決戦の地へ その5


 翌日1月19日―


 露墺艦隊がアウステルッツ宙域に侵入してくると、ガリアルム艦隊は中域の中央部から後退を開始する。フランは後退に際して、態と陣形を乱して混乱している様に見せるように命じた。


 そして、30万キロほど後退するとそこに布陣し直す。


 ガリアルム艦隊は、左翼前衛にリュス艦隊6000隻、その後ろにロイク艦隊3000隻、その後方にフラン艦隊2000隻、中央にルイ艦隊5000隻とウィル艦隊3000隻、右翼にイリス艦隊3000隻、その後方にエドガー艦隊3000隻が布陣する。


 フランは態と右翼の兵力を少なくして弱点とした。その意図は一目瞭然で、敵に右翼を攻めさせるためであった。


 フランはここから、麾下の艦隊から1000隻ずつをリュスとイリスの艦隊へ増援として送ることにした。そのため彼女の直掩艦は僅か1000隻となり、敵が前衛を突破してくれば彼女の命の危険は極めて高い。


 だが、これは総司令官のフランも危険と隣合わせであることを意味しており、兵士達は同じく危険を分かち合う彼女に敬意を示し、圧倒的に不利な状況でありながら、その士気を大きくあげた。


「陛下は諸君らと危険を供にする覚悟をしておられる! 我々も勇気と不退転の意思を持って、それに応えようではないか!!」


 リュスが全艦隊にそう檄を飛ばすと、将兵達は呼応するように雄叫びをあげる。


 彼女が鼓舞したのは、フラン自身が“自分も危険な所にいるから、みんな頑張れ”というのは自画自賛のように聞こえ兵士達が白けてしまい、逆に士気が下がる可能性があったからだ。



「レステンクール大将の鼓舞で、将兵達の士気はあがっているようです」

「やはり、彼女を選んで正解だったな」


 クレールの報告に、フランは満足そうに返事をする。


 鼓舞役にリュスが選ばれたのは、その華麗で凛々しい容姿だけでなく、女性特有の優しさや包容力といったものが将兵達に好まれ、人気があったからであるが消去法でもあった。


 高級将校の内、変態陰キャのロイクは論外であり、鉄仮面クレールが無表情で淡々と演説しても士気はあがらない、イリスもその儚げな容姿から人気があるが、コミュ障なので無理であり、エドガーは若すぎて説得力に欠ける。


 ウィルも候補にあがったが、人気実績を伴ったリュスが適任となったのだ。


 ルイ? 「ルイが鼓舞して、女性士官に人気が出たら困る。いや、きっと出るからダメー!」と、ヤンデレ皇帝の鶴の一声で却下された。



「しかし、敵はこちらの思惑通り、右翼を攻めてくるでしょうか?」


 クレールが疑問を口にした。それが、参謀の役目だからだ。


「大丈夫だ。必ず奴らは手薄な右翼に半分の兵力を割いて、崩そうとしてくるだろう。やつらには、それだけ右翼に割いても残り半分で我らの残りと同数以上の兵力があるからな。実際、私でも奴らの状況なら、兵力の薄い右翼を狙って突破し本陣を狙う」


 フランは自信満々に答える。彼女の戦術眼は確かであり、クレールもその点については信頼を置いている。


 だが、そこからフランはクレールを手招きすると、彼女にだけ聞こえるように自分の考えを語った。


「実際問題、我軍の右翼はヨハンセン艦隊が間に合わなければ、突破されるのは確実だ。それに間に合ったとしても、突破されるまで時間が延びるだけで、その間に中央と左翼が敵を撃破できなければ、兵力で劣る我らの負けだ」


 フランの作戦は右翼のヨハンセン・イリス・エドガー艦隊12000隻で、敵戦力の半分20000隻若しくはそれに近い兵数を拘束しているうちに、中央のルイ・ウィル艦隊9000隻と左翼のリュス・ロイク艦隊10000隻合計19000隻で、敵の残り21000隻を撃破するというモノである。


 だが、中央と左翼が敵を撃破する前に、右翼が敵左翼に突破されれば、味方中央と左翼の後方に敵の左翼部隊が回りこみ包囲殲滅され、フラン艦隊も危険に晒されるだろう。


「なるほど…… 確かにこの兵数差からいえば、普通なら突破できますね。そこから包囲を選ぶほうが被害も少なく済む…。そこが付け目ということですか…」


 クレールは納得したような表情を浮かべるが、どこか不安げな様子も見せていた。


「故に敵は例え罠だと気付いても、必ずこの作戦に乗ってくる。に考えたら、奴らにとっては勝算が高いのだからな」


 フランは確信を持っている。そのために事前準備はできるだけ行ってきたのだ。

 そして、彼女の苦労は報われることになる。


 露墺連合艦隊でも作戦会議が行われており、フランの計画通り右翼に半分の戦力を投入する流れになっていたからだ。


「敵はどうやら、我が連合軍に停戦の意思がないと気付いて、慌てて布陣し直したようです」


 参謀の1人が説明して、会議室の大型モニターに星系図とガリアルムの布陣図を表示させる。


「右翼が薄いな…。兵力が少ないとは言え… 罠だな」


 今回の戦いで、リュスと対峙することになる露右翼艦隊司令官エゴール・バラチオン中将が、すぐさま罠と看破した。


「罠だとして、その目的は?」

「恐らく我が艦隊の兵力を向けさせて、中央と左翼を薄くさせることだろう」


 提督達はフランの意図を見事に読み取る。

 そして、ここで参謀長フランツ・ヴァイロッテル少将が、自分の作戦を進言した。


「まず敵左翼と中央に同兵力をぶつけ、その間に残りの兵力を敵右翼に送り込んで、突破した所を敵中央と左翼後方に回り込んで殲滅する作戦が、被害が少なく敵を殲滅できると考えます」


「うむ。妥当な線だろう……」


 フリッツ2世がヴァイロッテルの作戦を支持する。


「だが、バラチオンの言う通り、罠だとしたらどうする? いや、十中八九罠だろう。薄くなった中央と右翼が万が一突破された時の対応はどうする?」


 そこにクリューコフ大将が、リスクについて言及をおこなう。


「確かに罠でしょう。しかし、我が連合軍にはその罠を噛み砕くだけの戦力があり、将兵達の士気も大きくあがっています! それに、同兵力― いや数で優勢な我が連合艦隊が突破される、ましてや負けることなどありません!」


 戦いの高揚感と勝利の後に齎される名声に、すっかり酔いしれているのか、ヴァイロッテルは自信満々にそう答え更に続ける。


「古来より” 虎穴に入らずんば虎子を得ず”と言います。ここは罠など恐れず、敵右翼に兵力を投入して敵の罠を打ち破り、敵軍とあの小娘を冥府に叩き落としましょう!!」


「貴官が答えていることは、上手くいった時の話ばかり… 理想論だ。私は万が一の時を聞いているのだ!」


「大将の言うことももっともだが、貴官の言う通りに慎重に動きすぎては、勝機を逃す事にもなるのではないか? 我らは兵力で敵よりも遥かに勝っている。負ける要素は少ないと思うが?」


 慎重論を唱えるクリューコフに、アリスタルフ1世が宥めるように言った。


「わかりました。両陛下が承認するなら、小官はこれ以上反対するつもりはございません」


 クリューコフはそう言って引き下がる。彼だけではなくこの場にいた者達の中に、異議を唱える者はいなかった。両皇帝がヴァイロッテルの作戦を追認した以上、臣下である彼らにはそれを実行するしかないからだ。



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