アウステルッツ三帝会戦 その4


 1月19日 午後2時15分―



 右翼に強行軍を成功させたヨハンセン艦隊が合流する。

 通常航行で13日、通常行軍航行で8日、現在この銀河で最速を誇るガリアルム軍の行軍速度で6日、その工程を彼の艦隊は更に短縮して、4日という驚異の強行軍を成し遂げていた。


 しかし、それは無茶な行軍を繰り返した結果で、艦隊の損傷は決して軽くは無く彼の艦隊の戦艦の動力炉は悲鳴をあげており、休ませねばならない。


 更に他の艦種も疲労が蓄積しており、戦闘など不可能な状態で、辛うじて駆逐艦だけが動力炉に余裕がある状態であった。


 だが、それはヨハンセンの計算に織り込む済みで、彼はイリスと同じ時間稼ぎの方法を取る。


「工作艦を前に」


 彼の命令で、氷塊や小惑星を曳航してきた工作艦が艦隊の全面に配置され、それら切り離して障害物として展開させ、イリスと同様に隕石を盾にして、駆逐艦に攻撃させ敵に対して、適度な圧力を掛けさせた。


 だが、予め設置時間のあったイリス達とは違い、その数は少なく敵が攻勢をかければ持って10~20分だろう


「閣下。イリス・スミスソン少将、エドガー・マクスウェル少将の両提督から、通信が入っています」


 指示をあらかた出し終えたヨハンセンの元に、クリスの報告が入り彼は息をつく暇も無く

 直ぐに繋ぐように指示をだす。


 戦術モニターの下に2つの通信モニターが映し出され、右には敬礼するエドガーとクレルジュ大佐、左には同じく敬礼するイリスとアリスが映っていた。


「両艦隊共ご苦労だったね。よくぞ、敵の攻勢を支えてくれた。君たちのおかげで作戦の成功確率が高まったよ」


 ヨハンセンは答礼してから、一同に労いの言葉をかける。


「いえ、我々は自分の任務を果たしただけです。陛下の命により、これより両艦隊は閣下の指揮下に入ります」


 一同を代表して、エドガーがそう言うとヨハンセンは満足げにうなずく。


「ありがとう。では、これからの行動についてだが…、現在我が艦隊は強行軍によって、戦闘可能な艦艇は3000隻程度だ。その3千も万全という訳ではない。敵は我が艦隊の増援により、しばらくは様子見で攻勢を緩めるだろう」


 ヨハンセンはそこで一度言葉を切り、全員を見渡す。


「だが、それは一時的なものだ。敵は必ず攻勢を強めて来るだろう。それまでにこちらも態勢を整えなくてはならないが、敵の対応の速さ次第では間に合わないだろう。そこで、君達が温存してくれた策を使う」


 ヨハンセンがそう言うと、エドガー達は力強く頷く。


「作戦は、我が艦隊の前に展開した小惑星が破壊された時に決行する。まあ、あと10~20分ぐらいだと思う。指示は私が出すから、それまでは各個の判断で迎撃を続けてくれ」


「はっ!」


 一同は敬礼してヨハンセンの答礼を確認すると通信を切る。

 その後、ヨハンセンは直様フランに通信を繋ぐように指示を出す。


 数分後、モニターにフランが映し出され、ヨハンセンが敬礼するとフランが強行軍を成功させ援軍に来たことを慰労する。


「ヨハンセン大将。よくあの強行軍を果たして援軍を間に合わせてくれた。おかげでこの戦いの勝ちが見えてきた」


「いえ、陛下。小官は与えられた地位に課せられた、職務と義務を果たしただけです」


 フランはヨハンセンの返答を聞いて、一瞬表情を曇らせるがすぐに元に戻して話を続ける。

 その表情の変化に気付いたのは、クレールと当のヨハンセンだけであった。


「謙遜しなくても良い。貴官がその義務を果たしたおかげで、我軍が勝利するためのピースが揃ったのだからな。まあ、この話は勝った後にするとして、貴官の言いたいことは解っている」


 そこまで言うと、フランはその美しく輝く白金色を掻き上げてから、続けてヨハンセンが通信してきた目的を看破する。


「私に例の手でダメ押しをしろというのであろう?」

「はい、陛下」


 ヨハンセンが肯定すると、フランは苦笑いを浮かべた。


「クレール、準備はできているな?」

「いつでも」


 フランの確認に対して、クレールは即答する。

 それを聞いたフランは満足げな笑みを浮かべると、ヨハンセンに視線を向け命令を下す。


「ヨハンセン大将、右翼は貴官に一任する。戦況はこちらでも逐次把握に務めるが、そちらからも報告を頼む」


「はっ」


 フランの命令を受けて、通信を切ったヨハンセンは指揮席に座ると、静かにため息をつく。


(初めて会った時から感じていたが… やはり、恐ろしいお方だな…)


 ヨハンセンは内心呟きながら、改めて目の前にいた天才の事を考える。


(あの方は他の追従を許さないほどの天才だ。想定する限りの未来を予測して行動している。そして、それを実行できるだけの能力と権力を持っている……。願わくは、その力を民と国の平和の為に使い続けて欲しいものだな……)


「閣下、どうかしましたか?」


 クリスが心ここにあらずといった感じで、思いに耽る上官に心配そうに尋ねると、彼はいつもの優しい笑顔でこう答えた。


「いや、今夜の夕食は何にしようかと思ってね。だけど、夕食のことはこの戦いに生き残って、食べる権利を得てからするべきだな。当面は勝つことを考えることにしよう。美味しい夕食を食べるためにもね」


 ヨハンセンが頭を掻きながら誤魔化すと、クリスはそんな彼を見て笑みを浮かべ、他の者達も微笑む。


 彼は戦術モニターを見つめると思考を切り替える。

 そう、来るかどうか解らない未来を案ずるより、目の前の敵にいかに勝つかを考えるべきなのだから。


 通信を終え指揮席に座るフランに、クレールが顔を近づけ彼女にだけ聞こえる声で尋ねた。


「陛下。先程ヨハンセン大将の返答で表情を曇らせていましたが、何か気に入らない点でもあったのですか?」


「アナタには見当が付いているんでしょう?」

「あの方の心を測りかねていると推察します」


 フランはクレールを一瞥し黙って頷き肯定すると、自分の考えを口にする。


「そうだ…。もう少し欲を見せてくるほうが、こちらとしても欲で操れば良いから御しやすい。あの変態(ロイク)なら、良い女をモノにできる権力、他の者も地位や名誉、権力を与えればいい」


 そして、フランは顔を赤くして、モジモジしながら続けた。


「私ならルイ♡ ルイにはわ・た・し♡ ///」


 ルイが聞いたら、働かずに暮らせるお金をくださいと答えるだろう。

 そうすれば、嫌な戦いから離れて夢である小説家になれるからだ。


「だが、ヨハンセン大将からは、そのような欲を感じない。だから、正直どう御すればいいかわからないのだ」


「私の見立てでは、あの方はその優れた才能と反比例するような私利私欲の無い、付け加えるなら野望も覇気もない珍しいタイプの人物です。まあ、それはルイ君も同じような感じですが」


 クレールはヨハンセンについてそう評すると、彼女は少し考えてから、クレールに意見を求める。


「あの態度に裏はないとアナタは考えるのだな?」


「はい、少なくとも私はそう思います。そして、陛下もそう考えているはずです。それでも陛下が不安感を持つのは、あの方の少なくとも軍事的才能が自分と互角、もしくは上だと無意識にお認めになっているからでしょう。その潜在的な恐怖から、あの方に不安を感じているのでしょう」


「なるほど…、流石は我が参謀長。お見通しというわけか…」


 フランはクレールの分析を聞くと、彼女の洞察力の高さを認めて納得したようにうなずく。


「大丈夫ですよ。あの方はこちらから追い詰めない限り、陛下を裏切るような真似はしないと思います」


 クレールは、そう言ってフランに対して彼女なりに優しく微笑みかける。

 ―が、残念ながら、フランから見たら無表情に見えていた。




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