3.安対怪異二課 越後屋京子

 越後屋京子えちごやきょうこさんはきっちりとした黒を基調としたゴシック・アンド・ロリータなファッションに身を包んでいて、それだというのに路上でストレッチをしていて、地面に腰を落としてぐんぐんと体を伸ばす。どうして師匠といい今日はこういう服装の人とばかり会うのだろう。

 夏だからかわからないけどストレッチをしながらも真っ黒な日傘を片手で器用にさしている。

 なのに越後屋さんはこんな暑い日だというのに汗ひとつかいていなくて、むしろ涼しげな顔をしている。

 学生街が近くにあるものだから通りかかった学生たちから結構な奇異の目で見られるのだけど全く気にせずガンガン全身を伸ばす。その立ち振る舞いは完全に奇妙としか言いようが無いのだけど越後屋さんは自分が絶対的な正義の下に正しさを体現していると信じ切っているクレイジー越後屋京子さんなので全く意に介さない。

「まぁまぁまぁまぁまぁ〜、久遠さんが手伝ってくれるんですね〜今回。ありがたいですよぉ〜」

 目をパチクリとさせながら越後屋さんが私にそう言う。越後屋さんの長いまつ毛が瞬きのたびに揺れる。

「越後屋さん、相変わらず自由ですね……」

「ええ〜、だってこれから仕事ですし、ちゃんと動けるようにしないと」

「いやこんな往来で……いや、まぁどうでもいいです……」

「久遠さん、相変わらずかわいいですねえ。本当……学校卒業したらウチの職場来て欲しいですよぉ」

「かわいいっての、越後屋さんに言われると怖いんでやめてください……」

「ええ、だってこんなに小さくてかわいいのに……」

 私を見下ろしながら越後屋さんはそう言う。大体180cmある越後屋さんから見たら私も東光院さんも榎音未さんも対外小さくてかわいい存在なのでは?なんて思うけどいちいちこの人のペースに合わせていると飲まれてしまうので気を付けないといけない。

「いや……とりあえず立ってください。人目もあるので……」

「はいはい」

 年齢も格好もバラついている制服の高校生までいる四人組が路上に集まっているだけでだいぶ人目を引くのに、地面に座ってストレッチまでされたらだいぶ恥ずかしい。

「あら、初めての方もいらっしゃるんですねぇ」

「はじめまして……榎音未です」

 そう言って榎音未さんがお辞儀をする。年齢的には榎音未さんと越後屋さんは同年代みたいな感じだろうか。越後屋さんは越後屋さんで結構異質なノリの人だから師匠とかとはまた違って榎音未さんも引いているかもな、なんてちょっと気が引ける。巻き込んでおいてなんだが《怪異》とかよりこういう人との関わりの方が申し訳なくなるのは榎音未さんがそういう日常にいなかったからだろうか?

「ふんふん」

 越後屋さんが榎音未さんを上から下に見て回る。この人はそうやってすぐ人を査定するような見方をしがちなところがあるな、なんて私はちょっと思う。

「なるほど、中々かわいいところがありますね……」

「かわいい……ですか?いや私そんなところはないと思うんですが……」

 榎音未さんがそう言って戸惑う。年上の人にかわいいかわいい私が連呼するのは失礼かもな、なんて思って言わないけど結構榎音未さんは可愛いところもあると思う。メガネと少し長めの髪で雰囲気が儚げなところがあって、そこがある種の神秘性を持つし、同時に相反する可愛さみたいなものがあると思う。

 とはいえ、越後屋さんの「かわいい」は私の感じる「かわいい」と違うのでなんとも言えないのだけど……

「越後屋さん、榎音未さんが困ってるので少しは調子合わせてください……榎音未さん、この人の褒め言葉は全部かわいいになるので……なんか褒められたくらいに捉えていただけると……」

「はぁ……」

 困惑気味の榎音未さんをほとんど意に介さず越後屋さんは悠然としている。この人は自分が人に下した評価をどう受け取られようと気になんてしないのだ。

「そうですかぁ。かわいいと思うんですけどねえ。あ、もちろん久遠さんもかわいいですよぉ」

「越後屋さんの《異能》とか見てる身としてはその評価は怖くてしょうがないですけどね……」

 本当に、こわい。

「久遠さん、それじゃあこの方も……」

 耳打ちで榎音未さんが聞いてくる。

「そうです。この方も、異能者です」

「どうもぉ〜。公安対怪異二課、越後屋京子です。お見知りおきください」

 公安対怪異二課、越後屋京子。

 五葉塾とはまた違う場に所属しながら《怪異》や《異能》と関わる存在。《怪異》を鎮める、《異能》をねじ伏せる、血みどろの現場も、何もないような日常に潜む怪異も、何もかも見逃さず調停する個人であり公人。

 公安対怪異二課、表向きには存在しない隠された組織。そこに所属する人間は、ズレた世界と同様のズレを持って相対する。

 怪異異能のエキスパート、それが越後屋京子さんだ。

 ちなみに服装は『任務に支障のない、最適な格好をすること』という独自ルールがあって、それに準じて越後屋さんはゴシック・アンド・ロリータで統一しているのだとか。それがかわいいからだとか。深くは考えてはいけない。それが越後屋さんだから。

「越後屋さん、そろそろ本題に入りましょう。五葉塾に対怪異二課が依頼するということはそれだけの話であるはずです」

 それまで黙っていた東光院さんが言葉を差し込んでくる。こういうサポートが東光院さんはありがたい。私だとどうしても越後屋さんのペースに飲まれてあと30分はこんなノリが続いてた。

 東光院さんは五葉塾がキャッチした怪異に関わる事件の情報収集から私みたいな異能者の送迎から後処理、怪異以外の揉め事解決から公安とのやりとりまでやってくれている。最近だと経理まがいのことまでやらされているとか……直接怪異とどんぱちやるだけが才能じゃないのだ、重要じゃないのだ。そう、思う。

「そうですね。確かにそういう目的だから貴方たちに依頼をしたんでした」

 越後屋さんの声が鋭くなる。それまでのゆるい感じが消えていく。決して敵意ではない。さっきまでの私たちへの友好のポーズは仕事故のポーズだけど、それでも仕事上なりの友好さは持っている。でも、それはそれだ。

 越後屋さんは五葉塾とはまた異なる怪異《異能》のエキスパートであり異能者。

 真っ当な人間社会の尺度だけでは測り得ない感覚の人。

 だから東光院さんは仕事上以上の距離感を崩さない。

 だから私も一定以上は心を許さない。

 それが適切な距離だから。

「連続通り魔殺人がこの街で起きています。それも《怪異》が関係している可能性が濃厚です」

 やはり。東光院さんに連れられてここに来るまでに見た資料で予想していた事柄。

 ここのところちょっとしたセンセーショナルなニュースで持ちきりの事件。

「対怪異二課ではそれに関わる《怪異》を都市伝説に起因するものと推測しています。事件の真相を明かし、それを調停する。それが私たちの目的です」

 都市伝説起因の《怪異》。

 《怪異》は信じることが作る。多くの人々の志向性を持った《信じること》の集合体。語り継がれる恐怖の顕現。

 人々にいないと語られても、笑われても、その存在が揺らいでいても、それでもなお残るもの。

「口裂け女——昭和から語られ今なお消えぬ《怪異》の目撃情報を私たちは入手しています」

 誰にでも知られる、今では誰も信じていない。何処にもいないはずなのに何処にでもいる《怪異》の名を、告げた。

「久遠さんにはですねぇ。その口裂け女を何とかしてもらいたくってですねぇ」

 と、越後屋さんは簡単に言い放つ。

「少しの距離なので、歩いていきましょう。この道なりにいくつもある事件現場へ」

 そうして、私たちは歩き出す。

 事件の現場へと。怪異の目撃された場所へと。

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