アウステルッツ三帝会戦 その8
「全艦隊全速前進! 敵中央艦隊の増援(エフィムキン艦隊)が引き返してくる前に、数の利を生かしてできるだけ叩く!」
ルイとウィルは、フラン・ヨハンセンとほぼ同じ戦術構想を元に命令を麾下の艦隊に下す。
ルイ艦隊5000隻とウィル艦隊4000隻は、練度と士気の高さも相まって最大戦速でありながら、艦列(陣形)を崩さすにクリューコフ率いる7000隻の艦隊を射程距離に捉える。
クリューコフは、敵艦隊の前進における陣形の乱れを突こうと考えていたが、その目論見は脆くも崩れ去ってしまう。
(エフィムキンが戻ってくるまで、耐えるしかあるまい……)
彼はこの状況を事前に想定して組み上げていた計画を、実行に移しその場にて迎撃態勢に入る。だが、ここで事前の策に固執して消極的な戦術を取ったことが、この戦い唯一の老将のミスであったかもしれない。
「撃て!!」
ガリアルム9000隻とクリューコフ艦隊は、18万キロの距離で撃ち合いを始める。
両艦隊が撃ち合い始めてから約10分、数と艦艇の性能差からクリューコフ艦隊は、少しずつ数を減らしていた。
この戦いにおいて、数的不利なガリルムがここまで互角に近い戦況を生み出しているのは、フランと艦隊司令官の質の高さ、兵士の士気と練度、地の利などもあるが、艦艇の性能の差も大きいと言えよう。
全ては国家の未来と子孫のために、臣民一体となって苦しい生活に耐え国家予算をできるだけ軍事費に回したガリアルム。それに対して、国家予算を軍事費に回さず貴族や官僚などの権力者が、私腹を肥やすために浪費したオソロシーヤとドナウリアの両帝国。
ここに来て、両者の国家運営の差が戦果として現れだしていた。
そして、クリューコフ艦隊に新たな敵が忍び寄る。
「左翼方向より、艦隊接近!!」
「何!? 左翼は左側面方向にもシールドを展開せよ!!」
クリューコフは司令官席から、オペレーターに怒鳴って指示をだす。
それはリュス艦隊の後方に予備兵として、待機していたロイク艦隊であった。
彼はそのステルス性を利用して左翼方向から、いつものように奇襲をしかけるつもりでいる。だが、ステルス艦隊の情報を得ていた老将は厳重に索敵を命じていたので、対応することができたのだ。
しかし、ロイク艦隊のこの迅速な行動こそが、クリューコフの計算を狂わせていた。
「ほう、流石に反応が早いな。全艦敵艦隊の右翼前列に攻撃を集中せよ! 撃て!!」
ロイクは慌てず冷静に、クリューコフ艦隊の右翼前列艦艇に火力を集中させる。
更に分艦隊1000隻を敵艦隊の天頂方向に移動させ、上方向から攻撃させた。
「我が艦隊もロイク艦隊と連動して、敵左翼に砲撃を集中せよ!」
ルイはロイクの攻撃にすぐさま反応して、敵の左翼に攻撃命令を出す。
そのため前方と左側そして上方向から、攻撃にさらされた老将の左翼艦艇はシールドに飽和攻撃を受け、次々に死をともなった美しい光を放って撃沈されていく。
ロイク艦隊4000隻が加わったことで、ガリアルム艦隊約12000隻 対 クリューコフ艦隊 約7000隻となり、エフィムキン艦隊が戦列に戻ってきた時には、老将の艦隊は約5000隻まで撃ち減らされていた。
「閣下、遅れて申し訳ありません」
その損害にエフィムキンは、クリューコフに対してモニター越しに頭を下げる。
「いや、貴官が遅かったわけではない。敵の中央艦隊と特にあの黒い艦隊(ロイク)の動きが早すぎたのだ」
クリューコフのこの言葉が、ロイクの動きの速さが計算外だったことを表していた。
なぜなら、ロイクの動きは明らかに命令を待たずに、独断専行した速さであったからだ。
そして、実際そうであった。
(動くなら、今だな!!)
ロイクは敵中央艦隊が味方と交戦を開始したのを確認すると、フランの許可を得ることなく艦隊に進軍の命を下す。
「全艦全速前進! 敵中央艦隊を左翼方向から攻撃をしかける!」
「閣下! 皇帝陛下の許可なく艦隊を動かすのは、後で責を問われることになります!」
参謀のゲンズブールは、ロイクの判断に敢えて意見を具申した。
それはロイク艦隊がこの場を動けば、フラン艦隊までの道を阻むものが無くなるからだ。
そうなれば、麾下の艦隊を前衛の艦隊に振り分け残り1000隻となった彼女の艦隊が、危険にさらされる可能性がある。
クリューコフがロイク艦隊の動く速さを見誤ったのも、そのことを見越していたからであった。
皇帝の自軍の総司令官の危機を招くような判断を、一艦隊司令官が独断でおこなうはずがない…… 必ず、皇帝の指示を仰ぐことになり、そこに時間的ロスが発生する……
そして、中央の戦況が定まらない状況で、しかも数的有利な戦場に、自分の盾を兼ねる予備兵をこれほど早く動かすはずがないと……
だが、クリューコフはロイクという男が解っていなかった。
彼が勝利のためなら、主君である皇帝を危険に晒すことになる可能性があったとしても、その機会を逃さない決断をしてしまう時がある男であることを……
”なんなら、あの小生意気な黒ロリ皇帝は、一度痛い思いをすればいいんだ”と、考えてしまうような男だということを……
ロイクはゲンズブールの言葉を一蹴する。
「かまわん! 今が中央艦隊に大打撃を与えるチャンスなのだ! どのみちこの戦いに負ければ、俺も陛下もただではすまんのだからな! 責任はすべて俺が取る! 全艦直ちに前進を開始せよ!!」
「はっ!!」
司令官の覚悟を聞いたゲンズブールは、すぐに艦隊に前進命令を下す。
「あと、例のヤツも忘れるなよ?」
「はっ、わかっております」
ロイクが追加で発令した命令は、ゲンズブールも直ぐに理解できた。
それは中央での戦いの趨勢を決する“例のアレ”である。
今までの司令官の決断で、誤りがあったことはない…… 気がしたゲンズブールは、彼の判断にかけることにしたのだ。
<ここで大胆な一手を繰り出さなければ、勝利を得られない>
ロイクもゲンズブールも、計算と肌感覚でそのことを理解しての判断で、それはフランも同じであった。
「あのグラサンめ…… 勝手に動くとは……」
そのロイクの動きを戦術モニターで見ていたフランは、憮然とした表情でクレールに愚痴をこぼす。
「伝令を出して呼び止めますか?」
クレールは参謀長として、一応伺いを立てておくことにする。
なぜならば、フランは指揮官席に座ったまま肘掛けに肘をついて頬杖をつき、足を組んだままで焦った様子がないからであった。
「いや、かまわん。勝手に動いたことは気に食わないが、判断は間違っていない。いや、むしろ最善のタイミングとも言える。ここはヤツに任せよう」
「はっ」
クレールはフランの判断に短く、そう返事をする。
彼女もそうするしか無いと考えていたからだ。
フランが自身の危険を顧みず、ロイクを自由に行動させた結果が、現在の中央で戦況を生み出したのであった。
その戦況は、ガリアルム艦隊約13000隻 対 クリューコフ艦隊約6000隻となっており、数による包囲攻撃の前に老将の艦隊はその損害を増やすばかりとなっている。
そして、数の差が広がれば包囲は完成していき、さらに加速度的に損害を増やす。
「援軍はまだか?」
「残念ながら……」
クリューコフの確認に参謀は言いづらそうに回答した。
ロイクに左翼を強襲された時、クリューコフは皇帝に援軍を要請している。
その援軍とは、コンスタンティン大公(露)の3000隻とリヒテンスタイン中将(墺)の2000隻であった。
だが、この両艦隊は共に両皇帝の本体の前に配備されている予備艦隊であり、皇帝を守護する壁でもある。そのためフランと違い両皇帝は、万が一の時に自分を守る艦隊を動かす決断できず、援軍の要請を渋っていたのだ。
この皇帝たちの判断速度の差も、この戦いの戦況を決定することになる。
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