アウステルッツ三帝会戦 その10


 敵左翼艦隊との交戦が始まって10分。

 ルイに待望の知らせがもたらされた。


「閣下、小惑星攻撃の準備が終了しました」


 そう”小惑星攻撃”である。

 敵右翼艦隊もまたブラックホールを右側にして、展開していたからだ。


「この一撃で、この戦争は終わる! 小惑星を叩き込め!!」


 ルイの号令でブースターが点火される。

 両艦隊合わせて4つの小惑星がブースターで加速しながら、小惑星帯への攻撃と補給休憩中の敵左翼艦隊に向かって進む。その光景は、宛ら敵陣に突っ込む戦象のようであった。


 だが、20万キロから小惑星が近づけば、レーダー妨害を受けていたとしても、当然今回も敵に発見されてしまう。


 小惑星は“ザマの戦い”の戦象のように、敵に効果的な被害を与えられず、艦艇の隙間をすり抜けてブラックホールに吸い込まれた。


 だが、回頭が遅れた艦艇は小惑星攻撃の後に続くビームやミサイルに、その被弾面の広い側面を晒しシールドエネルギーを失い虚空に散っていく。


 この戦いにおけるガリアルム軍の小惑星攻撃の目的は、敵の艦列を乱しその強固な集団陣形を散開させ相互防御をさせないことであり、混乱を誘えれば尚良である。


 そしてその目論見通り、今回も敵はレーダー妨害のおかげで小惑星接近発見に遅れて、余裕を持って対応できず回避運動のみに徹した艦が大多数で、艦列を大きく乱した。


 この戦いでガリアルムは小惑星を多用している。

 そのため後の歴史家や戦術研究家の中には、「この三帝会戦におけるガリアルムの戦功第一位は【小惑星】だ」と揶揄する者もいた。


 この揶揄に対して、フランはこう答えている。


「私は総司令官の誇りや美学、世間の冷笑などより、戦場で戦う愛すべき臣下の命を優先した。私は今もこの判断が間違っていたとは思わない」


 使用しなくても勝利できたであろうが、味方の被害はもっと増えていたであろう。

 だが、合理主義者であるフランが、名声よりも効率の良い小惑星攻撃を多用したことで、味方の犠牲を大幅に減らせたのだ。


「あの圧倒的不利な状況で、有利な状況にいる相手をあの戦場に引きずり込んだ戦略や戦術こそを評価すべきである。そうでなければ、あの小惑星は敵艦隊に突進する兵器ではなく、宇宙空間に浮かぶ只の巨大な岩の塊でしかないのだ」


 もちろんこのように評価する歴史家や戦術研究家もいる。

 そして、この戦いの評価を一連の流れから【戦争芸術】【Art of WAR】と称賛した。


 因みに“Art of war”は戦争術(戦術)を指すが、フランの戦術を芸術的だと捉えてのことである。


 小惑星攻撃と陣形を崩したところに、ルイ・ロイク艦隊から挟撃を受けたドクトゥロフ艦隊は、最早組織だった抵抗ができない程数を減らし戦場からの離脱を始めた。


「何!? ドクトゥロフ艦隊が戦線離脱を始めただと!?」


「はい。敵艦隊の猛攻を受け、継戦能力を失った模様です。撤退というより、壊走に近いかと……」


 ブクスホーファー大将は、参謀からドクトゥロフ艦隊壊走の報告を受けると、衝撃のあまり思わず司令官席に座り込んでしまう。


 何故なら、敵右翼(ヨハンセン達)艦隊と交戦していたキエンマイヤー、プリビチェフスキー、ランゲロン艦隊が狭い宙域からの後退がまだ済んでいなかったからだ。


 つまり、このままでは三艦隊は左手に小惑星群、右手に大質量ブラックホールという狭い宙域内で、前方をヨハンセン率いるガリアルム右翼艦隊、後方からルイ・ロイク艦隊の挟撃を受け、正に“袋の鼠”状態になるということである。


 そうなれば、三艦隊がどうなるかは語るまでもない。


 三艦隊がこのような状況に陥ったのは、ドクトゥロフ艦隊が交戦を開始してから間も無くのことである。


 狭い宙域をゆっくりと後退するヨハンセン達によって、三艦隊は奥に奥にと誘引されていたが、この誘引は時間稼ぎの面が大きい。そのためヨハンセンは、内心では焦りを感じており、その心境は穏やかではなかった。


(このままでは、後方の広い宙域に出てしまう……。そうなれば、数で劣る私達に勝ち目はない。例の策があるが、このままでは最大の効果を得ることはできないだろう……。中央艦隊の援軍はまだか……)


