アウステルッツ三帝会戦 その1


 1月19日― 午後2時


 ガリアルム艦隊に対峙する露墺連合艦隊は、間合いを詰めながら布陣を完成させる。


 右翼にはバラチオン中将(露)の6000隻、その後方にはリヒテンスタイン中将(墺)の2000隻、更に30万キロ後方には露艦隊総司令官アリスタルフ1世と墺艦隊総司令官フリッツ2世の1000隻の艦隊が控えていた。


 中央には実質的総司令官のクリューコフ大将率いる10000隻、その左には左翼司令官シードル・ブクスホーファー大将(露)率いる16000隻、最左翼にはキエンマイヤー中将(墺)3000隻、左翼艦隊の後方には予備戦力として、コンスタンティン大公(露)の3000隻、合計41000隻が配置されている。


「陛下。敵は左翼に戦力を厚めに布陣しており、その意図は我が右翼の突破であることは間違いないでしょう。敵は我軍の誘いに乗ってきましたね」


 戦術モニターを見ながら、クレールがそう分析をおこなう。


「ああ、そうだな…… 」


 だが、フランから戻ってきた返事はやや素っ気ないもので、クレールはこの天才にとって予想通りであった為に、そのような態度を取ったのだろうと推測する。


 しかし、彼女にだけ見えるように映し出されている立体モニターの映像を見て、鋭敏な参謀長はそうでないことに気付く。


 そこには、黒い虚空に浮かぶ一際目立つ白い艦<ランペルール>が映し出されており、聡明なクレールにはこの後、このお花畑恋愛脳ゴスロリ皇帝が発する言葉を性格に予想できた。


「陛下。ロドリーグ艦隊を後方で、予備兵力にするなんて言わないでくださいね」

「なあ、参謀長… やっぱり、ルイの艦隊を後衛に下げて予備兵力とした方が― !?」


 クレールがフランと同時に反対案を口にしたため、フランは言い終わる前に驚いて途中で言葉を止める。


「なっ なぜわかった?!」

「答えるのも面倒くさいです」


 ゴスロリ皇帝が思わず尋ねると、クレールはため息をつくが表情は変化させずに答えた。


「おいおい参謀長…。職務放棄とは感心しないな。問われた時に答えるのがアナタの… 参謀の役目だろう? それが出来ないなら、ハムスターを置いている方が癒やされるだけまだマシだ」


 フランがそう皮肉混じりに言ったのは、どうやら馬鹿にされた事に気付いて、クレールに反撃したからだ。


 すると、クレールは再びため息をつく。そして、舌戦が始まる。


「だったら、私はルイ君に白猫ではなくトラ猫を飼うことを勧めますね。トラ猫なら監禁もしてこないしヤンデレ目で威嚇してくることもありませんので、癒やされますからね」


「おおい! 鉄仮面! 白猫というのは私の事を言っているのか!?」

「おや? 身に覚えでもあるんですか?」

「そんなの無いし! したこともないし! 人聞きの悪い! 失敬な! 失敬な!」


 フランがそう反論すると、クレールはやれやれといった感じで首を左右に振る。

 そして、このやりとりの間も戦闘の準備を続けていた両軍の左翼と右翼艦隊は、射程距離が縮まっていく。


 その頃、露墺連合軍左翼艦隊司令官シードル・ブクスホーファー大将は、麾下の艦隊に攻撃命令を下していた。


「キエンマイヤー中将に、攻撃開始を通達せよ! ドクトゥロフにも攻撃するように伝えよ!」


 後に<アウステルッツの戦い>もしくはフラン(仏)、アリスタルフ1世(露)、フリッツ2世(墺)の3人の皇帝が参加したことから、<アウステルッツ三帝会戦>とも呼ばれる戦いが幕を開ける。


 キエンマイヤー艦隊3000隻、ブクスホーファー艦隊の分艦隊であるドクトゥロフ艦隊6000隻併せて9000隻が、イリス・エドガー合計6000隻が布陣するガリアルム右翼に向かって、移動を開始した。


 イリスとエドガーの艦隊には、敵襲来の警報と迎撃命令の通信が飛び交う。


「スミスソン少将。防衛中は君の指揮下に入るように、陛下から命令が来ている。よろしく頼む」


 エドガーの通信に、イリスがコミュ障を発動させてオロオロしていると、通信画面に姉を押しのけてアリスが顔を出す。


「チョリーッス、エドガーっち! 防衛戦はイリスお姉ちゃんマジ神ってるから、超AS   (超安心)だよ~」


 そして、ギャル語で返事をしたので、イリスは涙目でアリスをポクポクと叩いて、抗議する姿が映った後に通信が切れた。


「噂には聞いていましたが…… 困ったモノですな…」


 エドガーの参謀クレルジュ大佐は、通信の切れたモニターを見ながら、軍人らしくないスミスソン姉妹のやり取りを見て、思わず呟いてしまう。


 まあ、ガリアルム軍には元上官の変態紳士然り、ヨハンセン然り、およそ軍人らしくない者が多いため、彼としてはもう慣れているつもりであったが、流石にギャル語使いには驚きを隠せない。


 だが、すぐに気を取り直すと彼は冷静沈着な表情に戻り、迎撃準備をおこなう。


「ヨハンセン艦隊が到着するまで、何としても持ちこたえるぞ!」


 エドガーはそう言うと艦隊と自分を鼓舞する。


 ガリアルムの右翼に向って進軍するブクスホーファー中将に、オペレーターが報告をおこなう。


「レーダーに敵右翼艦隊の前方に、反応多数あり! これは…… どうやら、小惑星のようです!」


「何!?」


 イリスとエドガー両艦隊の前方の中域には、大小多数の小惑星がまるで防壁のように漂っており、それを見たブクスホーファーは、思わず舌打ちをする。


 左翼艦隊とルイの中央の艦隊との間には、小惑星帯が連なっており、要害として存在していた。その事は、事前の調査でもわかっていたのだが、まさかこのような使い方をして来るとは予想外であった。


 なぜなら、小惑星の移動にはそれなりの時間を要すため、予め防壁として配置する事は現実的ではない。


「つまり、奴らは始めからここで戦うことを想定していたということか……」


 ブクスホーファーのその推測は正しいもので、ガリアルム艦隊はこの宙域に到着して直ぐに工作艦を使用して、小惑星の移動作業を開始していた。


 ここに来て露墺連合艦隊は、ガリアルムの弱気な態度も休戦を求めてきたことも、全てが自分達をこの宙域での決戦に誘い込むことであったことに気付く。



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