アウステルッツ三帝会戦 その12


 追撃するヨハンセンは、敵が後退戦で防御に回るとわかっていたので、予め麾下の艦艇数隻を一つのグループ分けして、そのグループに砲撃を面ではなく密にするように命じていた。そのことにより、例えエネルギーをシールドに回していても、集中攻撃を受けた敵艦は一隻一隻確実に撃沈されていく。


 その頃、後退中の三人の司令官に、ドクトゥロフの艦隊の潰走と敵艦隊9000隻が後方の出口にいるという悲報が届いていた。


「すまん……。諸君らに援軍を送りたいが、ワシの直掩艦隊1000隻の内、800隻もドクトゥロフ艦隊の援軍に出して撃沈した。よって、戦線維持が不可能となり、ワシの艦も撤退する。あとは、諸君らの判断で行動してくれ」


 これは”降伏してもよい”ということが、暗に含まれている。

 クリューコフは三人に敬礼し、答礼を確認すると通信を切った。


 敵左翼艦隊は後退戦を開始した時の8000隻から、既に約6000隻まで撃ち減らされている。

 そこに出口に敵艦隊5000隻という報告を受け、三艦隊は士気が下がり絶望の空気が漂っていた。


「どうする? 降伏するか?」


「そうだな……。前後を挟まれ補給もできず… 兵達の士気も下がっている。この状況で、まともに戦うことはできんな」


 プリビチェフスキーの意見に、厳しい表情でランゲロンが答える


「せめて他の艦隊の状況がわかれば、まだ戦いようはあるのだが……」


 キエンマイヤーの言う通り、狭い宙域で前後の敵艦隊が妨害電波を発して通信が遮断されているため、彼らには詳しい外の状況が掴めないでいた。


「起死回生をかけて、突撃するか?」

「突撃するにして、どちらにする? 追撃を掛けてきている前方の1万隻か? それとも後方の9千隻か?」


 プリビチェフスキーの問いに、ランゲロンが質問で返す。


「それは……」


 その問いに答えられず、プリビチェフスキーは言葉に詰まったが、この問いには他の二人も即断できないモノであった。


 普通に考えれば敵前回頭せずに済む前方であるが、その相手は自分達を散々手玉に取って、圧倒的有利な状況からこの不利状況に追い込んだ司令官である。この突撃も予想済みで、手痛い策を用意しているかもしれない。


 その疑心暗鬼がヨハンセンを必要以上に大きく見せ、彼らがこの状況を打破できた突撃の機会を全て潰し、後退という安全策を取らせ続けたのであった。


 そして、約6千隻にまで減った艦隊では、どちらに突撃しても大損害を受けるだろう。

 三提督が降伏の決断を迷っていると、その決断を促すよう報告がなされる。


「後方より、敵艦隊接近! 数は約5000隻!」

「なんだと!?」

「もう来たというのか……」


 ランゲロンとプリビチェフスキーは、後方からの敵艦隊接近に驚きを隠せない。

 ドクトゥロフ艦隊との戦闘後に、補給と艦隊の隊列を整えこの宙域への移動をこの速度でやってのけたことに対してである。


 これは後方の艦隊を率いる司令官の有能さ、そして兵士たちの士気と練度の高さを如実に物語っていた。


 つまりは、どちらに突撃しても大損害を受ける可能性が高いことが、予測されるということである。


「これ以上、兵達を無駄死にさせるわけにはいかんな……」

「ああ、兵士達の命を救うためには仕方がないな……」

「そうだな……」


 ランゲロンがそう口にすると、あとの二人もその意見を肯定した。


 敵に降伏するのはあくまで兵士達の命を助けるためであり、祖国への忠誠と軍人としての使命を蔑ろにすることではないという大義名分を彼らは主張しているのだ。


 後に、臆病者や裏切り者の誹りを受けないように……


 ヨハンセンとルイ両艦隊に、三艦隊から降伏を申し込む通信が送られてきた。


 降伏を受け入れたヨハンセンは、故障した艦の修理や負傷者の手当をさせながら、敵艦隊に機関停止と武装解除などの敵艦隊の降伏作業を行わせる。


 そこに、ルイから緊急通信が入った。


「ヨハンセンさ― 大将、我が艦隊はこれより反転して、味方左翼艦隊の応援に向かいます」

「了解しました。ここは我が右翼艦隊に任せて、左翼艦隊への救援に向かってください」


 味方左翼艦隊(リュス艦隊)と敵艦隊の戦闘は未だ続いており、至急救援に向かわねばならず、それが解っているヨハンセンは、二つ返事で応じる。


「後は頼みます」


 ヨハンセンが承諾すると、ルイは敬礼して通信を切り艦隊を急速回頭させると、進軍してきた道を急進していく。


 その姿をモニターで見送りながら、彼は直様エドガーを呼び出す。


「閣下、何か?」


「マクスウェル少将。疲れているところ悪いけど、君の艦隊は至急残った補給物資で補給し、陛下の元に向かって護衛してくれ。念には念をというやつさ」


 ヨハンセン率いる右翼艦隊が左翼の救援に向かわないのは、補給物資が足りないからであった。そのため、せめて足の早いエドガー艦隊だけでも補給して、フランの護衛をさせようという考えである。


「了解しました」


 エドガーはそう言って敬礼すると、通信を切って行動に移す。


 その頃―

 ガリアルム左翼艦隊と敵右翼艦隊が、一進一退の攻防を続けていた。

 開戦時から続いていた均衡が崩れたのは、時間的にルイがドクトゥロフ艦隊と交戦を開始する少し前となる。


 リュス撃ち合うバラチオンの元に、オペレーターから通信が齎された。


「10時の方向より、敵艦隊接近! 数はおよそ4000隻!」


 それはクリューコフ艦隊を撃破して、リュスの救援にやってきたウィルの艦隊である。


「至急陛下に援軍要請をおこなえ!」

「は、はい!」


 バラチオンの指示にオペレーターが慌てて、通信を旗艦本部に繋ぐ。

 援軍要請を受けたアリスタルフ1世は、予備兵力の一つコンスタンティン大公の艦隊3000隻を救援に向かわせる。


 すると、そこに参謀長のヴァイロッテル少将が、意見を奏上してきた。


「アリスタルフ皇帝陛下。コンスタンティン大公の艦隊では、敵救援艦隊に数で負けています。ここはもう一つの予備兵力であるリヒテンスタイン中将の艦隊を差し向けるべきだと具申いたします」


 彼の増援の進言に、アリスタルフ1世は躊躇する。なぜならば、リヒテンスタインの艦隊は万が一の場合に、彼らを守る大事な戦力であると考えているかだ。この艦隊がいなくなれば、敵が襲ってきた時に、自分たちと敵を遮る物は何もなくなってしまう。


「いや、かの艦隊は大事な最後の予備戦力である。ここは我が弟コンスタンティンに任せ、然るべき時に投入すべきである」


 アリスタルフ1世は、自らの安全を優先する判断をおこない、皇帝としての見栄によりそれらしい言葉で誤魔化す。


 だが、彼の判断はともかく、この論はあながち間違ってはいない。


 ウィル艦隊は、クリューコフ艦隊との戦闘で艦艇を消耗し、現在戦闘可能な艦艇数は約3700隻となっている。戦闘力の差が700隻あるが、この差は戦い方や戦闘時間次第では十分に互角に戦える範囲であった。


 そして、リュス艦隊とウィル艦隊が疲弊したところで、温存しておいたリヒテンスタイン艦隊を投入すれば、戦況を大きく変える可能性が高いだろう。“教科書通りに行けば”であるが……


 こうして、リヒテンスタイン艦隊は重要な予備兵力として、温存されることになった。


 その詳しい理由は次回につづく。

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