第8話 攫われた王女を救出せよ!
ミストによって降伏が認められたセイヤは、与えられた一室で肘から先が失われた右腕を見下ろし、歯を食いしばる。
「畜生……」
すでに過去にあった腕の痛みはなくなっている。マリアと呼ばれる女性によってかけられた治癒魔術は、セイヤが使えるモノとは一線を画しており、信じられない勢いでその機能を回復させていったからだ。
腐りかけていた自分の腕が健康的に戻る様はある意味グロテスクだったが、それ以上に早く治れという思いが強かった。
とはいえ、さすがに切り飛ばされてから時間が経っているせいか、腕をくっつけるのには多少の時間が必要とのことだ。だが元に戻るお墨付きはもらっている。
それならいい。まだ戦えるなら、なんだって良かった。
セイヤは一人、ベッドの上でこれからの事を考える。
「勝てるのか、俺は……」
思わず自問自答してしまうが、それも無理のない話だ。
思い出すのは、魔神との戦いの記憶。
――力を見せてみろ。
突然現れたフードの男は、ミスト軍へと向かうセイヤとイリーナに向かってそう言い放った。
セイヤは聖剣に選ばれ、光の精霊の加護を得た勇者だ。そしてイリーナは魔王クロノさえその力の大きさに封印を選ばざる得なかった最強の魔族。
そんな二人にとって、脅威を覚えるような敵というのは、早々現れるものではない。
確かに男は一目で普通ではない雰囲気を醸し出していたが、それでもセイヤは負けるとは思えなかった。だがそれもフードの男が見覚えのある黒い剣を抜き放ったことで雰囲気が一変する。
魔王クロノが使っていた魔界最強の剣――黒の剣。
それを持って飛び出したフードの男による圧力は、あまりにも重く苦しいものへと変貌していく。それは、かつて敵対した魔王クロノや、邪神ミストすら上回るほどだ。
とはいえ、セイヤも今や歴戦の剣士。一瞬で最大級の脅威と判断し、初撃を受け止めた後はお返しとばかりに反撃にも出た。
そして数合も打ち合えば敵の力量は読み取れる。読み取って、信じられない思いだった。
魔界でも地上でも、今のセイヤとまともに打ち合えるものなどほとんどいない。だが目の前の男は、明らかに自分よりも強いことに気付いたのだ。
その焦りがイリーナにも伝わったのだろう。彼女は援護するようにフードの男に魔術を放つも、あっさりと防がれてしまう。それも、セイヤと打ち合う片手間で。
――ヤバい!
セイヤの腕が切り飛ばされたのは、そう思った瞬間だった。
一瞬の思考停止――そして気が付いたとき、セイヤは殴り飛ばされていた。あまりに重い一撃に脳が揺られ、立ち上がることも出来ずに地面へ伏してしまう。
意識が朦朧とする中、己の名を叫ぶイリーナの声が聞こえてくるが、体に力が入らない。そうしている内に、紅い空に覆われていた大地は白い雪景色へと変貌していく。
イリーナが全力で戦っている。だが、セイヤすら敗北した今、彼女一人で太刀打ち出来る相手ではない。
――逃げろ! 逃げろ! 逃げろ!
セイヤは動かない体と意識に鞭を打ち、必死に心の中で叫ぶ。だが激しい魔術のぶつかり合いは、セイヤの体から光と音を奪っていく。
そして、セイヤの意識がようやくハッキリとした頃、白い大地からはあらゆる生命の息吹が消え去った後だった。
「俺が、守るって約束したのに……」
完膚なきまでに負けだった。決して不意打ちなどではない。正面から戦いを挑まれ、全力を出しつくし、そして負けたのだ。
最後までフードを被っていたせいでその顔を見ることは叶わなかったが、その圧倒的な存在感は普通の魔人とは明らかに違っていた。
そう、敵は名乗りこそしなかったが間違いない。あれこそが魔神だ。そう勇者としての本能が告げている。
かつて対峙した魔王クロノさえ超越したその存在感は、正に魔の神と呼ぶに相応しいものだった。
ハッキリ言って、勝てるビジョンが思い浮かばない。これまでどんな相手であっても、全力さえ出せば勝てないと思ったことはなかった。
それは魔王クロノにしても、ミストにしてもだ。
だがあの時対峙したあの魔神は、その強さの底が見えなった。例え聖剣の力をフルに使ったとしても、勝てるとは思えないのだ。
「ちっくしょう! 何が聖剣の勇者だ! 何が光の精霊の加護だ! 女一人守れない俺に、いったい何の価値がある!?」
セイヤは声を荒げ、思い切りベッドを残った左腕で叩く。
