アウステルッツ三帝会戦 その7


「エフィムキン。貴官は3000隻を率いて、左翼に向かえ」

「閣下、よろしいのですか?」


 エフィムキン少将の上官への質問は当然であるが、クリューコフからの返事はこうであった。


「陛下の命なら仕方があるまい」

「……了解いたしました」


 エフィムキンは敬礼するとすぐに部下に指示を出す。

 彼が左翼に向かおうとした時、クリューコフからの指示書が連絡艇でわざわざ届けられる。


 彼は訝しげながら、封を切って中を見ると正式な指示書と一緒に、メモ用紙が同封されており、このように書かれていた。


 <エフィムキンへ 理由は動力の不調か何かにして、できるだけ進軍速度を落として向かえ。なおこのメモ用紙は処分するように クリューコフ>


 文章に目を通したエフィムキン少将は、上官の意図を直ぐに読み取る。


(遅滞行動で行軍を遅らせ敵中央が攻めてきた時に、すぐに反転して中央の援軍に駆けつけよということだな)


 エフィムキンは命令書をシュレッダーにかけると、早速部下達に指示を出す。


「この艦は動力部のトラブルにより、微速しか出せなくなった。よって、艦隊を微速前進とする!」


 突然の上官の説明に困惑する兵士達であったが、軍隊とは上官の命令は基本的に絶対であるため疑問を持ちながらも従う。こうして、エフィムキン率いる艦隊は、ゆっくりと左翼艦隊に向かって移動を開始するのであった。


「敵中央が更に敵左翼に艦隊を向けました。ですが、その艦隊速度は微速であり、どうやらこちらの中央への攻撃に警戒しているようです」


「さすがに老獪だな…。こちらの思い通りには動かないな」


 クレールの報告を受けたフランは、戦術モニターで敵の動きを確認しながら苦々しそうに呟く。


 こちらの中央艦隊はルイ艦隊5000隻とウィル艦隊4000隻の併せて9000隻、敵中央はクリューコフ艦隊7000隻と微速で進むエフィムキン艦隊3000隻であり、この3000隻が戻ってくれば中央の戦況は劣勢になってしまう。


 そのため理想は、エフィムキン艦隊が敵左翼に合流するまで中央への攻撃を待てば良いのだが、それまでヨハンセン率いる右翼艦隊が倍以上の敵艦隊を防ぎきれるかは分からない。


 つまりフランは味方右翼が耐えきれる時間を見極めながら、エフィムキン艦隊がクリューコフ艦隊からできるだけ離れたタイミングで、味方の中央艦隊に攻撃命令を出さねばならないのだ。


 その頃―


(さすがは老将だな。抜け目がない…)


 その右翼艦隊でもヨハンセンが戦術モニターで、敵の微速前進を厳しい表情で見つめていた。


(いや…。だが、これは上手くやれば、敵の作戦を逆手に取れるかも知れない……)


 ヨハンセンの頭脳に一つ朧気な策が浮かび上がり、彼はすぐにそのための行動を取る。

 彼は副官のクリスに、エドガーとイリスに通信を繋げさせると両名に指示を出す。


「各艦新兵器の装填を完了しました」

「よし、全艦撃て」


 10分後、クリスから新兵器の準備が完了した報告を受けたヨハンセンは、発射命令を出す。

 右翼艦隊の放ったミサイル群は、敵左翼艦隊に向けて飛翔していく。


 ―が、1万キロほど進んだところで、ミサイル群は突如として次々と爆発四散してしまう。


「な、何が起きた!?」

「わかりません! 敵が発射したミサイルと思われる熱源体が次々と爆発しています!」


 現在攻撃を仕掛けている敵左翼艦隊は、プリビチェフスキー艦隊とキエンマイヤー艦隊でありその参謀の一人が叫ぶと、それに答えるようにオペレーターが声をあげた。


「欠陥兵器か?」

「わかりません」


 オペレーターも何が起こったのか理解できていない。ただ、敵左翼艦隊に被害が無かったために、左翼艦隊はそのまま攻撃を続ける。


 ―が、それとは逆にガリアルム艦隊は攻撃を停止させた。


「何故だ? 何故、急に敵は我々を攻撃するのをやめたのだ……?」

「補給が間に合わなくなったのかもしれません…」

「先程のミサイルに関係があるのかもしれません…」


 プリビチェフスキー中将は参謀に質問する。

 だが、彼らから返ってくる意見は、説得力はあるが確信が無いものばかりであった。

 しかし、それは情報が少なすぎるため仕方がない事だ。


 よって、司令官はその中から現在の状況と情報を頼りに、決断を下さねばならない。


「取り敢えず… こちらは攻撃続行だ」


 そこで彼は一番無難な選択をする。そして、その選択は共に攻撃をするキエンマイヤーも同じであった。<攻撃をしながら様子を見る>、今の彼らにはそれともう一つの事しか行動が出来なかった。


 それは上官であるブクスホーファー大将に指示を仰ぐというものだ。


 しかし、両提督からガリアルムが攻撃を停止したと報告を受けたブクスホーファーも、攻撃続行を指示する以外は無かった。


「あれは…… 恐らくビーム減衰兵器だな……」


 ブクスホーファーは、モニターを見つめながらそう呟く。

 老将の勘はすぐに正鵠を射る事になる。


 10分後に、前衛で砲撃をしている両艦隊の観測によって、「ミサイルが爆発した辺りを通り抜けたビームが減衰しているようだ」と報告が入ったからだ。


 それは惑星ヴィーン宙域で、メアリーの補給艦隊が輸送してきた新兵器<ビーム減衰粒子ミサイル(捻りなし)>であった。


 これは文字通りビームを減衰させるもので、一見強力な兵器とも思えるが勿論味方のビームも減衰させるため、言わば時間稼ぎしかできない。


 しかし、今回のガリアルムのように時間を稼ぎたい時には、とても有効な兵器である。

 勿論この兵器にも弱点はあり、それはミサイルやレールガンには何の意味も成さないということだ。


 だが、その両兵器はビームと違い弾速が遅いため、何十万キロで戦う宇宙の艦隊戦では回避され易い。けれども、それなら回避されにくい距離まで接近して、攻撃すれば良いだけである。


 前述の理由から、わざわざ高額な予算を掛けて開発と製造、配備をする利点は少ないとされ、何よりその予算を自分達の懐に入れたい”戦場に出ない権力者”達によって、ビーム減衰兵器の開発と配備は他国ではあまり進んでいなかった。


 だが、<物は使いよう>であり、その欠点を消す状況に持ち込めば良いのだ。

 そして、現在ヨハンセン艦隊とブクスホーファー艦隊が、正にその状況であった。


「敵もそろそろ先程のミサイルが、<ビーム減衰兵器>だという事に気付いているだろうね」


「では、敵はどうして接近してこないのでしょうか?」


 ヨハンセンの言葉に、クリスは動こうとしない敵について質問する。


「簡単な話だよ。敵は小惑星帯からの隕石攻撃を警戒して、動けないのさ。なにせ、こちらに近づけば近づくほど、敵には小惑星帯内部の様子が解らないからね。気付いた時にはドカンとなる可能性がある以上、慎重な指揮官なら前進してこないさ」


 ヨハンセンはモニターを見つめたまま説明するが、内心にはそれほど余裕はなかった。

 その小惑星帯は、敵の艦隊のビーム砲撃で削られつつあり、<ビーム減衰粒子ミサイル>の配備数もそれほど多くはない。


 つまり彼の艦隊には、相変わらず時間的な余裕は無いのだ。


(あとは陛下の判断に任せるしか無いな…)


 そのヨハンセンの後ろでは、白ロリ様ことシャーリィは、コンソールを慌ただしく操作して艦隊の陣形指示を出している。


「なるほど…! そういうことか!」


 その一連のヨハンセンの行動をモニターで見ていたフランは、彼の作戦を見事に看破すると指揮官席から立ち上がり、ルイとウィルに通信を繋ぐように指示を出す。


「ルイ、バスティーヌ! ついに貴官達の出番が回ってきた! 両艦隊はこれより速やかに前進せよ! そして、我が国の将来と未来のために敵中央艦隊を必ず撃破して、その責務と使命を果たせ!!」


「はっ!!」


 2人はフランの命令を受け敬礼すると、すぐさま行動を開始する。

 命令を出したフランの表情には、高揚感と共に微かな緊張が浮かぶ。

 だが、彼女はこの戦いの勝利を予感していた。

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