アウステルッツ三帝会戦 その9



「閣下! 例のモノが追いつきました」


「そうか。では、ロドリーグ・バスティーヌ両艦隊に通信。“これより小惑星攻撃を開始するので、敵艦隊の艦列が崩れたところに攻勢をかけよ”と」


「はっ!」


 ゲンズブールは急いで、両艦隊の司令官に作戦内容を伝えた。


 ガリルム艦隊の各艦隊は、切り札としてブースターを取り付けた小惑星を準備している。


 これは戦場の右手に大質量ブラックホールの存在があり、そこに向かうように隕石を放てば民間に被害を出さずに済むからだ。


 そして、ロイク艦隊とブラックホールの間には、現在クリューコフ艦隊が展開しており、絶好の小惑星攻撃タイミングである。使わない手はない。


 戦術家としては矜持に反する策だが、戦いとは勝利せねば意味がない。司令官の自己満足のために味方や自国民に、勝利を逃すような真似はできないのだ。


「ブースター点火! 小惑星を突撃させろ!」


 ロイクの命令で小惑星隕石が、クリューコフ艦隊側面に向かって突進していく。


 しかし、この小惑星攻撃はヨハンセンたちの戦場のように、狭くて回避が難しい場所に敵がいれば有効であるが、今回のように開けた場所なら回避されてしまう。


 しかも、何十万キロも距離があれば尚更である。

 現に小惑星は回避に遅れた数隻を破壊しただけで、ブラックホールに吸い込まれていく。


 だが、その回避行動によってクリューコフ艦隊は陣形と艦列は乱れ、そこにガリアルム艦隊が勝負をかけるために一気に攻勢をかけた。特にルイはこのチャンスを最大限に活かす命令を下す。


「狙える艦は敵旗艦を集中して狙え!!」


 ルイの予測通り、隊列が乱れ味方艦に守られていたクリューコフの旗艦<スモレンクク>がその姿を顕にする。事前の司令官の命令どおり、その旗艦を射程に捉えた各艦艇はビームを一斉に放つ。


 エネルギーシールドがビームを防ぐたびに、眩しい光を発する。そのため船外の景色を映すモニターは、途切れること無く点滅を繰り返している。


「閣下! 隊列が乱れたことによって、我が艦に攻撃が集中しています! 後退の許可を!!」


「周囲の艦艇は、旗艦をガードせよ!!」


 その<スモレンクク>の艦橋で、艦長がクリューコフに艦を預かるものとして、後退の許可を求め、参謀は周囲の艦に旗艦を守るように指示を出す。


「うむ、そうだな。密集隊形を取りつつ旗艦だけでなく艦隊を10万キロ後退させ――」

「エネルギーシールド限界!! 直撃来ます!!!」


 司令官の命令を遮るように、オペレーターの悲鳴にも似た報告が響く。

 そして、その瞬間――!


 艦全体が大きく揺れ、それと同時に艦橋内前方で爆発が起きる。艦外を映すモニターは真っ黒になり、艦橋内は非常灯で赤く照らされ非常警報がけたたましく鳴り始めた。


 衝撃で床に倒れた参謀が立ち上がると、消火装置が作動して非常灯から通常照明に変わり、モニターの一部も復帰し始める。


 参謀は慌てて指揮官席に座る司令官の無事を確認すると、クリューコフは衝撃の影響で床に倒れており、老齢のためかうずくまった姿勢のままである。


「閣下、ご無事ですか!!」


 落下時に頭を打ったようで、頭部から血を流して意識も朦朧としており、とても大丈夫そうには見えない。


「司令官が負傷なされた! タンカーだ!! 直ぐにタンカーをもってこい!!」


 参謀は医療班にタンカーを持ってくるように指示を出すと、そのまま艦隊にも指示を出す。


「全艦、陣形を保ちつつ、直ちに後退を開始せよ!」


 <スモレンクク>は参謀の命令を受けて後退を開始した。


 旗艦は艦隊の司令官が座乗するため、他の艦よりも頑丈に撃沈しにくいように造られている。そのため<スモレンクク>は直撃弾を受けた後、周囲にいた艦が急いで盾となって守ったために、被害は小破で済んでいた。


