は悲鳴を引き摺りながら脱兎の如く全速力で逃げる。


「バカな!バカな!何故、何故」

「初めて見たぞ、早く逃げねば」


 鬼女醜女の顔半分、ミケちゃんに見られてた側が顔面神経痛状態で引きっている。

 もう鬼女醜女は泣きながら走っている。

 地獄で恐怖を体現する側である鬼女醜女が普通の人の様に恐怖に怯え絶望から必死で逃げる。

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