アウステルッツ三帝会戦 その6


「工作艦に小惑星帯よりすぐに撤退するように」

「次の攻撃はさせませんの?」


 白ロリ様ことシャーリィが、優雅に紅茶を飲みながら質問をすると、それに対してヨハンセンは彼女の方を見ずにモニターを見ながら答える。


「この小惑星攻撃は諸刃の剣なんです。敵は当然小惑星帯にいる工作艦に対して、攻撃をおこなうでしょう。それなれば無能でない限り、敵はあることに気付くでしょう」


 ヨハンセンの読みは的中していた。左翼艦隊司令官ブクスホーファー大将は、すぐさま狭い航路の外で休息させていた艦隊に対して、小惑星帯への攻撃を指示する。


「巣穴に隠れる小癪なねずみ共を追い払え!」


 小惑星帯は大小の小惑星が密集している場所であり、その攻撃の殆どは工作艦にではなく小惑星に命中した。


「小惑星が邪魔で、敵艦撃破は困難です!」

「構わん。この攻撃によって、敵が再び小惑星による攻撃を妨害できるだろう」


 ブクスホーファーはそう言うと、ヨハンセンの予測通りあることに気付く。


「なんとしたことだ…… ワシとしたことが… このような単純なことに気づかなかったとは…!」


「閣下? いかがなさいました?」


 参謀の言葉に、ブクスホーファーは苦笑を浮かべると、すぐに怒りの混じった表情へと変わる。それは、自分自身に向けてのものであった。


「我らは、なまじ敵よりも大軍であったから、小細工無しの正攻法で叩き潰せると思いこんでいた。いや、慢心と言ってもよい。そのせいで、ワシは時間を掛けて敵を消耗させれば良いと考え、艦隊を交代させて攻撃を仕掛けていた」


 ブクスホーファーの作戦方針は、2倍の戦力を活かし味方を3部隊に分けて、2隊に攻撃を仕掛けさせ、もう1隊に補給と兵士の休息をさせるというものである。このおかげで味方の被害はほぼ無く、交代できないガリアルムは消耗するというものであった。


 これは、時間は掛かるが味方の損害を抑えつつ敵を撃破するには、とても有効的な作戦でヨハンセンが間に合わなければ、上手くいき老将は英雄となれたであろう。


 だが、老将はここで作戦方針を転換させる。


「後方で休憩させている艦隊で、小惑星帯の一部を攻撃させ新たな通路を作る」


 ブクスホーファーは、敵工作艦排除のための小惑星帯への攻撃で、この小惑星帯を1万隻の砲撃で打ち砕いて、通路を作るという方法に気付いたのだ。


「閣下、今からですか?」


「そうだ。遊兵となっている後方の7千隻を使って、一列縦隊が通れるほどの通路を作れば、敵艦隊の背後に回り込める。丁度中央から援軍が送られてきているし、それを加えれば30分から1時間で、敵の背後を取れるはずだ。それに、この行動事態が奴らにプレッシャーを与える」


「了解しました。すぐに取り掛かります」


 ブクスホーファーの指示を受けた幕僚は、すぐに後方にいる艦隊に通信を入れる。


「 ―恐らく敵は小惑星帯を攻撃して、通路を作るか航路の幅を拡張する作戦を実行してくるでしょう」


「それは不味くないですか?」


 クリスの疑問にヨハンセンは、半分を肯定して半分は否定した。


「そうだね、それを開戦当初に実行されていればね。だが、敵の判断は遅すぎた。これから実行しても間に合いはしないだろう」


「それだけ時間が掛かるから、敵が選択しなかったということですか?」


「それもあるけど、今回の場合は”思い込み”と”慢心”いうヤツかな。敵は大軍故に下手な小細工をしなくても勝てると思い込んで、その考えに無意識で固執してしまった。何とかバイアスってやつかな? 心理学に詳しくないから、私も自信はないけどね」


 ヨハンセンが苦笑いしながら答えるが、彼は敵の心理をおおよそ言い当てている。


 その頃、ガリアルム軍総旗艦<ブランシュ>では、フランとクレールが中央艦隊への攻撃命令の有無について議論をおこなっていた。


「敵中央は7000隻となっています。そろそろ中央艦隊への攻撃命令を出すべきかと思われます」


「いや、もう少し様子を見る」


 クレールが進言すると、フランはその意見を却下する。


「何故でしょうか? “ルイ君を危険に晒したくない”という馬鹿な考え以外での返答で、お願いします」


 クレールは、少しだけ挑発するような口調でフランに問いかけるが、彼女は気にせずに答えた。


「まだだ、まだ早い。2000隻の差ではこのまま敵中央部隊と戦っても、敵の左翼から援軍が引き返してくるまでに、叩くことはできない。もう少し、敵中央から左翼に兵力が移動してからでいいだろう」


 意外とまともな考えが返ってきたので、クレールは内心驚くが続けて自分の意見をぶつける。


「これ以上、中央から戦力を差し向けるでしょうか? これ以上左翼に送れば中央が薄くなるのは敵も理解しているはずです」


「老将はそうだろうな。だが、やつの上の“羊”とその周りはどうかな? 実力ではなく縁故や賄賂、上司へのご機嫌取りで出世した者が、上位にいる組織では得てして、そういう馬鹿なことが決定される事がある。そのために即位一周年式典で奴らを煽って、戦場に誘い出したのだからな。もう暫く様子を見る価値はあるだろう」


 フランが急遽皇帝即位一周年式典を執り行った真の目的は、その式典での演説で二人の皇帝を臆病者と煽るためで、二人はその煽りに激怒してまんまと今回の戦場にやってきた。


 そして、彼女の計算通り傷つけられた矜持と権力を守るために、配下である名将達の推察や意見をその絶対的権力で押さえつけ、この地での決戦へと踏み切り、左翼攻撃に固執して兵力を割くという愚を犯してしまったのだ。


「どうやら、ブクスホーファー大将は小惑星帯に穴を開け、敵右翼の後背に回り込むつもりのようですね。ですが、今からでは時間が掛かるでしょう」


 連合艦隊の参謀長フランツ・ヴァイロッテル少将は、アリスタルフ1世の横に立ち戦術モニターを見ながら状況を述べると、皇帝に意見を進言する。


「陛下。ここは中央より更に兵力を左翼に送り込み、抜け穴となる小惑星帯を攻撃する戦力を増強するべきでしょう。そうなれば、その穿った穴から送り込んだ別動艦隊が、敵右翼後背に躍り出て正面の艦隊と挟撃することが出来き、殲滅させることが出来るでしょう。そうなれば、この戦いは我が連合艦隊の勝利間違いなしです!!」


「うむ。私もそれを考えていた。だが、クリューコフが危惧している薄くした中央を敵が突破する可能性はないか?」


 アリスタルフ1世の不安にヴァイロッテルは、自信満々にこう答えた。


「それは、無いかと……。動くなら既に動いていると思われますし、動いたとしても我が軍には予備兵力として、リヒテンスタイン(墺)艦隊2000隻、コンスタンティン(露)艦隊4000隻が控えております。何を恐れる必要がありましょうか!」


「それもそうだな! では、中央艦隊に左翼に増援を送るように命じろ!」


 こうして、クリューコフにさらなる左翼への増援が命じられる。

 アリスタルフ1世は、また頑固な老将が渋ると予想したが、今回彼はあっさりと命令を受諾したので、肩透かしを食らう。


 クリューコフが大人しく受け入れた理由は簡単で、どうせ自分の反対意見など受け入れられないと考えたからであった。


 だが、そこは歴戦の老将。被害を最小限に抑えるためにしたたかな策を用いることになる。

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