魔神の強さはセイヤの想定をはるかに上回っていた。例え残った魔族を引き連れて戦ったとしても、死体の山が出来上がる未来しかない。
だからこそ、彼は一つの手段に出た。セイヤの知る限り最も危険で、最も手を借りるべきではない相手に頭を下げるという手段。
「アイツ等となら――きっと……!」
ミスト・シノミヤ・フローディア。そしてトール・シノミヤ・フローディア。
セイヤの知る限り、世界最強の戦力を持った少女と、世界最強の力を持った魔術師。この二人に加え、自分が一緒に戦えば、魔神相手でも勝機はあるはずだ。
以前の魔王クロノとの時とは違う。セイヤの降伏はあっさりと認められた。それはつまり、彼らもまた、セイヤという手札を手に入れたかったに違いない。
この戦いの後、何を要求されるかは恐ろしいが、もはや手段は選んではいられないのだ。時間は刻一刻と過ぎていく。
理由はわからないが、魔神はイリーナをその場で殺されず連れ去った。とすれば、何かしらの目的があると考えるのが妥当だろう。
それが碌なモノでないことは簡単に想像できる。
セイヤはもう一度己の腕を見る。傷口は抉れているが、出血も痛みもない。違和感はあるものの、今この状態でも十分に動けてしまうだけに、戦いに赴けないこの時間に焦りを覚えてしまう。
「くそ、まだか?」
「まだに決まってるでしょう? ったくどいつもこいつも、腕が簡単にくっつくと思ってんじゃないわよ」
セイヤの言葉に対し、青髪をポニーテールにした少女が不機嫌そうに入ってくる。最初に治療をしてもらったときに自己紹介をした少女――マリアだ。
「ほら、これ」
彼女は手に持った腕をポイッとセイヤへ投げる。
慌てて受け取ると、その腕は腐りかけていた時とは違い、健康的な肌色をしていた。少なくともセイヤの持つ治療魔術では、切り飛ばされた腕をこうも見事に治すことは出来ない。これだけ見ても、彼女の力量がうかがえる。
「今からくっつけるから、千切れた腕出しなさい」
「あ、ああ!」
言われた通り、素直に腕を差し出す。その腕をマリアは真剣な表情でにらみ、ゆっくり腕をくっつけると、自分の指をそっと傷口に当てる。
「結構痛いけど、無視するから」
「おう、頼――ガァァァァァァ!」
まるで切れた腕の傷口を溶岩に押し当てられたような、灼熱の痛みがセイヤを襲う。そのあまりの激痛に思わず声を荒げてしまうが、最初の宣言通りマリアはまるで無視したように治療を続けていく。
――男なら黙ってなさい。
そんな無言の圧力だけをかけながら、いくら喚こうがマリアは気にしない。
そして数分後、セイヤの腕は見事に元通りとなっていた。
「はい、おしまい」
「ハァ! ハァ! ハァ!」
荒い呼吸を整えるように大きく息を吐く。そしてしばらく経ち、腕の動きを確認するように何度も掌を開け閉めする。
違和感はない。切られる前と同じように動く。
「助かった。これでまた、俺は戦える!」
「あっそ。でもまあ、もう戦う機会はないかもね」
最大級の感謝の気持ちを込めて言った言葉だが、マリアの返事は妙に意味深だ。思わずマジマジと彼女を見てしまう。
「……どういう意味だ?」
「だって――」
――もうミスト様、とっくに魔神のとこへ向かっているもの。
その言葉を聞いたセイヤは、思わず固まってしまう。
己を戦力の一部として計算していた彼だが、どうやら件の少女はそんな計算など全くなく、相変わらず唯我独尊のまま生きているようだ。
――魔王イリーナを一緒に救出してほしい。
そう願ったはずだが、どうやら一緒という部分は聞いてもらえなかったらしい。
「あああ、もう! わかった! なら俺も、勝手にやってやる! おいアンタ!」
「アンタじゃないわ。マリアよ」
「じゃあマリア! マジで助かった! この恩はぜってぇ返すから!」
「そう……まあ期待しないでおくわ。生きて帰ってくるとも思えないしね」
淡々とそう言うマリアは、そのまま部屋から出ていった。
それを見送ったセイヤは、壁に立てかけられた聖剣を掴む。
「待ってろよイリーナ。今度こそ、守るから」
そう誓いを立てて、セイヤは部屋を出る。その先に、たとえ戦えなくなっても構わない。ただ一つ、この誓いだけは絶対に、破らないと心に秘めながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます