アウステルッツ三帝会戦 その5
1月19日― 午後2時25分
「閣下! ガリアルムのフランソワーズ・ガリアルムの演説が、全チャンネルで流されています!」
(このタイミングで… か?)
兵士を鼓舞する演説というのは、戦闘前に行うのが通例である。
それは戦闘中では戦いに忙しくて、それを聞く兵士達の耳に届かないからで、その効果を最大限に発揮するには、戦闘開始直前が好ましい。
通信オペレーターから報告を受けたクリューコフは、訝しがりながらもモニターに繋げるように命じた。
「――この決戦に我が国の未来と子孫達の繁栄が懸かっている以上、負ける訳にはいかない!」
モニターに映し出されたフランは、そのよく通る美しい声と身振り手振りをまじえながら演説をおこなっており、作業をおこなっていても将兵たちの耳に自然と入ってくる。
彼女の演説は更に続く。
「我軍は確かに兵数では不利である。だが、恐れることはない! 古の英雄がこのようなことを言っている。【一頭の羊に率いられた百頭の狼の群は、一頭の狼に率いられた百頭の羊の群に敗れる】と! 敵は狼ではあるが、率いているのは【2匹の羊】である!」
もちろんこの【2匹の羊】とは、オソロシーヤ皇帝アリスタルフ1世とドナウリア皇帝フリッツ2世を指している。
「しかも、諸君らは家族を! 友人を! 祖国を! そして、未来の子孫たちを守るために、厳しい訓練に耐えた狼たちである諸君が何を恐れる必要があるのか!? 現に敵は倍以上の兵力を投入しながら、我軍右翼を未だに突破できずにいる!」
フランソワーズは力強く語りかけると、拳を振り上げ叫ぶ。
「余が諸君らに望むことはただひとつ! 一層の奮闘と努力でその義務を全うして、祖国に【勝利を齎す】ことである!」
フランソワーズが高らかに宣言すると、モニター越しに見ていた味方将兵たちは歓声を上げて、その士気を高揚させる。
「少し芝居がかり過ぎだったかな?」
「いえ、そんなことはありません。むしろいい演出だと思います。士気高揚の演説とは大仰にやった方が、聞く者達には伝わりやすく心に響くものです」
クレールが冷静に分析すると、フランは次の懸念を口にした。
「この演説の本当の目的である【2匹の羊】は、この安い挑発に乗ってくるかどうかだな」
「乗ってくるでしょう。例え挑発だと解っていても、彼らは自身の権威と権力を示して守るために、このような挑発をした我らを撃破してみせねばなりませんからね」
クレールが自信を持って断言すると、フランは自分の考えに確信を持ったようで、不敵に微笑む。
一方、それを聞いていたクリューコフは苦虫を噛み潰したような顔になっていた。
その【2匹の羊】と揶揄されたアリスタルフ1世が、彼に右翼の突破を急かしてきたからだ。
「大将! 敵右翼にもっと戦力を回して攻め崩し、あの無礼な小娘の元まで攻め進み我が前に連れてくるのだ!!」
フランの安い挑発によって、その矜持を傷つけられた皇帝は怒り心頭といった様子で、状況と戦術を無視して老将に命令を出してくる。
クリューコフはそれを聞いて、やれやれと肩を落とすがそれでも自分の仕事をこなすために動く。
「陛下。あの無礼な文言を聞いてお怒りはごもっともですが、敵の目的は正しくその右翼に我が中央の戦力を向けさせ、薄くなったところを中央突破して、左右どちらかの背後に回って挟撃することなのです」
「それぐらいわかっている! だが、このまま敵右翼撃破に時間をかければ、敵は先程の演説どおりだと勢いづき、味方の士気は逆に下がるかも知れぬだろう!?」
「確かに陛下のおっしゃる事には一理あります。ですが、そのために敵右翼に戦力を割き過ぎて、突破されれば元も子もありません。どうか今一度冷静になって、ご再考を……」
クリューコフは皇帝を諭すが、彼はそれに納得せず、さらに声を上げる。
「ええい! 黙れ!! 余の命令に逆らうというのか!?」
「いえ、そのようなことは……。陛下の深謀遠慮を察することができず、申し訳ありませんでした……。ご命令通りにいたします」
「よろしい。それでこそ余の家臣である」
結局、皇帝の言葉に従うしかないと諦めたクリューコフが、主命を受け入れるとアリスタルフ1世は満足げに頷くと通信を切った。
クリューコフは天を仰いで大きくため息をつくと、皇帝の命に従うために渋々ながらも中央に陣取る麾下の艦隊から3000隻を敵右翼へ回す。
1月19日 午後2時27分―
「全艦後退開始」
ヨハンセン率いる右翼艦隊は、小惑星の障害物を破壊され後退を開始する。
後退命令と同時にヨハンセンは、温存していた作戦準備命令もおこなう。
「閣下。敵が後退を開始しました!」
この時攻撃を担当していたランゲロンとドクトゥロフ両中将は、報告を受けると追撃するべく艦隊の前進を命じた。
両艦隊はガリアルム右翼艦隊を追うべく、彼らが陣取っていた左手に小惑星群、右手に大質量ブラックホールという大軍が展開しにくい場所を進軍している。
「よし、今だ」
ヨハンセンが命令を下すと、左手の小惑星群に隠れていた工作艦が小惑星に取り付けたブースターを次々と点火させると、それらが一斉に火を吹き無数の小惑星はミサイルのように敵追撃艦隊に向かって直進していく。
「閣下! 三時の方向より大型飛翔物体接近! 小惑星と思われます!」
「何っ!?」
報告を受けたランゲロン中将は、驚きの声を上げる。それは同じく追撃するドクトゥロフ中将も同じであった。彼らが驚いたのは仕方がないことで、ルイがマントバ要塞攻略戦の時にも触れたが、小惑星を攻撃に利用するにはリスクを伴う。
使用した小惑星が彗星のように宇宙空間を進み、有人惑星などに衝突して被害が出た場合、当然その保証は使用した国が負わねばならず、その賠償金額は天文学的になるかもしれない。そのためほぼ使用する者はいないからだ。
飛翔する小惑星は、その圧倒的質量によって回避が間に合わなかった艦艇のエネルギーシールドを破り、その船体を押しつぶしながら突き進む。
そして、両艦隊を横切りそのまま直進すると、ブラックホールに近づいてその重力に引かれて吸い込まれていった。
「使用済みの小惑星の処理に、ブラックホールを利用したということか…… 」
小惑星攻撃を何故使用したのか、解ってしまえば“コロンブスの卵”的な単純な理由である。
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