アウステルッツ三帝会戦 その3


 1月19日 午後2時10分―


 ガリアルム艦隊から見て左の戦場では、共に前進を続けるリュス艦隊とバラチオン艦隊が交戦距離まで近づいていた。


「ほう… 前進してくるのか。こちらが近づくのを待ってもう少し時間稼ぎをすると思ったのだが…。敵の指揮官は積極的な者のようだな」


 バラチオン中将は戦術モニターを見ながら、迫ってくる敵艦隊を率いる司令官をそう評する。そして、その意図が先手を取って、戦いの主導権を握ることだということも気づいていた。その評価は的を射ており、ここからも彼が有能であることが見て取れる。


「閣下、レステンクール艦隊が前進を始めました」

「そうか。この場面で前進を選ぶとはあの人らしいな。陛下から指示は?」


 ゲンズブールの報告を受けたロイクは、彼にフランから指示が来ていないか確認をおこなった。


「特には……。ですが、小官は我が艦隊も前進して間隙を埋めるべきかと考えます」


 参謀の意見は、ロイクのそれと同じであったので、彼はその意見を採用する。


「貴官の言うことは間違ってはいない。だが、前進しすぎる必要もない。距離を詰めすぎれば、敵の行動に対して柔軟に対応出来なくなるからな」


 ロイクの言葉にゲンズブールは肯くと、艦隊に指示を出した。


 リュスは指揮席から立ち上がると、綺麗な金色の髪を優雅に掻きあげた後に、攻撃命令を下す。


「全艦攻撃開始!!」


 その言葉と共に、リュス艦隊の主砲が一斉に火を噴き、無数の光弾が敵の右翼艦隊に襲いかかる。


「撃て!!」


 タッチの差でバラチオン中将が攻撃命令を下す。


「リュス艦隊を前進させてよろしかったのですか?」


「リュス姉さんは、守勢より攻勢を得意とするSっ気のある人だ。だから、攻める方がその真価を発揮する。それにこちらから先制攻撃をしかけて、戦いの主導権を取るのは悪いことではない。どのみち敵の右翼は拘束しなければならないのだから、突出さえしなければ問題はない」


 フランは指揮席で足を組み肘掛けに肘を立て、頬杖をつきながらクレールの質問に答える。

 各司令官には、それぞれ戦い方に”向き不向き””得意不得意”があり、それを考慮に入れて適材適所に配置しなければならない。


 そうしなければ、司令官はその力を発揮できず最悪敗北を喫することになる。

 そのため攻勢を得意とするリュスには、守りよりも攻めさせたほうが結果を出せるのだ。


「右翼でも戦闘が始まったか。バラチオンなら、特に指示を出さずとも上手くやるだろう」


 クリューコフは戦術モニターで、戦場全体の戦況を眺めながら呟く。

 老将の推測通り、バラチオン中将はこの戦いの終盤まで、一歩も引くこと無くリュスと激しい撃ち合いをすることになる。


「それよりも問題は、未だに動かない中央と膠着状態の左翼だな……」


(恐らく中央は、我軍が更に左翼に艦隊を送って、戦力が薄くなるまでは動かんだろうな)


 この推察も的を射ておりガリアルム中央艦隊はその時を、牙を研ぎながら静かに待っていた。


 その左翼、ガリアルムでは右翼では、防衛戦を得意とするイリスが必死の防衛戦を展開している。


 彼女は後にフランから、「防御戦では私より優れている。その他は私の方が優れているがな!」と評されるほどの防衛戦の名手であった。だが、そのコミュ障からくる大人しい性格には「あと、もう少し元気を出しましょう」と小学生の通知簿に書かれているような事も言われている。


 イリスは圧倒的戦力差を少しでも埋めるべく、小惑星を移動させて配置しており、それに加えてこの星系のカイパーベルトから、小惑星サイズの氷塊も数個牽引して配置していた。


