アウステルッツ三帝会戦 その2


 1月19日 午後2時10分―



 キエンマイヤー艦隊3000隻、ドクトゥロフ艦隊6000隻の攻撃がガリアルム右翼への攻撃が始まるが、当面の両艦隊の相手は両陣営の間を遮る小惑星の壁であった。


 9000隻から放たれるビームやレールガン、ミサイルによって小惑星は少しずつ消ずられていくが、全ての小惑星を排除するまでにはかなりの時間が必要であろう。


「これは骨が折れそうだな…」


 ドクトゥロフ中将はそう呟くと、上官に意見を具申する。


「 ―というわけで閣下。我軍と敵との間に配置された小惑星群の排除は現在の戦力でも可能ではありますが、かなりの時間を有すると考えられます」


 彼のこの意見は、<現有戦力では時間を浪費するが構いませんか?>ということを暗に伝えており、ブクスホーファー大将に増援の有無を決断させるモノであった。


 戦いにおいて、まさに<時は金なり>である事は伝えた方と受け取った方もわかっているために、ブクスホーファー大将はすぐさま増援を決断する。


「プリビチェフスキー、ランゲロン。貴官達も直ちに前進して、敵右翼攻撃に参加せよ!」

「「はっ!」」


 両中将は上官の指示を受けると自らの艦隊を率いて前進を始めた。


 こうして、プリビチェフスキー艦隊4000隻、ランゲロン艦隊5000隻の前線投入により、露左翼艦隊はブクスホーファー大将の直掩艦隊1000隻だけを残す形となる。


 直掩の少ない彼は、危険な状況に落っているように見えるが、対峙するガリアルムの右翼は自ら進路に小惑星群を配置して、前進できないようにしているために、少なくとも彼が目の前の敵から強襲を受ける心配はない。


「ほう、流石はブクスホーファーだな。敵が配置した小惑星群の破壊が難しいと判断すると、その破壊のために戦力の逐次投入ではなく一気に全戦力を投入したか。これなら、一時間と掛からずに排除できるだろう」


 クリューコフ大将は感心しながら、モニターに映る戦況を見つめていた。


 敵左翼は墺艦隊の3000隻と露艦隊15000隻の合計18000隻が、小惑星群攻撃を行うことになり、その排除時間は大幅に短縮される事になる。


 それは右翼が突破される時間が早くなった事を意味するため、ガリアルムは時間的余裕が少なくなった事を意味した。


 モニターを見つめながら、老将はフランの考えを推考する。


「それにしても… 小惑星群を配置していたのは流石だが…。あの小賢しい白い小娘なら、戦力差からこうなることは読めていたはずだ…。それでもこの作戦を実行したのは、小惑星群による時間稼ぎの間に中央と左翼による突破に自信を持っていたのか…?」


 だが、老将はこの推察にどうも自分自身を納得させることが出来なかった。

 手で顎を触りながら、暫く考えているとあることを思い出し参謀に確認をおこなう。


「確かヴィーンのスパイから、駐留していたガリアルムの艦隊約5000隻が進発したと報告があったな?」


「はい。5日前に惑星ヴィーンを発ったと報告が入っております」


 参謀のビラロフ少将が返答する。

 もちろんこの情報はフラン達が故意に流させたモノで、その理由は―


「しかし、気にする必要は無いと思われます。ヴィーンからここまでは通常航行で12~13日、ワープを使用しても8~9日を行程に要します。今回の戦いには到底間に合わないと思われますが?」


 このように油断させるためである。


「だが、ガリアルムは開戦時に駐留していたカレイから、ウムルまで我らの予測を遥かに超える行軍速度で到着している。今回も到着する可能性があるのではないか?」


 だが、名将クリューコフはそのような油断はしない。すぐに過去のデータを持ち出して、参謀を諭す。


「確かにそうかもしれませんが…。ですが、流石に行程の半分も短縮できるものでしょうか?」


 この質問にクリューコフは答える。


「貴官の言う通り今回の戦闘に間に合う可能性は低いが、総司令官として万が一の為に備えておくべきだろう?」


 彼がこのように考えたのは、大勢の将兵の命を預かる総司令官として、万が一を考慮しておくのは当然であるし、何よりあの白い悪魔なら、間に合わせるような予感を感じたからであった。


 こうして、クリューコフは艦隊全体に敵右翼増援の可能性を通信して警戒を促す。

 そして、この老将の推察は奇しくも的中することになる。


「やはり、敵は左翼の全戦力で小惑星群の排除に乗り出してきたな」

「これで、プランAは消滅しましたね」


 敵曰く白い悪魔の言葉に、クレールは事前に考えていたプランの一つが潰えた事を報告する。フラン達はこの作戦の立案に当たって、いくつかのプランを用意していた。


「元よりプランAには期待していない。敵がそこまで無能なら、そもそもこのような状況に陥ってはいないのだからな」


 その言葉には、この作戦を立てた張本人に対する非難が込められている。

 そう、クレールであった。

 だが、その立案した彼女も別に期待していた訳ではなく参謀として、想定したあらゆる状況に対応する為に必要な手段の一つとして、提示したものであったからだ。


 クレールは、そんなゴスロリ皇帝のからかいに少しイラッとしたが、そこは冷静で優秀な―いや超優秀な鉄仮面参謀総長、後で遣り返すと心に決めて現在為すべきことを優先させる。


「報告によるとヨハンセン艦隊は、現在後30分で戦場に到着できる距離にまで来ております」


「流石に速いな。これならプランBでいけそうだな」

「はい」


 フランはクレールのヨハンセン艦隊の報告を受けると、満足げな表情をしてそのまま指示を出す。


 彼女はこの会戦の勝利を確信している訳ではないが、それでも敗北する可能性など微塵も考えていなかった。


 矛盾しているようではあるが、司令官として負けないという強い意志は大事である。


 その頃、リュス艦隊旗艦<ノウブル>の艦橋では、その主が指揮官席に座りながら、モニターを不満そうな表情で見ていた。


 モニターには対峙するエゴール・バラチオン中将率いる露右翼艦隊が、前進を続け徐々に交戦距離を縮めている。


「確か相手の司令官は、オソロシーヤ軍のエゴール・バラチオン中将だったわね?」

「はい、オソロシーヤでも名将の一人だと言われています」


 参謀のマルグリット・マルソー准将が、尋ねられた事に答えるとリュスはますます不満そうな表情になった。


「このまま敵に先手を打たれるのは性にあわないわね…。特に相手が優秀な者であるなら、尚更先手は取らせたくない…。マリィ! 直ちに陛下に通信を繋げ!」


「はっ!」


 リュスは綺麗な金色の髪を掻き上げながら、凛と立つとマリィ(マルグリットの通称)にフランとの通信を繋げさせる。


「 ―というわけで、こちらから先手を打って仕掛けたいと考えます。陛下、ご許可をいただきたく存じます」


 フランはその報告に顎に手をあてながら、一瞬だけ考えるとモニターに映る金髪の女性に即座に許可を与えた。


『貴女の意見には聞くべきところがある。許可しよう。だが、わかっていると思うが… 』

「わかっております。相手の誘いに乗って突出はしませんので、ご安心を!」


 リュスがそう返すと、モニターの向こうにいるフランは満足気に笑みを浮かべながら頷く。

 そして、リュスが敬礼すると通信が切れた。


「さて、陛下から許可は頂いた! 全艦戦闘態勢のまま微速前進!」


 こうして、リュス艦隊は微速前進を始め待ちの態勢から、攻撃の態勢に代わって敵との距離を縮めて行く。

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