 だが、船体が被弾して穴を開けた旗艦が後退を始める姿を見た周囲の艦は、我先にと後退を開始する。圧倒的に数的不利になっていく中、指揮官のカリスマで何とか士気を維持しながら、敵艦のビームの雨に耐えて戦場にとどまっていた。


 しかし、その心の支えだった司令官の旗艦が後退を始めたため、クリューコフ艦隊の多くの兵士は遂に戦意を失ってしまう。そして、このキルゾーンから一刻も早く逃げたい兵士たちは、秩序の無い後退を始めてしまったのだ。


 そうなると、冷静さを失い敵前で無謀な反転をおこない撃沈される艦が現たり、陣形の乱れから相互に被弾面積をカバーできずに、複数方面から攻撃を受けてシールドエネルギーを無くして撃沈する艦などが増え被害を更に拡大させてしまう。


 そして、クリューコフ艦隊が安全地帯まで後退した時には艦隊数は3000隻程度で、まともに戦える数は更に半分となっていた。


 クリューコフ艦隊が壊滅まで追い込まれなかったのは、ガリアルム艦隊が追撃で深い追いしなかったからだ。いや、正確には深い追いできなかったが正しい。


 彼らの艦隊には、まだ他にも戦わねばならない相手がいるからだ。


「バスティーヌ中将は、レステンクール(リュス)艦隊の増援に向かってくれ。ルイ君の艦隊は私と一緒に敵右翼艦隊を叩きに行くぞ」


 ロイクがルイとウィルの両司令官に指示を出す。


「了解!」


 各艦隊は次の戦場へと慌ただしく移動を開始する。

 ルイは艦隊を右に反転させると、全速でヨハンセン艦隊と対峙する露墺艦隊左翼の側面に迫った。


 敵左翼艦隊まで約20万キロまで接近すると、艦隊は攻撃の準備をおこなう。


「撃て!!」


 一斉攻撃を命令したルイの号令のもと、彼の艦隊は一斉攻撃を始める。


「迎撃せよ!!」


 ルイ艦隊の迎撃をおこなったのは、ドクトゥロフ艦隊約6000隻であった。


 先程までのクリューコフ艦隊との戦いで疲労が蓄積し、補給もまちまち艦艇数も少ない自艦隊のほうが劣勢になるとルイは考えていたが、その予想は外れ互角の撃ち合いとなる。


 これはドクトゥロフ艦隊が、司令官ブクスホーファー大将の命で先程まで小惑星帯を攻撃していたのが原因であった。ルイ艦隊の接近を受け急遽迎撃準備をおこなったが、十分な補給と休憩が出来なかったからだ。


 だが、数的不利の影響が少しずつ現れ始める。

 ルイの旗艦<ランペルール>にも攻撃が届き始めるが、皇帝旗艦として造られた最新鋭艦のエネルギーシールドは、攻撃が着弾する度に綺麗に弾き続けた。


 そして、逆転の時が来る。


「天底方向より、光熱原体多数接近!!」

「急いで天底方向にもシールドを張れ!!」


 ドクトゥロフが指示を出したと同時に、艦隊の真下から複数のビームが襲い彼の背筋に冷たいものが走ったが、間一髪彼は事なきを得た。


 だが、周囲ではシールドが間に合わなかった艦艇が、ビームに貫かれ爆発を起こしている。

 攻撃を仕掛けたのは、ステルス性を利用して奇襲をするために天底方向から迂回してきたロイク艦隊であった。


「よし、先程と同じようにロドリーグ艦隊と連携して、敵に集中砲火を浴びせよ!」


 そして、クリューコフ艦隊の時と同じように、ルイ艦隊の攻撃を受けている敵艦艇に攻撃をするように命令を下す。


 前方と下方向からの攻撃によって、ドクトゥロフ艦隊の艦艇数は時間と共にその数を減らしていく。


 こうして、戦況は遂にガリアルム有利へと傾いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る