 1万隻のビーム攻撃の前では、氷塊が誘拐する時に発生する水蒸気によるビームの減衰は、まさに焼け石に水であったが、部下の命と祖国の命運が掛かっている以上やらないよりやったほうがマシだと考えたからである。


 そして、それは正しい選択でありそのおかげで、少なからず敵のビームは減衰され微々たるモノであるが時間を稼ぐことに成功していた。


 イリスはそれに加えて、盾にしている小惑星の影からランダムで反撃を行い、敵に攻撃だけではなく防御にもENと意識を割かねばならないようにしている。


 そのため、露墺艦隊は補給と休憩で艦の入れ替えを行わなければならず、その分時間稼ぎに繋がっていた。


「これでは、まるでモグラ叩きだ!」


 露墺艦隊の司令官は、ランダムで小惑星の影から出てくるイリス艦隊に攻撃しなければならないこの状況に、苛立ってそのような言葉を口にする。


 だが、このモグラ叩きはモグラのほうが圧倒的に不利で、ゲームとは違い隠れる穴=小惑星は攻撃によって減少していき、最後には隠れる場所が無くなるからだ。


 その事が解っているイリスとフランは焦り、逆にクリューコフとブクスホーファーには焦りはない。


 そのクリューコフはモニターに映るブクスホーファーと、フランの考えを推考する。


「あと、小惑星群破壊まであと10分も掛からんだろう」

「そうか……」

「どうした? 何か不安でもあるのか?」


 戦友の気のない返事に、ブクスホーファーは不思議そうに問い質す。


「あの小賢しい白い小娘なら、戦力差からこうなることは読めていたはずだ…。それでもこの作戦を実行したのは、小惑星群による時間稼ぎとその間に中央と左翼による突破に自信を持っていたからか…?」


 心配性のクリューコフの意見に、ブクスホーファーは自分の考えを述べる。


「確かに……。だが、例え軍事に並々ならぬ才能があったとしても、彼女はまだ若い。間違いもおこすだろう…?」


 この時のブクスホーファーは、予想していなかった小惑星帯破壊の指揮で疲れていたのか、少し楽観的な思考をしてしまう。


 そんな彼にオペレーターが敵の増援の報告をおこなった。


「敵右翼の右側に敵艦隊の増援を確認! 数はおよそ5000隻!」


「敵右翼の右側だと!? どうやら、お前が警戒を促していた例のヴィーンに駐留していた艦隊が駆けつけたようだ」


「そのようだな…」


 クリューコフの言葉に、ブクスホーファーは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 彼にとっては、倒さなければならない敵が増えたからだ。

 だが、それはクリューコフも同じであった。


「しかし、本当にあの距離を行軍して間に合うとはな……。……もしかしたら、あの白い悪魔が本当に期待していたのは、小惑星群ではなく……」


 ブクスホーファーはそこまで口にすると、後の言葉は飲み込む。


「いや、なんでも無い。では、私は敵の増援の対処をせねばならんので、通信を切るぞ」

「ああ… 油断するなよ」

「解っている」


 クリューコフの忠告にそう答えたブクスホーファーは、敬礼すると通信を切る。

 通信が切れたモニターを見ながら、老将は戦友と同じ考えに至っていた。


(あの小娘がこの戦力差にもかかわらず、右翼が持ち堪えられると考えているのは、あの強行軍を成功させた… この増援艦隊の司令官の存在かもしれんな……)


 彼もその言葉は口に出さなかった。その言葉を聞いた将兵に、無駄な不安を与えたくなかったからだ。


 そして、二人の歴戦の名将の危惧は、この後正しかった事が証明される。

 後にその司令官は「鉄元帥」「不敗のヨハンセン」の異名で呼ばれることになるからだ。




 ##########


「名前を伏せているつもりのようですが、思いっきり出ていますよ? 次回「城○内 死す」みたいにネタバレしていますよ?」


 読者様に突っ込まれる前に、クレールに突っ込ませておきます。

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