アウステルッツ三帝会戦 その11
三艦隊は後退するガリアルム右翼艦隊を追いかけて、レーダー妨害材が散布されている宙域に突入する。ビームの撃ち合いに巻き込まれ妨害材は少し減ってはいるが、広範囲に散布していたようで、三艦隊のレーダーはほぼ無効化されてしまう。
だが、光学望遠やカメラは影響を受けないので視界は確保されており、敵右翼艦隊の本命と思われる攻撃を発見する。
「2時の方向より大型飛翔物体接近! 小惑星だと思われます! 数は16!」
それはヨハンセンの指示で、三艦隊目掛けて放たれた小惑星であった。
16個の小惑星は、工作艦や修理艦の牽引ワイヤーで引っ張られ、スピードが上がりブラックホールへの軌道に乗ったところでワイヤーを外され、敵艦に向かって放たれる。
小惑星はガリアルム右翼艦隊の左方向の後方宙域から、斜めの軌道で敵艦隊に向かって突っ込んでいく。
しかし、小惑星は工作艦や修理艦で牽引できるサイズの小型であり、これまでのブースターによる加速と違い当然速度も遅い。そのためレーダー妨害で、その発見を遅らせなければ敵に易易と回避されてしまう。
今回の作戦開始の時間設定がシビアであったのは、牽引して速度を上げ軌道に乗せて放出するという一連の作業時間と、敵がレーダー妨害宙域に侵入するタイミングを合わせるためであった。
「なるほど。レーダー妨害材は、あの二度目の小惑星攻撃の発見を遅らせるためのモノか」
「おそらくは。しかし、小型で低速とはいえ数があり、当たれば只では済みません。それに無秩序に回避すればそこに隙が生まれ、敵にそこを突かれる危険もあります」
司令官のプリビチェフスキーは、参謀の意見を参考にして麾下の艦隊に指示を出す。
「今すぐ小惑星の進路を割り出して、安全な回避行動を導き出せ! そして、それを各艦に回して、相互防御を心がけさせろ! 急げよ!!」
小惑星の速度の遅さと発見の早さにより、プリビチェフスキーの命令は間に合い、三艦隊は前方からの攻撃を受けながらも、隙も見せること無く小惑星攻撃を回避する。
この戦いにおいて、初めての小惑星攻撃の失敗であった……
今までの交戦でガリアルム右翼艦隊の戦力は、1万2千隻から約1万隻。
対するキエンマイヤー艦隊は約2000隻、プリビチェフスキー艦隊は約4000隻と千隻ずつ失っており、ランゲロンの艦隊は最初の小惑星攻撃と併せて2000隻の損害を出して約4000隻、合計1万隻と同数となっている。
(ここだな……)
ヨハンセンは、敵艦隊が狭い宙域の出口前まで迫ると席を立ち上がり、右腕を上げながら全艦隊に指示を出す。
「全艦後退を中止せよ」
すると、事前の打ち合わせどおりに全艦隊は後退を中止して、ヨハンセンの次の指示を待つ。
「今だ! 全艦…… 攻勢をかけろ!」
ヨハンセンが腕を振り下ろして攻勢命令を出すと、全艦隊は敵艦隊の狭い宙域突破を阻止するが如く、射程に捉えるとビームやミサイル、レールガンを発射する。
「小癪な真似を! 全艦シールドを前方に優先させながら、こちらも攻勢をかけろ!!」
敵司令官は攻勢で密となった敵からの攻撃に耐えるために、シールドのエネルギーを前方に優先させ、こちらも攻勢に出て殴り合いに応じた。そうしなければ、ガリアルム艦隊の弾幕と勢いに撃ち負けて、一方的にシールドを消耗して被害を出してしまうからだ。
つまり双方が同じ密度の攻撃を繰り出せば、射線が被って相殺し合いシールドのエネルギーへの負荷が減る。そうれば、お互い敵の攻撃に対して防御力を維持できるようになり、被害も抑えられるという寸法だ。
そして、そうなればお互い補給のために攻勢を緩め仕切り直しとなって、次にこちらからが先手を打つこともできるだろう。
(こちらの意図通りに、作戦に乗ってきたな……)
戦術モニターで敵の行動を確認すると、ヨハンセンは心の中でそう呟いた。
双方の殴り合いが続くこと約7分、攻勢限界が近づく。
このまま敵司令官達の推察通りに、補給の仕切り直しが行われると思ったその時――
「天頂、天底より敵小部隊が高速で接近! 数は双方ともおよそ450隻!!」
「なっ なんだとっ!!」
「攻撃きます!!」