 ヨハンセンはこのようなことを考えながら、厳しい表情で戦術モニターを見つめる。

 その内心は、緊張のあまり立ったまま指揮をしていることに現れており、白ロリ様のような察しの良い者はそれを感じ取っていた。


「少佐。例の作戦の準備はどうかな?」

「はい、閣下。先程準備ができたと報告が入りました」


 出口が近づいてきたので、副官のクリスに進捗状況の確認を取る。


「では、両指揮官に繋いでくれ」


 そして、エドガーとイリスに通信を繋ぎ策の修正を伝えることにした。


「――というわけで、作戦をこのように若干修正する。このまま単独で使っても、相手の出方次第では時間稼ぎにしかならないが、使うしか無い……。正直、今はその時間が欲しいからね」


「閣下がそうお考えなら、小官に異議はありません」


 エドガーが返答した後、イリスがコクコクと肯定の意思を込めて頷く。


「りっす。ヨっちの命令―― いたっ いたっ」


 イリスが涙目でバシバシと叩いたので、アリスのギャル語返事は途中で中断する。

 そうこうしている内に、ついにガリアルム右翼艦隊は、狭い宙域の出口にまで近づく。


 ヨハンセンが策を実行しようとした時、光通信で中央艦隊による敵左翼艦隊への攻撃の報が齎された。


「そうか……。間に合ったようだな……」


 ヨハンセンは安堵の溜息をつくと、直様策を元に戻すことを告げる。


「二人共、聞いた通りだ。作戦は当初の通り実行する」

「はっ!」


 大人しく普通に敬礼するアリス、どうやら反省したようだ。

 三人は敬礼すると通信を切った。


「少佐。作戦開始までのカウントを表示してくれ」

「はい」


 この作戦は連携が要なために、コンピューターによって事前に時間計算されており、作戦開始時間が厳密に決められていた。各艦隊は後退を続けながら、モニターに映し出されたカウントダウンを注視する。


 そして、ゼロになった瞬間――


「レーダー妨害材散布」


 ヨハンセンの指示で各艦は後退しながら、狭い宙域の出口付近にレーダー妨害材の散布を行う。これはチャフの進化版であり、散布された宙域のレーダー索敵を阻害する。


 レーダー妨害材(チャフ)は、レーダー誘導されるミサイルには有効だが、その他の誘導には効果が薄い。そのため世界では、艦艇自体にエネルギーシールドとレーダー妨害装置を搭載しているので、何より予算が掛かるレーダー妨害材は艦艇に搭載されていない事が多かった。


 だが、フランは生存確率を上げるために各艦に搭載させており、それを散布したのだ。


「閣下! 敵艦隊が宙域出口付近にレーダー妨害材を散布したために、宙域外の索敵が困難になりました。このまま前進を続けますか?」


 敵の三艦隊の参謀は、それぞれこの状況を危惧して司令官に意見具申をおこなう。

 そして、判断に困った司令官たちは、左翼艦隊総司令官であるブクスホーファー大将の指示を仰ぐ。


 ブクスホーファーからの命令は、「皇帝陛下の命を遂行して、当初の作戦通りに敵右翼艦隊を突破して、敵総旗艦を拿捕もしくは撃墜せよ」であった。


 これはルイ艦隊と交戦状態に入って直ぐに、ブクスホーファーがアリスタルフ1世に指示を求めた際に返ってきた命令をそのまま伝えたモノである。


 この期に及んで、当初の作戦継続を命じてきた事にブクスホーファーは内心呆れるが、相手が皇帝なために命を受け入れるしか無い。


 そして、ブクスホーファーはその命令にこう付け加えた。


「現在、ドクトゥロフ艦隊がクリューコフ艦隊を壊滅させた敵中央艦隊と交戦中である。数的に不利なために早急に突破すること。ただし、無理と判断した場合はドクトゥロフ艦隊援護のために、後退を許可する」


 この命令の真意は、”皇帝からの命を遂行したというアリバイ作りをおこない、犠牲が多くなる前に撤退せよ”ということである。


 皇帝の命令通り、突破に賭けてフランをどうにかできたら、それまでに劣勢になっていても戦況は一気にひっくり返るだろう。だが、二倍の敵を防ぎ続けている敵将相手に、戦力が拮抗した状況で突破することは難しいと考えるのが無難である。


 だからこそ、ブクスホーファーは最悪を回避するために、そのような命令を付け加えたのだ。

 しかし、彼らはヨハンセンの戦術家としての能力を甘く見ていた。


 彼らがその軍事的才能を認めざる得ないフランの…… その上をいく用兵家としての彼の手腕を……



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る