オペレーターの叫びにも似た報告の後、敵左翼艦隊に天頂と天底方向よりビームとミサイルの雨が浴びせかけられ、次々と艦が犠牲となっていく。
「ばっ 馬鹿な!? 伏兵だと!? やつらのどこにそんな余裕があったのだ!?」
プリビチェフスキーが驚くのも無理はない。彼らは伏兵の存在は無いと考えていたからだ。
その理由は、露墺がガリアルムの全艦艇数を諜報活動によって、事前に全て把握していたからである。
それは露墺艦隊をこの宙域での決戦に誘引するために、フランが敢えて艦艇数に関しては防諜しなかったからだ。そして案の定、敵は自身の信頼できる諜報網から得たこの情報を角度の高いモノと判断して、数的有利からこの戦いを挑んできた。
そして、実際の観測からガリアルムの艦艇数はそのとおりで、ガリアルム右翼艦隊も情報通り1万2千隻であった。そのため敵左翼艦隊は、油断していたのである。
「考えられる理由は、情報が不正確であったのか……。あるいは、敵の司令官が損傷艦を装って、後方に送って伏兵としていたかだと思われます……」
参謀は言葉を濁しながら、二つの意見を答えた。
前者が誤っていたなら、それを信じた両皇帝を暗に避難したと捉えられるかもしれない。
後者は、数で劣る敵が更に数的劣勢を招くような行為であり、そんな“馬鹿な事”は普通ならありえない。
しかし、参謀の“馬鹿な事”という推察は的を射ており、この伏兵は敵艦隊が小惑星攻撃を警戒して微速前進を行っていた時に、ヨハンセンがそのことに付け入る隙を見出して考えた作戦であった。
微速前進する敵艦隊に合わせて微速後退させながら、彼は麾下の艦隊から損傷艦に見せかけて少しずつ後退させる。そして、狭い宙域出口付近の天頂と天底の小惑星帯に、伏兵として450隻ずつ合計900隻を隠れさせたのだ。
これは敵がヨハンセンに、微速前進という時間的余裕を与えたからできた芸当であり、結果として老将の慎重策は裏目に出た形となった。
だが、これは結果論であり、相手が悪すぎたと言わざるをえない。
これがヨハンセンや防衛戦の名人イリスでなければ、このような結果にはならずに数に押されて追い込まれていたのは、ガリアルムであっただろう。
(レーダー妨害材も小惑星攻撃の発見を遅らせるためではなく、この伏兵を隠蔽するためのモノだったのか……。その小惑星攻撃自体も、我らの意識を伏兵から逸らすためであったと考えるべきだろうな)
プリビチェフスキーはそのように推察すると、参謀から驚愕の報告を受ける。
「閣下、大変です! 先程の攻撃で、補給艦が全て撃沈されました!」
「なんだと!?」
伏兵の第一攻撃目標は補給艦であった。そのため戦闘艦艇の被害は軽微で済んだが、戦闘艦だけが残っていても戦闘継続は不可能である。
とはいえ前と上下から包囲されている以上、その戦闘艦艇の被害が増えるのも時間の問題ではあるが……
そこでプリビチェフスキーは、すぐさまキエンマイヤーとランゲロン両司令官に通信を繋いで、「至急、後退するべきだと考える!」と伝えた。
補給艦を失い包囲された以上、両司令官も同意見であり後退は迅速に始まる。
「敵が後退を始めました!」
「作戦通り、追撃をおこなう」
ヨハンセンは敵艦隊が後退を始めたとの報告を受けると、透かさず追撃命令を出す。
伏兵部隊は、狭い宙域の出入り口までは上下の位置で追撃を続けたが、敵艦隊が狭い宙域に入ると本体に合流する。
これは狭い宙域では包囲できないからであり、敵艦隊の後ろに移動して後退しながら追撃という手もあるが、向こうの出入り口には敵艦隊がいるので、逆に包囲されてしまうだろう。
しかも伏兵部隊は、その性質上から船速は早いが防御力が低い巡洋艦や駆逐艦で構成されているので、全滅は必死である。そして、何より補給ができない。
しかし、今回の奇襲包囲によって、敵艦隊は補給艦と2千隻近くの戦闘艦艇を失ったので戦果としては悪くないだろう。
こうして、ヨハンセンは圧倒的不利な右翼の戦況を、ひっくり返すことに成功した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます